291.那由他への帰還

「国王陛下! 那由他の地が見えて参りました」


「よし、全艦に速度を落とすように伝えよ! 事前連絡はすんでいるのだろうな?」


「はい、すでに那由他の旗艦『鳴神』のほか、4隻が到着することを報告済みです! 彼らのための飛行艇ドックも準備されていると連絡が入っています」


「ならよし、このまま着艦準備にあたれ。国の民をあまり驚かせることの無いようにな」


「はっ!」


 那由他の地……邦奈良の都が見えてきたことで一気にブリッジが騒がしくなってきた。

 これは船内各所が同じ様子で、やれることのない俺たちは、大人しくブリッジの司令室にいるわけだ。

 国王陛下いわく『ここが一番準備の邪魔にならないからな』という理由で。

 普段はわりと静かなオペレーターたちが、慌ただしく各所と連絡を取り合っているのも珍しい。


「国王陛下、俺たちができることって当然無いですよね?」


「まあな。俺だって、ほぼない。姫さんたちを連れてテラスにでも行っててくれや」


「わかりました。それでは」


 俺たちは言われたとおり、フローリカやリコたち、それらミーシャたちなどとともにテラスルームへと移動した。

 さすがにここはほとんど人が通ることもない。


「いやー、やっぱり飛行艇が国元に帰るときっていろいろと大変ですよね」


「そのようだな、ミーシャ」


「はい。この間、『ケルベロス』が獣神国に戻ったときも大騒ぎでしたからね」


「やはり、国の旗艦が無事に戻ってくると言うのはわけが異なります。基本的に旗艦に乗るのは国家元首か立太子された王族のみですから」


「……あの飛行艇を落としたのはまずかったのでは?」


「いえ、あれは敵性存在ですから撃ち落とされて当然です」


 フローリカが断言しているし、事情を聞いているであろうほかの姫君たちもなにも言わない。

 ということは問題ないんだろう。


「あの飛行艇は不時着もしていますし、王族は死んでいないでしょう。残念ながら」


「フローリカちゃん、本音が漏れてますよ?」


「おっと、失礼いたしました。ともかく、攻撃を仕掛けてきたのが向こうである以上、撃ち落とされたとしても仕方がないですわ」


「まあ、そうだろうけどな」


「はい。なので、フート様が気に病むことはありません」


 そういうことにしておくか。

 やってしまったものは仕方がないんだし。


「皆様、そろそろ邦奈良の首都、那由他の街が見えて参りますよ」


「本当ですか!」


「ああ、あれですのね。美しい街並みですわ」


「本当に。私どもの首都はここまできれいにはなっていませんわよ」


「フローリカ王女、あの街にある大きい敷地を持った建物? は、なんですか?」


「大きい敷地……あの範囲のことですか?」


「はい。街の規模に比べると、かなり広めの敷地があるなぁと」


「あれはフェンリル学校の敷地ですね。広めと言っておりますが、あれでも手狭になっていますよ?」


「あれでも狭いんですか!? 一体どんな教育をしてるんです?」


「主に皆様が今回の旅で学習してきた内容をメインとしたものです。ただ、生徒数に比べて魔法実習環境や戦闘実習環境が手狭になってしまい、武術訓練場も魔術訓練場も予約制になっていると聞きます」


「熱心な生徒さんたちですのね」


「それはもう。国としても、最初はスラムの子供たちを再教育しているだけの場所程度の認識でした。それがいつの間にか、国内でも最先端の教育カリキュラムを構築し、それを子供たちに分け隔てなく、一切隠すことなく与える学校になっているんですもの」


「そんな学校があるだなんて……那由他はうらやましいですわ」


「この春に一般家庭に育った生徒を受け入れるための入学試験を行ったと聞きますが、合格率は4分の1程度だったそうです。先生から教わっただけで、それ以上発展させる気がなければそれだけで失格。例え授業についていけなくとも、どれだけ努力をして才能を磨き上げようとしたかを判断基準になさったんだとか」


