262.クーデター鎮圧

「さて、残ったレインボーフラワーだがどうしよう?」


 レインボーフラワーの花弁は全部で12枚と決まっている。

 つまりまだまだ余っているのだ。


「そういや、エティルよ。お前さんフートに診断してもらいたいことがあったんじゃなかったか?」


「そうですね……この場でいうのははばかられますが……」


「言っちまえ。せっかくの回復手段があるんだからよ」


「……わかりました。実は私とアイーダの間にまだ子供が生まれていないのです。それで原因がわかればと思い……」


 うーん、ハードだねぇ。

 さすがに不妊治療までできないぞ?


「わかりました。エティル殿下とアイーダ王太女殿下、ふたりともこの花弁を食べてください。そうすれば原因が疾患によるものであれば治りますので」


「そうか……すまぬ」


「助かります」


 ふたりはレインボーフラワーを口に含み、飲み込む。

 そうすると、体から黒い霧が霧散するのが見て取れた。


「いまのは一体……?」


「疾患によるものではなく呪いだったようですね」


「……この花は呪いも解けるのか」


「治療に関することならおおよそ何でも。……そうだ、念のためマルティン王とフローリカ王女殿下も食べておいてください」


「……その方がよさそうだな」


「わかりました」


 残った花弁うち二枚をふたりは食べる。

 王女殿下は元々健康体だったので大した効き目はない。

 でも、マルティン王は久しく病に冒されていたこともあって顔色が一気によくなる。


「効果は抜群だな」


「ええ、まあ。ほかに治療すべきものは?」


「この場にはおらぬな。できれば軍務大臣がクーデターの平定にあたっているので届けたいが……」


「申し訳ありません。この聖域を出ると塵に帰ってしまいます」


「そうか……仕方があるまい」


 マルティン王は心底残念そうに言うが……こればかりはどうしようもないので諦めてほしい。

 最後に残った花弁は俺たち4人がそれぞれ食べ、それでも余ったものは塵へと帰した。


「なあ、フートよ。さっきの花、本当はレインボーフラワーなんて名称じゃないんだろう?」


「そうですね。でも、正式名称は教えませんよ?」


「わかってる。……で、あとは捕らえてきたこいつらの処遇だな」


 ゼファーの足元には今日捕らえてきた6人が茨の縄で簀巻きにされて転がっている。

 全員にスリープフラワーを嗅がせているので、放っておけば明日の夜まで目を覚まさないだろう。


「フートよ。オルゾーラ王女にイサルコ、アルフレートはわかる。残りの3人は何者だ?」


「残りの3人は王子王女に怪しげな呪術を使っていた……仮に呪術師とでも呼びましょう。そいつらです」


「……また面倒なものを拾ってきやがって」


「あはは……」


 確かに面倒なものだろうな……。

 さて、どうするか。


「エイナル王よ。少しよろしいか」


「なんだマルティン王。こいつらの処遇か?」


「ああ、そうだ。オルゾーラには今回の反乱騒ぎの責を負ってもらわねばならぬ。残りふたりも同罪だ。呪術師3名は……扱いに困るが」


「だとよ。フートどうする?」


「ひとまずオルゾーラ王女の身柄は引き渡しましょう。彼女がいなければこのクーデターは収まらないでしょうし」


「助かる。残りの5人については?」


「いったん那由他で預かります。少々話さなければならない事実が出てきましたので」


「承知した。それで、フート殿、リオン殿。この結界を解いてもらうことは可能か?」


「俺の方は可能です。リオンは?」


「一時的ならいいんじゃないかにゃ? 出て行く必要がある方々だけを外に出し、もう一度結界を貼り直せば」


「つまりまだ安全じゃないと」


「担保できませんのにゃ」


「済まぬな……我が国の問題に那由他を巻き込んでしまい」


「今更気にすんな。外に出て行くのは爺さんだけか?」


「すまぬがエティル、一緒に来てほしい」


「わかりました。アイーダは?」


「アイーダ、お前はここに残れ。そして儂になにかあったときにはお前が国を治めろ」


「かしこまりました」


「うむ。ではエティル、オルゾーラを担いで儂とともにこい」


「はい。それでは皆様。また後ほど」


「ああ。しっかり務めを果たしてこい、我が息子よ」


 ふたりが出て行くということなので、フォートレス・フォレストの一部を開放して送り出す。

 彼らが出て行ったら、また封鎖だ。


「で、フートよ。話さなきゃいけないことってなんだ?」


「それはですね……」


**********


 儂が結界の外に出ると、そこには近衛兵たちが勢揃いしておる。

 そうか、警護対象の王族は全員あの迎賓館の中か。


「おお、国王陛下、ご無事で!」


「いきなり現れた森に行く手を阻まれ、内部に近づくこともできず……」


「よい。那由他の赤の明星たちに守られていたのだ。それよりもオルゾーラの身柄を確保した。反乱兵どもに見せつけてやりたいが……やはり南門か?」


「はい。ほかの門にはほとんど攻撃がありません。対して南門には外務大臣の姿もあります」


「哀れな……あくまでオルゾーラとともに心中するとは」


「国王陛下。そんなことより急ぎましょう。クーデターはここで起きているものがすべてではないはずです」


「そうだな、エティル。南門まで我々を護衛……」


 護衛せよ、そう言おうと思った瞬間、体が担ぎ上げられた。

 一体何が起こった!?


