323.戦い終わってフローリカと

「フートさま~!」


「おぐっ!?」


 フローリカに無事な姿を見せるということで彼女の離宮を訪れたのだが……待っていたのは彼女の突撃だった。

 さすがの俺でもまだそれを受け止められるほど回復できておらず、地面に押し倒されることに。


「本当に、本当に心配していたのです! 戦いが終わって一週間も姿を姿を見せてくれず!」


「ああ、そうか。心配させて済まない。フローリカ」


「本当です! もっと早くに顔を出してくれてもよかったのに!」


「あー、それは無理だったんだよ」


「え?」


「とりあえず、立ち上がってもらえるか? さすがに押し倒されたままって言うのはちょっと……」


「押し倒された……あ、申し訳ありません!」


 今の状況を確認したフローリカはすぐさま俺の上から退いて地面に立ち上がってくれた。

 対する俺は、アヤネとミキに手を引かれて立ち上がることが精一杯なんだよな……。


「……あの、まだお体の具合が?」


「本調子じゃありませんのにゃ、フローリカ様」


「え……それほど深刻だったのですか?」


「私たちは大丈夫でしたが……」


「フートが最後に使った魔法の反動が酷くてねぇ」


「そんな……」


 フローリカは完全に涙声になってきているし、今にも泣き出しそうだな。

 俺が慰めてもいいんだろうか?


「はいはい、フローリカちゃん。泣いちゃダメよ」


「ミキ様?」


「私たち全員、那由他を守ると決めています。そのためなら多少どころではない無茶をする覚悟だって決めているの。フートさんだってこの国を、フローリカちゃんを守るためなら命をかける覚悟ながあるのよ。だから泣いちゃダメ。ね?」


