201.邦奈良の現状 ハンターギルド編 2

 赤の明星が持ち込んだ知識や技術を闇に葬っていた、か。

 確かに穏やかではないな。

 ……あれ、でも。


「教会って赤の明星が設立した……そういうことになっているんだよな?」


「はい。そういうことになっていますね、一応」


「それなのにどうして赤の明星の邪魔を……?」


「目障りなんでしょうね、赤の明星からもたらされる知識や技術による革新が」


「……なるほど。医療技術や回復魔法が普及しなければ教会はいいとこ取り……そういうわけか」


「ええ、少なくともその分野では。ですが教会が潰しているのは医療に関する分野だけではないようなのです」


「どういう意味にゃ?」


「例えば、赤の明星の伝説。伝説では赤の明星はドラゴンを倒せるほど強い、とされています。ですがその過程においてさまざまな修行が必要な事は省かれています。あたかも、赤の明星はこの世に出現したときから強い、と誤解されるような」


「それも教会の仕業だと?」


「確証はありません。ですがほかの国々に放っている間諜によれば、国の主要な都市において『モンスター退治は赤の明星がいるから不安はない』などと喧伝して歩いているそうです」


「……それはまた露骨だな」


「はい。そのため、王宮が赤の明星を確保していても強力なモンスターが出現すると『赤の明星を出せ!』という市民の圧力が加わってしまいます。そうなるとまだ実力不足、覚悟不足の赤の明星を戦地に送らなければならず……」


「赤の明星はモンスターに殺される、と」


「部隊ごと全滅というのが基本的な流れですがね。そうするとどうなるか。教会側は次に『未熟な赤の明星を死地へと送り出し使い潰したのは王宮の責任だ』とわめき始めます」


「見事なアジテーターね」


「はい。それによって国家の威厳が弱まり、相対的に教会の発言力が高まった国々は数多いのですよ。この大陸極西部では」


「いつの時代も宗教とは面倒なものだ。……この国はどうだったんだ?」


「まずは自分たちで赤の明星を確保しようとしましたが、失敗に終わってますね。サジウス領の4名はサジウス領騎士団の演習中にいきなり現れたと聞きますし、お三方は言うまでもありませんね」


「そうだな。でも、教会勢力が俺たちの方を探さなかった理由は?」


「死道に落ちた赤の明星が生き延びるなどとは微塵も考えていなかったのでしょう。その捜索に金銭を使うなら懐に貯めておけばいい、そう考える男でしたからね」


「とんだ生臭坊主ね」


「おかげで私たちは助かりましたけどね。教会勢力も王宮に赤の明星が所属するなら国民を煽る意味が高いのですが、一ギルドを煽っても効果は薄いと判断したようです。実際、煽られても気にしなかったでしょうが」


「でもその結果として自分たちが国を追い出される結果になってしまったと」


「そうなります。彼らにとって後天性魔法は寝耳に水……と言うよりも魔術師ギルドの重鎮に手を回して研究を潰してきたもののようです。それがいきなり国王から出てきたとあれば……」


「激しく抵抗するしかないのだにゃ」


「ええ。実際教会は国に対して破門状を叩きつけて日数を決め、その期限内に要求が通らなければこの国から出て行くと宣言していたようですよ」


「で、結局、王様はその要求を突っぱねたと」


「そうなります。『回復魔法を覚えた国民すべてを教会に差し出せ』などという無理な要求もあったようですから」


「詳しいにゃ? ユーリウス」


「教会が出て行ったあと国王陛下が教会側が要求してきた内容を公表しましたからね。いや、むちゃくちゃでしたよ?」


「……それで出て行った教会勢力が戦争準備を始めたと」


「そのようですね。まったく、教国などと名乗ってはいてもその影響範囲はこの極西部の一部でしか通用しないというのに」


「でも同調する国も出てくるんじゃないですか?」


「積極的に参加する様子の国が2つ、3つの国が様子見、2つの国が消極的、といったところですね現状」


「それらの国って強いのか?」


「相応の国力は持っています。ただ、那由他を攻めたいというよりも那由他の同盟国である大陸の2国を攻め落として属国、あるいは自国の領土にしたいと考えているようですが」


