175.戦争の気配
「攻め込んでこようとしているのかにゃ? それまたずいぶんと性急だにゃあ」
「俺もそう思うよ。だが、俺が放った密偵連中からの情報も王宮側の密偵からの情報もそういう話だってんだよ」
「それってかなりマズいんじゃない?」
「いえ、あと数年は先の話になります。あちらも徴兵や訓練、各国への軍事協力依頼などがありますでしょうから」
「年単位で先なんですね」
「そいつは間違いないぜ、ミキの嬢ちゃん。特にいま、この国はアグニっていう爆弾を抱え込んでるからな。その爆弾で滅ぶなら『神に背いた罰』とかなんとか理由づければいいし、滅ばなかったら疲弊しているところを一気に叩き潰せばいいとでも考えているんだろうよ」
「うっわ、最悪」
「兵法とはそういうものですよ」
「それで、アレックス殿はここにいて大丈夫なのかにゃ?」
「国からの命令では、事前に指示された期間は残るようにと。そして魔物と戦ってレベルアップしてくるように命令されました。……ここの魔物、本当に強いんですがね」
さすがにこの一言には同情してしまうな……。
俺たちだって2週間みっちり戦ったが、ものになり始めたのは3日目からだし。
「まあ、黒旗隊の事情はいいでしょう。問題は一般騎士と歩兵、弓、魔法の各部隊、衛兵などの防衛部隊です」
「確かに、その辺の連中もレベル上げしないわけにはいかねーわな」
「ちなみに聞きたいんだけど、そういった一般兵の平均レベルってどれくらいなんだ?」
「そうですね……歩兵部隊で60程度、騎士で100程度でしょうか」
「ギルドマスター、学校の生徒ってどれくらいまで上がってる?」
「学校つったらフェンリル学校だよな。えーと、確か……平均30程度だったような」
「……優秀なんですね、そちらの学生さんたちは」
「元がスラムの連中だからな。勉強にも戦闘訓練にも貪欲だよ」
「うらやましい。王立学院の生徒など、まともに使い物にならないというのに……」
「そこまでダメなのか。いまの王立学院って」
「ダメです。貴族や有力商家の子弟ばかり入学した結果、教師陣まで子供たちの言いなりになって……一般的に成人した者の平均的なレベルは10前後だというのに、王立学院の卒業生はレベル15前後しかない。はっきり言って役に立ちません。そのくせ文句ばかり言ってくる」
「黒旗隊……っていうか、国も苦労しているんだな……」
「ええ、ですから内務卿がフェンリル学校を見学に行かれたのは大変大きな意義があったと聞いております。可能であれば、数年後には学校別の対抗戦を行って王立学院の未熟さを知らしめたいとも」
「さすがにそれはやり過ぎのような……」
「それくらいしないとダメなんですよ」
「あー、話がまたそれてるにゃ。教育論はまた今度にして、いまはどうやって防備を固めるかにゃ」
「……すみません、熱くなりすぎました。あまりにも王立学院の卒業生が役に立たなかったもので……」
「でだ。黒旗隊はここで鍛えていくんだよな」
「ええ、そういう形になります。受け取った伝令には、私たちが帰るときには入れ替わりで別部隊がくるとも」
「おいおい、仰々しいな」
「……正直な話、礫岩の荒野のような高レベル地帯でレベル上げができることはまれですからね。この機会に全体のレベルを押し上げようということなのでしょう」
「……そうは言われても、礫岩の荒野を開けてる理由はサジウスのはぐれものと逃亡中の赤の明星の追跡のためだぜ? そのどちらも理由がないんじゃ、礫岩の荒野のような危険地帯でレベル上げっつーのも許可しがたいんだがなぁ」
「その点については大丈夫なようです。軍務卿がそちらの責任者と話し合い、しばらくの間は礫岩の荒野を使わせてもらうことを了承していただけたそうです。それから、サポートの人員も出していただけると。こちらがあなた宛の手紙になります」
ギルドマスターはアレックスさんから渡された手紙を軽く読んでため息をつく。
「あー、アイツじゃ軍務卿の相手は無理だわなぁ……」
「……まあ、そういうことですので、そちらの用事が終わりましたらサポートの方お願いします」
「俺らの用事か? 俺らの用事はキャンプ地の再建と各モンスターの調査および監視だったんだが……そこにいる4人が3匹まで終わらせたんでな。少々だが人員の余裕はある。そいつらをそっちにつけさせよう。調査や監視のプロだからな、スカウト系技能は指折りだぜ?」
「助かります。……ところで、この礫岩の荒野に常時棲み着いているモンスターは4匹だと伺っていましたが……」
「マッドマウスはストーンランナーのところに向かう途中に倒してしまったな」
「ストーンランナーは……アレは手出ししちゃいけない相手ね。手出ししなければ何もしてこないけど、戦えば確実に大怪我を負わされるわ」
「えーっと、先ほど角を見せたハーミットホーンも討ち取ってきました。ものすごくタフで疲れましたが……」
「というわけで、残っているのはフレイディアだけにゃ」
「……本当にお強いのですね、赤の明星は。この短期間で3匹も討ち取るなんて……」
「……マッドマウスは倒したっていうのか、あれ」
「倒してますにゃよ? 魔法で一撃だとしても」
「そういえば、私たちはなにをしに戻ってきたのでしょうか?」
「そうだったにゃ。赤の明星たちの情報がないかとフレイディアになにか変わった様子はないか聞きに来たんですにゃ」
「あー、それなら両方ハズレだな。どっちもお前らが前来たとき以上の情報はねぇよ」
「そうですね。私たちの部隊も主目的を赤の明星探索からレベル上げに変えるよう、命令を受けましたし」
「まあ、そんな気はしてたんだがな」
「だろうよ。それで、お前らはこのままフレイディアの討伐に向かうのか?」
「その予定です。結構前倒しになってますが……」
「いいことじゃねぇか。遅れが出るよりはな」
「そうだにゃ。それでだにゃ、マスター。ここからフレイディアの住処になっている岩場までの間に壊されたキャンプがあるにゃ。持って行く資材が用意されていればついでに持って行くにゃ」
「そいつはありがてぇが……いいのか?」
「行きがけだしな。今回は問題ないだろうさ」
「わかった。資材置き場まで案内するからよろしく頼む」
「それでは私は兵の訓練に戻りましょう。場合によってはフートさんたちに相談することができるかも知れませんが……」
「うん?」
「まあ、それはそのときということで。それでは」
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