285.三度ルアルディに

「待たせたな。明日、ルアルディに向けて出発する」


 毎日せわしなく各国と交渉してきた国王陛下が、出発の宣言をする。

 どうやら四カ国間の基本合意はまとまったらしく、あとはルアルディも交えての五国間協議となるようだ。

 なにより『鳴神』の応急修理も終わったからな。


「お父様。ルアルディへはすべての飛行艇が向かいますの?」


「ああ、その予定だ。ルアルディにはすでに『ハウンドドック』が行って許可を得ている」


「それでしたらいいのです。この数でいきなり押しかけては、戦争に来たのかと思われますわ」


「そこまでバカじゃねぇよ」


「ならいいのですが」


「信用ねぇなぁ。フート、お前らに各国の王女を預けてたがどうだった?」


「どうだった、と言われても……勉強に熱心な以外はフローリカと恋バナで盛り上がってますよ」


「恋バナねぇ……。やっぱり王族でも、女性は女性か」


「お父様、そのくくりはいかがなものかと思います」


「フローリカちゃん? さすがにこの場合は否定できませんよ?」


「うぅ……ミキ様だって止めないくせに……」


「止めませんよ。せっかくフローリカちゃんが、ほかの姫様たちと仲良くなる機会なんですから」


「うぅ。やっぱりミキ様はどことなく意地悪です」


「意地悪じゃありません。フローリカちゃんには、もっといろいろなことを学んでほしいのです。勉強だけではなく、ね?」


「わかりました。頑張ります」


「はい。エイナル国王陛下、ルアルディに移動してからの私たちはどのようにいたしましょう?」


「基本的には、今まで通り飛行艇の中で過ごしてくれ。ルアルディも多少はクーデターの影響が残っているらしい。各国の姫君たちを飛行艇から降ろすのは危険だ」


「承知いたしました。弟子たちにも、降りないようにさせます」


「頼んだ。ほかに聞きたいことはあるか?」


 聞きたいこと……聞きたいことか。

 この場では直接関係ないけど確認しておくか。


「預かることになった姫君たちは、どうなさるおつもりですか?」


「ああ、それなぁ……正直、困ってるんだよ。コスタ国もリヴァ帝国もかたくなで、こっちが折れるしかなかった。とりあえず、大使館ができるまでは王城で預かるが……」


「大使館ができたあとも王城で預かるべきではないですかにゃ?」


「リオンもそう考えるか? 実を言うと、そんな気配がしていてな……」


「とりあえず、王宮でそのまま預かるしかないんじゃない? 住む場所はなんとかならないの?」


「そんな簡単な問題じゃねぇんだよ。王族ともなれば、ふさわしい場所に住んでもらわなくちゃならねぇ。しばらくは王宮の最上位客室で我慢してもらうが……どうしたもんかね?」