「今回の一件はその口実に使われましたかにゃ」


「そうなります。なので、それらの国々にも早急に防備を整えていただく必要があります。……リオンさん。フートさんたちの4月から7月……アグニが現れるまでの間のスケジュールは?」


「白紙だにゃ。修行に行くには近場にいい場所がありませんし、遠出をしてはまともに修行時間を取れませんにゃ。なので、都に残り連携訓練などに時間をあてたいと思っていましたにゃ」


「……ならば、その時間、一部をもらうことはできませんか?」


「どういう意味にゃ?」


「まずは学園のフート理事長としてのお役目です。後天性魔法覚醒施設を王家直轄領以外にも広めていきたいのです。その旅に同行していただきたく」


「……どうしますかにゃ、フート殿?」


「構わないが……そんなに時間は取れないぞ?」


「大丈夫だそうです。王室用の最新車で行くそうなので移動も数日とのこと。今回は、王族派の貴族を中心とした地方に広めに行くそうです」


「それは大丈夫なのかにゃ?」


「そこで有用性が確認されればほかの貴族たちも乗り気になる……というのが王宮の読みですね。外れてしまっても、根回しをして各地方に施設を作っていけばいいと考えているようですし」


「ならいいのにゃ。ほかにもあるのにゃろ?」


「はい。次は赤の明星としてのお役目になります」


「赤の明星、ですか?」


「先ほどあげた同盟国、そちらにも後天性魔法覚醒施設の技術を売り込みに行きます」


「あら、無償供与じゃないのね」


「無償供与だとそれはそれで問題があるらしく……ともかく、あちら側の国でも防衛体制を早急に構築していただくために覚醒施設の技術を持ち出します」


「それって危険じゃないのか? スパイとかは?」


「その危険性は十分にあります。ただ、それを言い出すとこの国で広まっている時点である程度の情報は流出していると思った方がいいでしょう」


「まあ、簡単な施設ですからね」


「そういうことです。第四号はかなり細かい装飾などが施されており目くらましになっていますが……原理は単純ですから」


「それで、売り込むのはやっぱり第四号か?」


「いえ、売り込むのは第六号後天性魔法覚醒施設になります。これは第六号が携帯型の魔法覚醒施設であり、ブラックボックス化されているためです。中身を確認しようと分解すれば中の魔石が消滅する仕組みになっています」


「厳重な作りね」


「魔石が消滅するのは偶然の産物らしいのですが。ともかく王室としては原理を伝えなくても現物を引き渡せばそれで済む第六号を提供する予定のようです」


「それで、俺が関係する理由は?」


「後天性魔法覚醒施設の開発者……というか、開発支援者ですね。そこに赤の明星が関わっていたとお墨付きがほしいそうです」


「それくらいで信憑性が増すのでしょうか?」


「増すようですよ。フートさんたちは赤の明星としてもかなりの実力者です。そんな方々が関わっているとなれば……」


「すごいものだと錯覚してくれると」


「実際すごいもの、なんですけどね」


「確かにな。それってどれくらいの予定なんだ?」


「2つの国を移動するのに魔導飛行艇を使います。全部で6週間程度の旅になりそうです」


「リオン?」


「拒否はできませんにゃ。ただ、ミキ殿とアヤネ殿は修行をお忘れなくですにゃ」


「もちろんですよ」


「構わないわ。……というか、フートは?」


「俺も聞きたいところだが、結論は見えてる。俺が魔法を使うと飛行艇に悪影響が出るんだろう?」


「そういうことですにゃ」


「私から伝えておきたいことは以上です。あとは、午後の会議の時にいろいろ教えてもらえるでしょう」


「それが一番怖いんだけどな」


「ははは……。さて、お昼近くになってますね。少々下の様子を見に行きましょうか」


「いいのかにゃ? 仕事はしなくて?」


「今日中に片付けなければいけないものはもう終わってますよ。それよりも下の様子もたまには見ておかないと」


「今日もたくさんのハンターがいると思うにゃ」


「ですねぇ。私としては、冒険者が狩らないような魔物を狩ってきてその素材を市場に流してもらえると助かるのですが」


「まあまあ、行ってみましょう」


 というわけで1階の様子を見に来たのだが……今日はやけに人が少ないな。

 なにかあったのかな?


