第6話 良い店知ってますぜ! へっへっへつ
「ティアちゃん!」
部屋へ飛び込んできたのは、全身を鎧で固めた小柄な人物。頭の兜からはお兄様と同じ青みがかった銀髪が覗いています。私と共通するところと言えば、薄い水色の瞳ぐらいでしょうか。ちなみにティアちゃんとは、私ティラミスの愛称です。
「ココア。あなた、また潜っていたの? 道理で屋敷内を探しても見つからないはずだわ」
ココアは、えへへと無邪気に笑いながら右手の人差し指で鼻の下を擦りつつ、鼻水を啜っておりました。これが最近デビュタントを済ませたばかりの夜会で話題をさらったパーフェ家の至宝『真珠姫』だなんて、姉の私ですら信じられません。
ココアは、まだ幼さの残る面立ちではあるものの、お母様譲りの美貌とプロポーション、お父様譲りの珍しい髪色。着飾って黙って座っていれば、まさしく深窓のご令嬢なのです。夜会では、お母様から「極力言葉を発さないように!」と厳命されていたこともあり、すっかり様々な年齢層の紳士の人気を勝ち取っていました。でも、実情はこれです。
「だって、禁断症状が出てきちゃったんだものぉ。ほらぁ」
ココアは流れでる鼻水を指先で弄りながら、びろーんっと伸ばしつつ遊んでいます。これでは只の糞ガキです。ラメーン様の前でもあるのに、何とはしたない。
「あぁ、もうなんて汚いの! カプチーノ、早くハンカチかタオルを!」
「駄目だよぉ。どうせこれは、汗シャツを嗅がないと止まらないんだよぉ」
実はココア、定期的に汗が染み込んだ男性もののシャツをクンカクンカと嗅ぎまくらなければ、風邪をひいてしまうという体質なのです。とても同じ人間だとは思えません。
「でも、『コレクション』の臭いを嗅ぎに地下へ潜っていたのでしょう?」
この装備を見ればどこに行っていたかなんて丸わかり。どうせ裏山をほじくり回していたのでしょう。あそこには彼女の秘密基地があり、たくさんのシャツが埋葬されているのです。ココアは伯爵令嬢らしいドレスの他に持っているものと言えばお爺様の形見の鎧兜ぐらい。これならば汚れても構わないということで選んだ格好なのでしょうが、ちょっぴりお爺様が可哀想です。
「うん。でもね、もう汗の匂いが消えちゃってたの」
ため息をつく私を前に、ココアは半べそになりました。こんなどうしようもない妹、ココアですが、一つだけ素晴らしい長所を持ち合わせています。それは魔力の制御が上手いこと。
ココアは大変器用なので、自らの魔力を円錐形の渦を巻く高速風に変化させることができます。そして、地面、岩、果ては納屋の壁に穴を開けては彼女のコレクション、つまりシャツをこっそりと保管しているのです。この能力を国中で行われている治水工事などに活用すれば、国中から賞賛されようものを。本当に能力の無駄遣いです。
けれど、今回はその力を有意義に活用してみようかと私は企んでおりました。そのために手に入れた餌(汗シャツ)なのですからね!
「あら、それならば丁度良いわ。私がココアのために良いものを仕入れましたから。カプチーノ、持ってらっしゃい!」
私が指示すると、カプチーノは片手で鼻を摘みながら大きな袋を部屋の中へ運んできました。来たきた、この臭い! ……って、あら、なんということでしょう。私までココアのような反応をしてしまったではありませんか。すっかり毒されているのかもしれません。当のココアは、兜を勢いよく脱ぎ捨てて、大袋の上にダイブ。犬顔負けの四つん這い状態で、袋の中のシャツに鼻を擦り付けています。あそこまで堕ちてしまわぬよう、十分に気をつけなければ。
「ココア。先にお姉様に対して言うべきことはありませんか?」
私がすっと冷えた声を出すと、ココアは一気に犬から人間へ進化して、ドレスの裾をちょんっと持ち上げる仕草をしました。
「さすがはティラミスお姉様。どの品もとびっきりの上物でございました。どうもありがとうございます。今後ともよろしくお願い申し上げますわ」
そっと控えめながらも頬を赤らめてにっこりするココア。これが鎧さえ着ていなければ、淑女と言えただろうに。
「ココア。もう一声足りませんことよ? 私、タダ働きは好みませんの」
「わ、分かっております。これだけの汗臭いシャツをプレゼントしてくださったんだもの。何かお返ししておかねば、次からが見込めませんものね。お姉様、私にできることならば、何なりとお申し付けくださいませ!」
ふふふ。この一言が聞きたかったのです、私は。きっと今の私はとても悪い顔をしていることでしょう。先程から皆に無視されて寂しそうにしていたラメーン様が、僅かに後ずさりした程ですものね。
「あら、それならば遠慮なくお願い事を聞いてもらおうかしら?」
私は早速手短に此度のことについて話をいたしました。ココアはコレクションの保管場所として屋敷中の至るところに人目につかないプライベートスペースを持っています。私はその内のどこかを借りられないかと考えているわけです。じっと真剣な面持ちで聞いていたココアは、静かに口を開きました。
「なるほど。カカオお兄様とラメーン様が結ばれるための場所が必要なのですね。もちろんお父様やお母様に見つかるわけには参りませんし、だからと言って一生に一度の初夜なのですからある程度のムードも演出できるような素敵な場所をお望みと。となると……」
私、ラメーン様、カプチーノの三名は、じっとココアの次の言葉を待ちます。その可憐な口元に皆の視線が集中して三秒後。
「お安い御用ですよぉ、旦那。良い店知ってますぜ! へっへっへっ」
あ、これ、伯爵家次女のセリフです。
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