290.フローリカたちの魔法学習・帰路版
ルアルディを出航して数日、毎日の学習は基本的にミーシャをメインとしたマナー学習と語学・数学の教育ばかりだった。
それでもミーシャは頑張っていたのだが……さすがに限界が来たらしい。
「フローリカ様~、さすがにこれ以上はきついです~」
「ミーシャさん……もう少し頑張れませんか?」
「無理ですよ~、もう何日も頑張ってます! あと、フート様の婚約者で私だけ一緒に寝られないのはずるいです!」
「フート様の件は関係ありません! それに、もっとマナー学習はもっと頑張ってください。及第点にも届いてませんよ?」
「ふにゃ~、やっぱりこのお姫様厳しいです! フート様、ミキ様、アヤネ様。助けてください!」
助けるか……。
助ける……なぁ?
「フローリカの言っていることが正しいし、なぁ?」
「マナー教育はフローリカちゃんが一番詳しいですから」
「私たちにマナー教育の厳しさをどうこう言われてもねぇ?」
「ふぇ~ん! 婚約者様も奥様方も厳しいです!」
うーん、本当に限界が近い様子だな。
かと言って、フローリカの言っていることが正しい以上、あまり強くも言えないし……。
「おう、今日も頑張ってるな」
「お父様。それに、ハルネリア様にマリカ様も」
「ごきげんよう、フローリカ様」
「ごきげんよう。ミーシャ様は……あまり大丈夫ではなさそうですね」
「助けてください~。皆さん厳しいんです~」
「そういえば、お父様。ハルネリア様とマリカ様の前でもそのお話方で?」
「いつまでも隠すのは大変だしな。……っと、そんなことを話にきたんじゃなかった。フート、お前の魔法学習だが、ミーシャも含めて姫さんたちにお願いできるか?」
姫様たちに魔法学習?
それっていいのか?
「俺としては構いませんが……いいんですか? 外国の姫君に勝手な教育をして」
「その確認をさっきまで各国と相談していた。結果として、とりあえず一度受けさせてみるということになったんだよ」
「それなら構いませんが……あまり時間もありませんし、たいしたことはできませんよ?」
「お前の言う『たいしたこと』が、どれだけのものなのか理解してないから怖いんだよな」
「そうですわね。フート様の授業は短時間でも効果を実感できるのですごいのですが……」
「使っている本人は、自分の経験をまとめただけのつもりですので」
「本当に人騒がせよね」
「あの教本2冊で、どれだけ那由他の魔法研究が進んだのか理解してほしいのにゃ」
よってたかって言いたい放題だな。
俺は教えるだけだし構わないんだけど。
「教えることは了解しました。ほかにご要望は?」
「しばらくここで休憩させてくれ。ぶっちゃけ、この飛行艇で一番安全な場所はこのテラスルームだ」
「わかりました。ではまず、3人にはこの本を」
「『精霊魔法と元素魔法についての考察』と『精霊魔法と精霊の共感による魔法効果の変化』、ですの?」
「はい。自分の授業はこれをわかりやすく噛み砕いて行います。確認ですが、3人の魔法属性は?」
ミーシャは水、土、雷の精霊魔法、ハルネリア王女は火、風の元素魔法、マリカ皇女は水、風の精霊魔法のようだ。
獣人族のミーシャは魔力が低いので苦手、と言っていたが……どこまで伸びるかな?
「さて、まずは初めからいきましょうか。フローリカは……」
「私も復習いたします!」
「わかった。ミキたちはリコたちの勉強を見てやってくれ」
「はい。わかりました」
テラスの少し離れた場所で勉強をしている4人の元へミキたちが移動する。
さて、それでは授業を始めるとするか。
「まず、元素魔法と精霊魔法の違いについて。これは精霊の力を借りる方法の差になります」
「えっ? 元素魔法は精霊の力ではなく、七大龍王様の力を直接お借りするのではないのですか?」
最初の部分からハルネリア王女が質問をしてきた。
疑問を持っても仕方のない部分だよな。
「いえ、元素魔法も精霊の力を借りています。そうでないと同じ魔法が発動する理由がないからです」
「あ……」
今の説明で気がついていただけるのだから、さすが王女様。
とても聡明だ。
「では具体的な違いを説明いたします。精霊魔法は『精霊にお願いをして』魔法を『使ってもらう』形になります。術者本人が行っているのは、精霊にどんな魔法を使ってほしいかを示すことと対価となる魔力の供給ですね」
「『お願いをして使ってもらう』……今まで、そんなことを考えたことはありませんでしたわ」
「だと思います。魔法を使うとき、これらの動作は無意識下で行われますから」
「では、元素魔法の場合はどうなるのでしょうか?」
「元素魔法の場合、『精霊から魔力をもらい』魔法を『自ら行使する』形になります。つまり、術者本人が精霊から力をもらって魔法を放っている。こちらの方が今までの魔法のイメージと合うでしょう」