「あ、サブマスターにフートさんたち。打ち合わせは終わりましたか?」


「ええ、つつがなく。……今日は人が少ないですが、これは?」


「暇をしているならエーフラムさんたちが稽古をつけてくれるという事になり、みんな訓練場に移動しています」


「俺たちもそっちに移動してみるか」


「そうですね。……ただ、エーフラムくんたちがどの程度手加減して稽古をつけているかが問題ですが」


 訓練場に移動するとサブマスターの懸念通り下位ハンターたちが死屍累々とへたり込んでいた。

 近くにいたものにユーリウスさんが事情を聞くと、エーフラムさんたちの訓練がきつすぎたそうだ。

 で、いまも訓練は行われており、誰が戦っているか確認してみると……おお、リコたちか。

 エーフラムさんとニコレットさんの攻撃をバルトがなんと受け止め、その隙にアキームが斬りかかる。

 ライラさんとリコは互いに魔法で援護しているが……その差は歴然だな。

 ただ、バルトとアキームがなんとか倒れずにいるのは、ミラーによる回復もあるのだろう。


「ほう、あの新人たちなかなかですね。さすがあなた方が一日とはいえ鍛えただけはありますか」


「本人たちの努力の結果ですよ。……でも、そろそろですね」


 バルトがふたりの攻撃を受け止めきれなくなり、アキームも吹き飛ばされて訓練終了だ。

 アキームたちも意識があるようで自分で自分に回復魔法をかけている。

 ふたりの意識がはっきりしていることを確認してから、エーフラムさんたち3人がそれぞれ講評を告げている。

 訓練場の周囲にいたほかのハンターたちからは拍手が送られているあたり、かなり善戦したのだろう。


「……というわけで、あなたはマルチな才能を持っているんだから土をメインに鍛えつつ、ほかの属性を伸ばせるように頑張りなさい」


「はい、ありがとうございます!」


「はぁ……フートくんの指導を一日受けただけでここまで化けるなんて、あの子も化け物よね。……最後に全力のアースニードルを的に向かって撃ってみなさい。それで終了よ」


「はい! ……アースニードル!」


 話している内容までは聞き取れなかったが、あちらの魔法訓練用の的にアースニードルを当てさせて威力をみてみるらしい。

 だが、それを妨害する小さな影がいた。


「ワン!」


「あ、こら! ミラー、危ない!」


 リコと的の間に割り込んだミラーはアースニードルに向けて口を開き……アースニードルを魔力に変換して食べてしまった。

 これには訓練場もざわめきが起こる。


「フートくん、これは一体……」


「済みません、ちょっと様子を見てきます」


 訓練場に降り立ちリコやライラさん、そしてミラーのいるところまで駆け寄る。

 すると、リコが涙目で話しかけてきた。


「先輩!! ミラーが! ミラーが!」


「落ち着け、そしてミラーを貸してくれ」


「あ、はい……」


 リコが抱きしめていたミラーだがこちらの顔を見ると元気いっぱいにすり寄ってこようとする。

 とりあえず頭をなで回し気持ちを落ち着かせた上で全身を確認すると、尻尾と脚の先の毛が茶色く染まっているのがわかった。

 ……あー、これは。

 念のため、鑑定もして確認を取りリコにその結果を告げる。


「うーん。おめでとうと言うべきか悩むが……リコ、ミラーはヒールレッサーフェンリルからヒーリングアースレッサーフェンリルに変わったぞ?」


「え、それってどういう?」


「あら。二属性化したのね……」


「二属性化?」


「……まあ、そろそろお昼だし、ご飯でも食べながら説明しようか」


 お昼を食べながらリコへとミラーに起こった変化について説明する。

 リコは喜んでいたが、フェンリルに進化するときに大変だと教えたらさすがにテンションが下がっていた。

 午後からは俺たちも別の会議があるので面倒をみてやれないが、アフターケアはライラさんがしてくれるとのこと。

 申し訳ないが、そちらに任せよう。

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