205.忙中閑あり
ギルド会議が終わったらこれで解散……というわけにもいかなかった。
いまはユーリウスさんと商業ギルドマスターのエドアルドさんとで、俺たちがいつ王宮に向かうべきかを話し合っている。
「王宮か……なにをしにいくんだろうな?」
「まずはハーミットホーンの角を差し上げにいくんですよね」
「そうなりますかにゃ。あとは……なにをするのかにゃ?」
「いざいくとなるとわりと謎よね」
俺たちがいろいろ話している間にあちらも話し合いが終わったらしくこちらに歩いてきた。
ふたりとも険しい顔をしているが。
「お待たせいたしました」
「お待たせして済みませんが……王宮に向かう日時などは内務卿に相談してからでよろしいでしょうか?」
「構わないけど……そんなに難しい問題?」
「難しいですね。ユーリウス殿から存在だけ聞いたモンスター以上の脅威やそれを倒す存在など、私では口に出せないものばかりです。それらの情報も扱うとなるといつ向かった方がいいのかまったく見当もつかず……」
「いいんじゃない? 私たち、これからしばらく邦奈良の都に留まるんだし」
「そうですにゃ。吾輩も故郷へ帰る日程をずらせばいいだけですから問題ないにゃ」
「……問題があるとすれば私とアヤネさんの体調でしょうか」
「あ……」
「最悪、俺とリオンのふたりでも問題ないだろう。全員が行かなくちゃいけない問題でもないし」
「そうですね。リーダーであるフートさんと指導役であるリオンさんは必須ですが、ミキさんとアヤネさんはあちらから呼ばれない限りいかなくても問題ないでしょう」
「そこについても内務卿と話をしてきます。……ん?」
そこまで話をしたところで会議室のドアがノックされた。
エドアルドさんが入室を許可すると商業ギルドの制服を着た女性が入ってきてエドアルドさんに耳打ちをしている。
それを聞いている顔は段々困り顔になってきて……うん、悩ましそうだ。
「なにかあったのですか。エドアルドさん?」
「ええ、まぁ……確認なのですが、フート様たちは先日街門で違法奴隷商を取り押さえましたか?」
「ああ、取り押さえたというか……」
「無力化して衛兵に引き渡しましたにゃ」
「そのですね……そのときに助けられた女性たち8名の働き口がないかと衛兵所から照会を受けておりまして……」
「リオン、8人もいたのか?」
「はいですにゃ。吾輩が確認した人数も8人でしたにゃ」
「ふむ……それで、エドアルドさん。なにを困った顔をしていたのでしょう?」
「ああ、すみません、ユーリウスさん。その娘たちは特別な技能などもないらしく……商業ギルドとしても身元の不確かな女性を受け入れるのは難しいもので」
「なるほどにゃあ。それもそうですよにゃ」
「はい。せめて、身元引受人がいれば別なのですが……ただ、このままにしてもスラムの住人が増えるだけですし」
「なるほど。学校で受け入れてあげていんだけど、身元がはっきりしないんじゃなぁ」
「……それは理事長判断ですか?」
「そうなるな。身元引受人には衛兵所……というか、公的機関に立ってもらう代わりに学校で受け入れる。ああでも、給食とかに毒を盛られる可能性があるのか」
「その可能性はありますね。果たしてどうしたものか……」
「公的機関がその辺を調べるといっても限界があるだろう? 困ったな」
「スパイや破壊工作員がいる可能性は十分に考えられますね。わかりました、まずは衛兵庁に責任を持って背後関係を調べてもらえるようにお願いします。その上で、問題なければ学校で下働きとして受け入れてもいいと返答いたします」
「頼んだよ。それと、学校のセキュリティも見直さなくちゃいけないかな」
「それについては学校会議で話す方がよろしいでしょう。あちらもいろいろと仕込んでいるようですので」
「……エドアルドさん、怖いことを言わないでくれ」
「ははは……私も理事として参加することになりますが、怖いのですよ。ともかく、この件は決定ということで。私は使いの衛兵にこの件を伝えてそのまま衛兵庁へ向かいます。それでは皆様、また」
エドアルドさんが退室したことで俺たちも会議室にいる理由がなくなり外に出る。
うーん、会議は終わったけどまだまだ時間はあるな。
「ミキ、いま何時くらいだ?」
「ええと……3時半ですね。暗くなるまではそれなりに時間があります」
「どうするの? いまから家に帰ってもやることがないわよ?」
「そうですにゃあ。のんびり休んでもいいのですがにゃ」
「少し身体を動かしたいよな」
「ですね。最近戦いずくめだったので、動かないでいるとなまりそうです」
「朝食前に鍛錬はしているでしょ? ……まあ、私も動き足りないけど」
「ではギルドの訓練場で新人たちを軽く揉んでくれませんか? 甘い考えのものも多く悩ましいのですよ」
「……俺たちがやると自信がなくなるんじゃないか?」
「それぐらいでも構いませんよ。魔法を覚えたことで調子に乗っている子たちの鼻をポッキリ折ってください」
「再起不能にならなきゃいいけど」
そういうわけでハンターギルドの訓練場にユーリウスさんも含め全員で移動する。
そこでは新人たちが訓練をしていたが……どうにも気迫がないな。
熱がこもっている一角は……あー、エーフラムさんたちが自分の弟子も含めて稽古をつけているな。
あそこに行っているハンターたちは強さを磨こうと必死なようだ。
さてここらでいまいち熱気が足りないハンターたちに活を入れるべきかね?