「あなたは……テラでしたか?」


「なんと、テラ殿か?」


 儂がいたのはテラ殿の背中の上。

 立派な角はそのままに、体格だけが見慣れた5メートルサイズになっていた。


 しかし、迎賓館の警護だったはずのテラ殿がなぜここに?


『ゼファーも戻ってきたことだ、我も少しは暴れたい。お前たちの護衛も任されたのでな。南門だったか、そこまで一気に駆け抜けるぞ』


 なんと頼もしい援軍か!

 那由他の赤の明星には感謝しかない!


『南門は……いま激しく戦闘が行われている場所であっているか?』


「おそらくそうだと思います。ほかの門はそこまで激しい戦闘ではないそうなので」


『……南門が囮かと思ったがそうではないようだな。本当に兵力のすべてをその南門とやらに集中させている』


「そこまでわかるのですかな。テラ殿は?」


『疑うのも無理はない。大地の振動と匂いの数、魔力の流れる量でおおよその人数がわかる。それだけ告げておこう』


 ……恐ろしい。

 テラ殿の前では伏兵など役に立たぬではないか。


『では南門へと向かう。しっかり捕まっていろ』


「うむ。よろしく頼む」


 そこから先は文字通りの一瞬である。

 途中の庭園や建築物、兵などは一切無視して駆け抜けたのだからな。


「む、何やつ!」


 たどりついた南門では軍務大臣が指揮を執っていた。

 だが、テラの接近によってこちらに注意を払わせることになってしまったな。


「落ち着け軍務大臣。姿は多少変わっているが、那由他の赤の明星フート殿のテラだ」


「おお、国王陛下。ご無事で!」


「うむ。アイーダやエティルともども那由他の迎賓館にかくまわれていたのだ。それで現状は?」


「芳しくありませんな。敵は外務大臣ラウドミア配下の軍勢です。攻城兵器を持っていなかったのが幸いですが、とにかく人数が多い。どこにこれだけの兵を隠し持っていたのか」


「ラウドミアの居場所は?」


「奥の……あそこです」


 ……む、あれか。

 以前では見えなかったものまで見える。

 あのレインボーフラワーには感謝だな。


「軍務大臣、このようなものを赤の明星からとして預かってきましたが、使えますか?」


「お土産だと? ……これはオルゾーラ!?」


「うむ、儂の子供たちを救出に行ったとき、オルゾーラが妨害したようでな。ついでと言うことで捕らえてきてくれたわ」


「……わかりました。このお土産、有効活用してみせましょう」


 そこからの軍務大臣の行動は早かった。

 オルゾーラが我が軍に落ちたことを示し、降伏を要求する。

 当然、あちらは偽物だと主張するが……そんな中、単騎駆けしたのがテラ殿だ。

 テラ殿は途中の兵士たちを踏み台にラウドミアに近づくと、そのままラウドミアのみ咥えて戻ってきてしまう。


 これにより、最高指揮官を失ったラウドミア軍は崩壊。

 多くのものが武装解除して降伏の道を選んだ。


 その後もオルゾーラやラウドミア、追加で身柄を引き受けたイサルコを引き連れた軍務大臣は次々と反乱軍の武装解除を達成する。

 そして、クーデター発生翌夕方には混乱を鎮めてしまった。

 儂の懐刀とはいえ優秀な人材よ。


 ……となると問題は宰相イヴァーノの兵だが、こちらも武装解除には応じた。

 だが肝心のイヴァーノの姿はない。

 国外へ逃亡したのか?

 そう考えていたが、イヴァーノは意外な場所で発見された。

 彼の執務室で何者かに暗殺されていたのだ。

 調べによれば、クーデターが起きる前にはすでに殺されていただろうとのこと。

 軍務大臣の聞き取り調査次第だが、あれはイヴァーノの軍勢ではなかったのか?


 ともかく、最大の懸念事項であったクーデターは無事収まり助かった、と言うべきか。

 オルゾーラが冒した最大の誤算は那由他の赤の明星を侮ったこととはなんたる皮肉。

 我が国所属の赤の明星も鍛え直すべきか?

 悩みは尽きぬな。

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