第3話 脱いでくださいませ
妹のココアの姿を探して始めて一時間が経過しました。パーフェ伯爵邸は広いとは言え、私、カプチーノ、パプリカの三人で手分けしてもなかなか見つからないのです。
「おかしいわねぇ」
やはり餌が必要なのかもしれません。私はある物を入手するために、町娘に扮して冒険者ギルド界隈へ出かけることにしました。カプチーノとパプリカはいつもの事と考えてか、「お土産、楽しみに待ってます!」としか言いません。うちの侍女達はどうしてこうものんびり屋さんなのでしょう。
屋敷の裏庭にある壊れた木戸からこっそりと敷地を抜け出すと、すぐに狭い路地へ身体を滑り込ませます。頭上ではレンガ造りの建物から建物へとかけられたロープや鎖、洗濯物が風でゆらゆら揺れています。落ちていた植木鉢につまずいて転びそうになりながらも、ようやく広場に辿り着きました。ここまで来れば、ギルドまで後少し。
そこへ、何やら良い匂いが漂ってきたではありませんか。実はカプチーノに負けず劣らずの食い気を持ち合わせている私。鼻を引っ張られた子犬のように、ふらふらと屋台の方へと導かれていきます。
「お! 嬢ちゃん、美人だな! 今なら一個おまけするよ!」
辿り着いたのは、スポンジ菓子の屋台。ヒヨコのようにまんまるでフワフワのお菓子が売られています。
「あら、おじさんったらお上手なんだから。じゃぁ、一袋いただこうかしら」
これで馬鹿侍女達への土産は調達できました。それでは、今度こそギルド方面へ向かいましょう。あの辺りは屈強な武人や腕に覚えのある力自慢がたくさんいるのです。彼らは冒険という名の下に、下町の雑用や魔物狩りを行ってたくさんの汗を流します。私は、その汗が染み込んだ服を……売ってもらうのです。
お菓子が入った小さな紙袋を手にテクテク歩いていくと、いました。いました。ココア好みの臭い汗の冒険者がたっくさん! 早速、恥を偲んで声をかけてみましょうか。
「そこのお兄様方。ちょっと話を聞いてくださいな」
「なんだ、女? 明るいうちから誘ってんのか?」
「いいえ、ちがいます。お兄様方にお願いしたいことがありまして」
「だったら他所へ行きな! こっちは仕事上がりで腹減ってんだ。今回もあれだけ働いたってのに、たったの三十チャリンだぞ。酒でも飲まなきゃやってられっか!」
三十チャリンとは、下町の安い宿に一泊して下級ポーションを三本も買えば吹き飛んでしまうような金額です。うさ晴らしにお酒を一杯引っ掛けただけで、たちまち生活は立ち行かなくなるでしょう。一日一生懸命に働いてそれだけとは、確かに気の毒になってきました。
「それならば、良いお話がありますよ。今お召しになっているそのシャツを売ってくださいな。代わりに私の魔力を百パンパンお渡しします。転売すればおよそ一万チャリン。ポーションの品質をアップグレードするのに使っても良いでしょう」
「魔力……アンタもしかして『癒しの魔女』か?!」
「そうとも呼ばれているようです」
実はココアのために汗臭いシャツを集めに街へ繰り出すのはこれが初めてではありません。彼らの汗臭いシャツは元々安価なものですが、やはりタダでというわけにはいきませんから、私は自らの魔力と恥ずかしさを代償に物々交換しているのです。あ、私のは物ではありませんね。
「癒しの魔女と言えば、貴族でもないのに大量で良質の魔力を売りつけてくるという巷で噂の美少女。しかもその魔力には冒険者を癒す効果があると聞くが、滅多とお目にかかれないというレアモンスター! ……こりゃたまげた。今日の俺達はついてるぞ!」
モンスターではありませんと伝えようと思いましたが、別の冒険者のお兄様まで大騒ぎを始めてしまいました。私はカカオお兄様のためとは言え、この変態的お商売であまり目立ちたくありません。私は冒険者のお兄様達のシャツの端を握って「こっちこっち」と路地裏へ引っ張っていきました。
「それではお持ちの魔力袋をお出しください」
たいていの冒険者は魔力袋というものを持っています。ここに魔力を貯めておいて、魔物などの敵と遭遇した時に中身を放出すると身を守ることができるのです。ちなみに私は貴族の血が流れておりますから体内で魔力を生み出すことができます。魔力袋が無くても、非常事態には魔力を身体からたくさん拡散させることで相手を威嚇したり攻撃することもできます。頭の中で火や光、水や風、土のイメージを思い浮かべると魔力はそれらに形を変えるという優れもの。古の時代、魔力をもった一部の人達が集まってこの王国を統治し、やがて貴族になったと言われているのです。
私は手のひらを冒険者の皆様の魔力袋の口に当てました。お兄様方の冒険の無事を祈りながら、少しずつ力を込めます。えいっ! 身体から魔力が抜けていくのが分かります。よし、これぐらいでしょうか。百パンパンもあれば、一ヶ月ぐらいかかる大冒険へも出かけられることでしょう。
「すげぇ。魔力袋がこんなに重くなったのは初めてだ!」
重いとは言っても、元々羽のような軽さしかなかったのが卵二、三個分になったという程度です。けれど、庶民の方々は魔力を自らの身体で生成できませんので、大変貴重なのですよね。こんなにも喜んでいただけたら私も大満足です。
「先払いは以上です。さ、脱いでくださいませ!」
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