「あ、先輩!」
そんなことを思っていたら、魔法の訓練スペースからやってくる影があった。
どうやらリコは魔法の訓練をしていたらしい。
「リコさん、頑張っているみたいですね」
「はい! 先輩たちにいろいろ教わってから自分の技量が上がっていくのがよくわかって……アキームやバルトもエーフラムさんたちに稽古をつけてもらっている最中です」
「それはいいことね。それで、リコの方はどうなの?」
「私も調子がいいです。魔法制御能力がかなり上がりましたし、詠唱もかなり短くできるようになりました。……本当はもう少し手札を増やしたいところなんですが」
「いまは手札を増やすよりも今できることを鍛える方がいいだろうな。基本的な魔法は使えてるんだ。あとは自分の創意工夫で威力やできることを増やせばいい。……まあ、新しい属性を覚えたい気持ちもわかるし、止めはしないけどな」
「はい。それでは私は魔法の訓練に戻りますね」
「ああ、ちょっと待った。少し土属性の魔法を実際に使ってるところを見せるよ。アヤネ、相手を頼む」
「わかったわ。……そういえば、私、ここに入るときなにもいわれなかったけど出禁解除されたのかしら?」
「ああ、それなら私の方で解除しておきました。ただ、あまり訓練場を荒らさないでくださいね?」
「……了解です、サブマスター」
「アヤネ。準備ができたら始めるぞ」
「はいはい。ちゃんと手加減してよ? アンタの魔法、私の防御を軽く撃ち抜いてくるんだから」
「制限はかけるよ。リコ、前に説明した魔法の使い方も見せるから参考にな」
「はい!」
リコが安全な場所……ミキたちのそばまで移動したことを確認して模擬戦開始だ。
「さて、手始めに牽制、ストーンバレット!」
「甘い!」
俺が射出した10数発のストーンバレットはすべてアヤネの警棒でたたき落とされる。
うん、ここまでは予想通りかな。
「次、ストーンブロウ!」
「ふん!」
ストーンブロウはストーンバレットと同じレベル1の土魔法。
速射が効くバレットに対し、ブロウは速射性がなく一発の重さが違う。
アヤネでも俺のストーンブロウをはじき落とすのは不利とみて、盾ではじくことを選んだようだ。
さて、ここで一瞬だが隙ができる。
「……ランドマイン!」
「そうはいかない!」
ランドマインはレベル3土魔法で、地面に小規模な爆発を起こす岩の塊を発生させるものだ。
ある程度の距離であれば任意の場所に出現させることができるので、今回はアヤネの少し前方に出現させた。
この魔法、発生させると誰かが強く踏む、衝撃を与える、術者が任意で起爆する、ある程度の時間が経過するなどの事象が発生しない限りなにも起きない。
いまはアヤネの前方で爆発させて体勢をさらに崩すことを目的としたのだが、それを察知したアヤネは後ろに下がることによって影響範囲から逃れることにしたわけだ。
……まあ、ここまで俺の読み通りなんだけど。
「ん!?」
「ロックバレット!」
アヤネがなにかに躓いて姿勢を崩したところにロックバレットで追い打ちをかける。
ロックバレットはレベル2の土魔法でストーンバレットとストーンブロウの中間に位置するようなものだ。
さすがのアヤネも不安定な体勢からだとはじくことができずに盾で受け止めることしかできない。
これでアヤネの行動は制限できたわけだ。
「アースニードル……これで詰みっと」
「……はぁ、ランドマインの発生が遅いと思ったらこんな単純な罠をはっていたとはね」
アヤネが躓いた理由、それはアヤネの後方にピットフォールでくるぶしが埋まる程度の深さしかない穴を開けていたためだ。
気がつかれなければ十分にそれで体勢を崩すことができる。
あとはダメ押しで動きをできなくして、盾がない方向からアースニードルを撃ち込めば勝てる……そんな戦法である。
「お疲れさま、アヤネ」
「大して疲れてないわよ。それにしても、ランドマインの発生をワンテンポ遅らせたのも罠の一部でしょ?」
「まあな。同時発動もできるが、それじゃギャラリーの指導にならんし」
「ギャラリー……って、うわぁ」
アヤネは気がついていなかったようだが、俺たちが模擬戦を始めた段階でかなりの数のハンターがこちらを見ていた。
エーフラムさんたちも指導を止めて、こちらを見せていたほどだからな。
「お疲れ様です、フートさん、アヤネさん」
「ユーリウスさん、これで少しは熱が入りますかね?」
「どうでしょう? かなりわかりやすい指導戦だったように思えますが」
「はい! とってもわかりやすかったです!!」
「ありがとう。ピットフォールも大穴を開けるなら時間がかかるが、小さな穴だったらそんなにかからないはずだ。練習しておくといい。魔物相手でも通じる相手はいるからな」
「ありがとうございます!」
「にゃはは。相変わらず気持ちのいい返事にゃ。どれ、アキームとバルトを呼んでくるにゃ。吾輩が3人まとめて指導してやるのにゃ」
「本当ですか!? アキーム、バルト!! リオン先輩が指導してくれるって!!」
「……さて、俺たちはどうしようかね?」
「んじゃ、お前らは俺たちと一緒に気合いの抜けてる連中を揉んでやろうぜ?」
「エーフラムさん……」
「悪くはないことですよ。……皆さん! いまから、Cランクハンター6人が指導を行います! 希望者は集まるように!!」
サブマスターであるユーリウスさんのかけ声が響くと目を輝かせて飛んでくるもの、渋々やってくるものと反応は分かれたが指導が始まるとそんなことはお構いなしだ。
俺たち全員が悪いところは指摘して修正させ、よいところは褒めて伸ばす。
ライラさんも俺もシャーマンなので精霊魔法の指導しかできなかったが、スペルキャスターたちも俺たちの指導を自分たち流に噛み砕いてものにしていったようだ。
結局この日の指導は日が落ちるまで続き、全員が満足する結果となった。
うむ、よきかなよきかな。
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