「お父様、離宮がひとつ空いていましたよね。そこに住んでいただけば……」


「ふたつ空いていれば問題なかったんだがよ。……まあ、そこは追々考えるか」


「そうですな。ひとまず『白夜の一角狼』には、姫君たちの護衛も頼みたい」


「はい。……旅程自体は遅れが出ていなくてなによりです」


「そうだな。アグニとの戦いに遅れたら笑えねぇ」


「ですにゃ。それでは、吾輩たちはこれで失礼いたしますにゃ」


「おう。フローリカも下がっていいぞ。どうせ、今日もフートの寝床に潜り込むんだろ」


「お父様、どうしてそれを……」


「知らないと思うか……? この飛行艇の最高責任者は俺だぞ?」


「うぅ……」


「ふふ、フローリカちゃん。お風呂と着替えがすんだら、私たちのお部屋においでなさいな。今日も一緒に寝てあげますから」


「……はい。よろしくお願いします」


「では、国王陛下。これで失礼します」


「ああ、これからも頼んだぞ、婿殿」


 俺たちはフローリカを伴い、部屋から立ち去る。

 俺たちが立ち去ったあとの部屋では……。


「しっかし、あのフローリカもこの旅でずいぶん大人びた顔になったじゃねぇか」


「国王陛下、少女といえど恋を知れば変わるものです」


「恋した相手が優良物件なんだから、俺としても口を挟む必要がないしな!」


 なんて会話が繰り広げられていたのだが、俺たちが知るよしもない。


**********


「フート様、この問題の解き方はどのようにすればよろしいのでしょう?」


「この問題は、この数式を当てはめればいいのですよ、ハルネリア様」


「ありがとうございます。もっと気軽にハルネリアと呼んでいただいてもかまいませんのに」


「そこは線を引かせていただきます。……そろそろ休憩の時間が近いですね」


「あら、もうそんな時間ですの?」


「ええ。少し休みましょう。フローリカとミーシャ、マリカ様も休憩を」


「はい。……ですが、ルアルディについて3日目ですわ。協議は難航しているのでしょうか?」


 フローリカの言うとおり、俺たちがルアルディについて今日で3日目だ。

 ただ、そこまで心配するものでもない。


「多くの国が絡めば絡むほど難しくなるのですよ。どの品目にどれだけの課税を行うか、どの品目は保護対象にしてどれを優先的に輸出、あるいは輸入するか。むしろ、四カ国の合意が4日でできたことがすごいと感じますよ?」


「そうですわね。貿易というのは非常に難しい問題だと聞きます。私どものリヴァ帝国では海産物は捕れますが、輸出には向きません。それ以外となると、やはり塩が重点的な輸出品目になっていると思いますわ」


「塩ですか……。コスタ国で塩は、国営商会のみが取り扱える貴重品です。それが多少高くても安定して流通するのであれば、父も喜びますわね」


「獣神国はどうなのですか、ミーシャ様?」


「獣神国ですか? やはり、畜産業が盛んですのでそちらの商品がメインだと思います。あとは、一部の穀物から作るお酒なども高級な嗜好品として人気ですね」


「なるほど……大陸の国々はそれぞれに特産品が違うのですね」


「フローリカ様は那由他の特産品についてご存じないのですか?」


「申し訳ありません、私はまだそこまで学んでいないのです。それに、那由他は島国で取引量も少ないため、ほぼ自給自足が成り立っていて……」


「なるほど、どれが特産品かわからないと」


「知識不足で申し訳ありません」


「いいえ、7歳の時点では私たちも知らなかったはずです。お気になさらず」


「そういえば、フート様方はなにかお知りでは?」


 那由他の特産品か……。

 俺たちもまだ1年程度しか暮らしてないからよくわからないな。


「那由他は一部の地方で作られているお酒が特産品ですにゃ。特別な穀物を磨き上げて作られるそのお酒は、とても透き通っていて柔らかいのどごしなんですにゃ」


「お酒……なんですね、リオン様」


「にゃはは。那由他はなんでも揃うから忘れられがちですが、穀物酒や果実酒のレベルが非常に高いのですにゃ。ほかにも地方に行けばさまざまな特産品があるのですがにゃ……長期間日持ちしない食品が多く、貿易には向かないのですにゃ」


「さすが、ネコはいろいろなところを旅しているだけあって博識ね」


「にゃはは。ですが、定期的な輸出が見込め嗜好品として高く売れるのなら、時間停止アイテムを使った輸送も考えられますにゃ。吾輩たちがモンスター肉を確保しているのと一緒ですにゃ」


「モンスター肉……ですの? 魔物肉とはどのような違いが?」


「それは今度ですにゃ。食べてみればすぐにわかりますにゃ」


「それは楽しみですわ。私は魔物肉というと、臭みが強かったり固かったりという印象しかありませんの」


「私もです。モンスター肉とはどのようなものでしょうね?」


「にゃはは。そのうち晩餐として披露されるはずですにゃ。それまでお待ちくださいにゃ」


 五カ国協議が終われば、それを祝っての晩餐会……は難しくても夕食会はあるだろう。

 そのときにはミキのモンスター肉料理が振る舞われるだろうな。

 さすがに姫君たちは招かれるだろうし、それまでは我慢してもらおう。

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