「そうですね。ただ、精霊の力を借りているとは思えないのですが……」
「ふむ、騎士や兵士の方々ですと、わかりやすい実例で納得してもらえるのですが……姫様たちだと難しいでしょうね」
「わかりやすい実例ですか?」
「例えば、火山の火口付近では水の精霊魔法も元素魔法も威力が弱く魔力を溜めるのも遅くなるのです。これは、火の力が強すぎる場所を水の精霊が嫌うという性質によるものです」
「……確かにフート様の例はわかりやすいです。ただ、私たちでは実証できませんね」
「ええ。なにか、わかりやすい方法があればいいのですが」
さて、困ったな。
元素魔法を覚えているハルネリア王女が、土属性を覚えていれば実際に魔法を使ってもらうことで魔力の集まりにくさを体験してもらえるのだけど。
「フート、お前でも困るのか?」
「ええ、まあ。理屈だけで納得してもらうよりも、実感してもらった方がいいですから」
「お前は本当に感覚派、実践派だよな。精霊の気配で少ないのってなんだ?」
「ここは高空ですから土の精霊はほぼいません。あとは……火の精霊の気配も弱い?」
「そうなのか?」
「はい。気がつきませんでしたが、かなり少なめですね。やっぱり、高空なのと火をあまり使わないためでしょうか」
「ふむ。それなら実体験してもらえるんじゃねぇか? ハルネリア王女は火の元素魔法使いだろう?」
「ですね。魔法訓練場の使用許可をいただけますか?」
「よし、俺も一緒に行ってやる。そうすれば、使用許可なんてすぐに下りる」
「……先触れは出してくださいね?」
テラスルームから魔法訓練場に場所を移し、講義の続き……魔法実習へと切り替わる。
まず最初はミーシャに土の精霊魔法を使ってもらう。
「うぎぎ……なんですか、この感覚。精霊がまったく集まってこないだけじゃなくて、魔力が漏れ出していってますよ?」
「その属性の精霊が少ない場所で魔法を使おうとするとそうなる。魔力を使って精霊を呼び寄せようとするんだ。今は高空の上に海上、土の精霊なんてほとんどいやしないから魔力がひたすら漏れ出す感覚になってしまう」
「無理! これ以上は無理です!」
ミーシャが制御を手放したが……土の精霊はほぼ集まってなかったので問題なし。
これは注意をしないとな。
「ミーシャ、精霊を集め始めたらどんな形であれ最終的には魔法を発動させるように。今はほぼゼロに近い状態だったからいいが、場合によっては精霊の力が暴発するからな」
「わかりました。というか、那由他ってこれが常識ですか?」
「いんや、これから常識になる最先端の知識だ」
「つまり、私たちは那由他でも最先端の知識に触れているのですね?」
「他国の人間がこんな簡単に触れてもよろしいのでしょうか?」
「さすがに、講師を貸し出すことはできない。だが、テキストだったら那由他から同盟国に送る品々のひとつにする。あとは、それを学び取ってもらえるかどうかだな」
「那由他は気前がいいのですね」
「本人に言わせれば、これは基礎中の基礎らしいからな。ここからどう発展させるかが勝負だとさ」
「……恐ろしいですわ」
「那由他を敵に回していたらと思うとゾッとします」
「次、ハルネリア王女よろしいでしょうか?」
「はい。的に向かって火の元素魔法を放てばよろしいのですね?」
「ええ。よろしくお願いします」
「わかりました。……え? 火の力がほとんど集まってこない? それだけじゃなくて、どんどん魔力を吸われていく!?」
「ハルネリア王女! 魔法を発動させてください!」
「は、はい! ファイアショット!」
ハルネリア王女から放たれた火の玉は、すぐに火の粉になって消え去った。
さすがに火の属性が暴発するとやけどをしてしまうからな。
「わかっていただけましたか? もし、七大龍王の力を使うのであれば、どんな状況下においても同じ条件で使えるはずです。それが環境に応じて制限されると言うことは、精霊の力を借りているという可能性の証拠になります」
「は、はい。先ほどのミーシャ様のご様子を見ていたのでわかりますわ。私も同じような状況だったと思います」
「わかっていただけたのなら十分です。今のような高空だと、多いのは風の精霊と雷の精霊。次いで水の精霊になります。皆様のような方々が、魔法を使わなければいけない状況というのはほぼないでしょう。ですが、知識だけでも備えておけばなにかの役に立つはずです」
お姫様が自分から魔法を使う機会なんて、そうそうあっちゃいけないと思うんだ。
それでも、フローリカはわずかでも鍛えていた魔法で間一髪助かったんだし、最終手段にはなりうる。
せっかく魔法実習ができる環境も作ってもらえたし、少しだけ魔法を効率的に使える手段も教えておこうかな。
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