「恐ろしい学校ですね。そんな学校を運営できるなんて、那由他という国はすごいです」


「あー、フェンリル学校は那由他の国営じゃないんです。各種ギルドがギルド連合を組んで、そこがメインとなって運営しています。なので、ギルド直営の職業体験施設などもあります」


「ギルド……ということは、民営ですか!? そんなだいそれたことを、民間で行うなんて」


「那由他にはそれを取り締まる法律がありませんでした。『学校』というもの自体が、採算が取れないということで放置されていた結果ですね」


「でも、それなら国で接収した方が……」


「那由他国はそういうことを好まないんです。それに、フェンリル学校の創設母体はギルド連合となっていますが、実際にギルド連合を立ち上げたのも、スラムの住人を説得してまわったのもフート様です。その努力を取り上げるようなことはできません」


「えぇっ!? あの規模の学校を個人で創立したんですか!?」


 うーん、話が膨らんでしまっている。

 釘を刺さないとなぁ。


「いえ俺がやったのは、最初期のギルド連合発足とスラムの顔役たちの説得、資金提供ぐらいです。校長を含め、何人かの教員はギルド連合と一緒に自分たちで探しましたが、ほかはギルド連合任せで成長していったものですよ」


「それにしてもすごいですよ! 最初期しか関わっていなかったとしても、地盤を作ったのは間違いないんですから!」


「ありがとう、ミーシャ。魔術教師陣とかは完全に魔術師ギルドからの推薦だし、本当にあそこまで大きくなるとは想像してなかったんですよ?」


「ちなみに、皆様の国に提供された後天性魔法覚醒施設ですが、あれを発見、研究しているのもフェンリル学校です。なので、フェンリル学校の生徒には三色シャーマンや四色シャーマンなどが多いですし、五色シャーマンの子供もいます。そして、ほとんどの生徒が回復魔法持ちです」


「なんてうらやましい……あの学校の教育カリキュラムを持ち帰ることはできないのでしょうか?」


 教育カリキュラムか、よく話題に出るんだがな。


「すみませんが、教育カリキュラムだけを持ち帰っても成果は出ません。フェンリル学校が成果を出している理由は、生徒たち自身が貪欲な向上心を持ち続けているからです。実際、今年の入学試験で落とされた生徒の多くは邦奈良の都に住む子供たちでした。逆に一発勝負になる田舎からの受験生は、多くが受かっています。もちろん、教師陣を含めた採点者はひいきなどしていません」


「……あの、今の発言から察するに、採点者は教師以外にもいたように聞こえますが」


「はい。成績優秀者で人を見る目がある生徒の何人かにも受験生の採点を任せました。あとは、図書館の司書や訓練所の管理人、寮長なども採点者のひとりでしたね」


「至る所で採点される、気の抜けない入学試験だったのですね」


「基本的には減点方式は採用していません。ただ、ほかの生徒に対して身分を振りかざして高圧的な態度をとったり、訓練で必要以上に攻撃を仕掛けたものなどは減点対象でしたが」


「厳しいです……」


「その程度を乗り越えてもらわないと、フェンリル学校の授業にはついてこられないんですよね」


「わかりました。教育カリキュラムを持ち帰るのは諦めます。でも、教本を持ち帰ることは可能でしょうか?」


「国王陛下と相談ですが……難しくはないかと。隠すようなものでもありませんし」


「それを聞いて安心いたしました。飛行艇が那由他に降り立ち、父に会いましたら早速相談させていただきます」


「私もですわ。せめて教本だけでも持ち帰って検討していただかねば」


「獣神国は……どうなんでしょう? やっぱり、最低限の学習は必要ですかね?」


「文字の読み書きと計算程度はできないと苦労しますよ?」


「じゃあ、その部分に限ってでも相談ですね!」


 うーん、思いがけない形でフェンリル学校の売り込みになってしまった。

 各国の王たちがいる間に、フェンリル学校の講師陣が呼び出されるんじゃなかろうか?

 そうなったらすまない。


「まもなく飛行艇ドックに着陸します。乗組員は衝撃に備えてください」

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