「ミキ様……はい!」


「おいしいところ、全部ミキに持っていかれたわね、フート」


「俺にはどうすればいいのかわからなかったし、ちょうどいいって言えばちょうどよかったんだがな」


「にゃはは。フート殿でも女心はまだわかりませんのにゃ」


「当然だろ、リオン……」


 本当に俺たち、特に俺は軽い戦闘訓練ができるレベルまでしか回復していない。

 実際、不意打ちだったとはいえフローリカの突撃を受け止めきれなかったんだからな。


「あの、フート様。お体の調子はいかがでしょう?」


 気を取り直してくれたフローリカがおずおずと話しかけてくれた。

 先ほどよりも勢いがないのは……俺を押し倒してしまったことへの恥ずかしさか、申し訳なさか。


「んー、軽い戦闘訓練ができる程度まで回復してはいるかな? ただ、さっきみたいな不意打ちに耐えきれるほど回復していないのが現実だ」


「……失礼いたしました」


 本気で恥ずかしがっているらしいフローリカの頭をなでながら俺は優しく言葉を続ける。


「構わないさ。それだけ心配をかけていたってことだろう? まあ、押し倒されるのはもうごめんだけど抱きしめる程度ならしてあげるさ」


「え、ミキ様、アヤネ様?」


「フートさんがいいっていているんです。甘えなさいな」


「そうそう。甘えられるうちに甘えておきなさい。私たちは回復したらまた修行の旅なんだから」


「それでは失礼します。フート様」


 今度は先ほどみたいな勢いよく抱きつくのではなくゆっくりと、でもしっかりと離さないようにしっかりと抱きついてくるフローリカ。

 王女といってもまだまだ子供、重圧も半端なものじゃないんだろうな。


「ごめんな、フローリカ。安心させる言葉をかけてやれなくて」


「……」


「フローリカ?」


「すぅ……すぅ……」


「あらあら。寝ちゃいましたね、フローリカちゃん」


「ですにゃあ」


「勝手に帰るわけにも行かないし……どこか安心な場所に案内してもらいましょう?」


 アヤネの提案通り、俺はフローリカを起こさないように慎重に抱きかかえて離宮内の一室へ。

 そこで四人揃ってフローリカが目を覚ますのを待つことにした。

 結局、フローリカが目を覚ましたのは一時間後。

 最初は俺に抱きかかえられていたことにパニックを起こしていたけど、そのまま俺に甘えることにしたようだ。

 フローリカは俺に抱きかかえられたまま、質問をしてきた。


「フート様たちはこのあと魔黒の大森林に向かうのですよね?」


「ああ、その予定……というか、そうしないとアグニに届かないのは確定だからな」


「魔黒の大森林……最上位のハンターでも立ち入ればほとんど帰還できるものはいないとされているような場所。そこで長期間の修行ですか……」


「修行だけじゃありませんにゃ。そこに棲み着いているはずのモンスターを倒してスキルを奪うことも目的ですにゃよ」


「モンスター退治も……かなり過酷な修行ですよね?」


「過酷でしょうね。ですが、アグニを倒すため。仕方がないでしょう」


「そうね。あんな底の見えない化け物だと知ってしまった以上、普通の訓練じゃ追いつけないわ」


「……皆さん、誰もかけることなく無事で帰ってきますよね?」


「当然だろう?」


「もちろんです」


「当たり前よ」


「こんなところで躓いている余裕はありませんにゃ」


「それが聞けただけでも安心しました。でも、本当に皆さん無事で帰ってきてください。誰かひとりでもかけていたら寂しくなっちゃいます」


 フローリカが俺に抱きついている力も少しだけ緩み、多少は安心してくれたみたいだな。


「大丈夫ですにゃ。無理はいたしませんにゃ」


「そういえばネコ。私たちの実力って魔黒の大森林で通用するの?」


「通用しますにゃよ? 多分浅い場所では脅威になりませんし、そこのモンスターはサクサク狩れますにゃ。スキルを手に入れるためにもそう言ったモンスターももれなく狩っていく予定ですにゃが、本気の修行は中層に入ってからですにゃ」


「では気合いは抜けませんね」


「当然だな」


「浅い部分でも『脅威にならない』だけですにゃ。気を抜いたら手痛いダメージを負うことは確定、気は抜けませんにゃよ」


「十分理解してるわよ、ネコ」


「ふふふ。それだけ聞ければ安心です。そうだ、お夕食、一緒に食べていっていただけませんか?」


 これはつまり夕食の時間までは俺たちと話し続けたいということなんだろうな。

 皆も構わないようだし、ご相伴にあずかろうか。


「ああ、構わない。次はなにを話そうか?」


「そうですね……」


 このあともフローリカに聞かれるまま夕食の準備が整うまで五人でゆっくりと話を続けた。

 魔黒の大森林に向かう前に、もう一度顔を出す約束もしたけれど……別れるときにはとても寂しそうな表情をしていたな。


「フローリカちゃん。本当は泊まっていってほしかったんじゃないですか?」


「でしょうね。そこまで我が儘を言うのははしたないと考えているのか、それとも私たちを困らせると感じたのか……判断に悩むところだわ」


「どちらにしても泊まりがけっていうのはなしだろう?」


「そうですにゃ。申し訳ありませんが、そこは我慢してもらうしかありませんにゃ」


「だな。ところで魔黒の大森林に向かうのはいつぐらいを想定している?」


「そうですにゃあ。半月後には天陀に向かい始めますにゃ。天陀に着く頃には完全回復しているでしょうし、そこで最後の補給を整えたらいよいよ魔黒の大森林ですにゃ」


「わかりました。準備は怠れませんね」


「そうね。来年は絶対にアグニに勝たなくちゃいけないんだもの」


「その通りだ。フローリカの前では言えなかったが……多少の無茶は通すぞ」


「もちろんですにゃ。今は各自回復に努めることが先決ですにゃが、準備が整い次第あいさつを済ませて出発ですにゃ」


 魔黒の大森林、俺たちが最初に落とされた場所の脇にあった森。

 いよいよそこに挑戦か。

 あの頃とは比較にならないほど力も付けたし、負けていられないな。

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