174.献上品
「献上品……献上品にゃあ」
どうもリオンは乗り気ではないらしい。
俺は手元から離れるならどちらでもいいのだが。
「フート殿、自分のところからなくなるならどういう形でも構わないとか思ってませんでしょうにゃ?」
「……スマン、思ってた」
「まったく……まあ、これも社会勉強の一環にゃ。ハーミットホーンの角も鱗もその主要目的はなんにゃ?」
「えーと、先ほどの話ですと鱗は防具ですよね」
「前に聞いた話だと角は武器に向いているとか」
「ミキ殿、アヤネ殿、正解ですにゃ。この答えから導き出される結論は?」
「……都で軍拡を進めている?」
「ということでしょうにゃ。どうかな、アレックス殿?」
降参とばかりに首をすくめてアレックスさんは答えてくれた。
「かないませんね。ええ、実際、都や各都市を守るための警備兵を増やしているのは事実です。騎士クラスは……一朝一夕でできるものでもありませんからね」
「では軍備を拡大しているのは……」
「申し訳ありませんが事実です。というのも……」
「そっからは俺が話すぜ。国が一方的にわりぃって訳じゃねぇからよ」
どうやら説明はギルドマスターが引き継ぐようだ。
しかし、国が悪いわけじゃないとかどういう意味だろうか?
「事の発端は、国王陛下が後天性魔法習得のための儀式場を大々的に作った事に端を発した。これは間違いねぇな?」
「ええ、間違いありません。陛下としては英断だったのでしょうが、彼らにとっては教義に背く行為ですからね」
「……彼らっていうのは」
「もちろん教会の連中よ。やつら、話し合いもほとんどせずに『国内にあるすべての儀式場を破壊しなければ国を異端認定する』と言い出しやがったからな」
「国を異端認定って……大丈夫なのか?」
「那由他じゃなきゃかなり危ねぇな。……って那由他の国がどういう形状でどんな状態になっているのか教えたことなかったか」
「そう言えばそうね。フートは図書館通いで知ってるかもだけど」
「まあ、知ってはいるが……確認はしておきたいな」
「それでは教えてもらいましょう」
「その方がいいぜ。那由他は世界の端のほうで弓なりになった島国だ。世界地図は戦略物資だから見せられないが……少なくとも那由他を袋だたきにすることなんてできねぇよ」
「そうなのか? 海とは言え、接舷できる場所は多そうだが……」
「その質問には私から。那由他の国の周りには沖合に大渦が発生していたり、遠浅で長距離船だと間違いなく座礁したりとまともな海域が少ないのです。なので、那由他に攻め込もうとすると、三つある港町、およびその周囲が主戦場となります」
「つまり防衛戦力の大部分を一カ所に集中できると」
「そうなりますね。もちろん少人数での奇襲はありますでしょうが、そちらにも対処いたしますので問題ありません」
「つーわけで、いざ戦争になっても守りは相当に堅いんだよ。ただ、なぁ。ここ200年ばかり外敵から大規模な戦争を仕掛けられたことがないってのが那由他の悩みでな……」
「攻撃力が不足気味と」
「おそらくな。あと、那由他には王家直轄領以外に余ってる土地もないし、結構手詰まりなんだよ。こと、外敵との戦争に関しては」
「それって外敵を倒しても褒美として与える土地がないって言うこと?」
「そうなります。そうなれば貴族は私兵を最小限しかよこさないでしょう。それが熟練の兵士であればいいんですが……」
「新兵が送られてくるだろうな」
「おそらくは、な。それでも国は守らなくちゃいけねぇんだよ」
「ちょっと待ってよ、ギルドマスター。国を異端認定するって脅しをかけてきたところから、軍備の話に飛んだけどその間はどうなったのよ?」
「ああ、すまねぇ。国王陛下は教会側の要求をすべて拒否、教会はこの国から出て行ったよ」
「教会が出て行ったって……地域医療は大丈夫なのか?」
「難しい言葉を知ってんな。国を出てったのは大都市にいるお偉いさんやその取り巻きたちのみで、現場の連中は異端認定されてもこの国に残ることに決めたそうだ。いわく、地方都市や農村の治療を行うことが真の神々に対する貢献である、って言ってな」
「……それって、かなり勇気のいることじゃ」
「だろうなぁ。いままで信じていた神がいきなり敵になるわけだし。そんな簡単なもんじゃなかろうよ」
「ですが、残った神官……いえ、彼らは現在『求道者』を名乗ってましたね。その求道者たちですが、高ランクの回復魔法を使えるようになったものが多いという情報が入ってきております。さすがにレベル5まで使えるものはごく少数のようですが、レベル4までですとかなりの人数だとか」
「フートよ。お前さんならこの現状、説明できんじゃねぇか?」
説明……説明ねぇ。
さて、どうしたものか。
「うーん……まず、回復魔法が全属性の精霊が力を合わせて行使しているのは知ってるよな」
「ああ、俺もレポートで読ませてもらった」
「黒旗隊では常識ですね」
「じゃあ、精霊たちが好むものは何かっていう話になるんだけど……より純粋な魔力を発している存在が好みらしいんだよ」
「純粋な魔力かにゃ? それはどういうものにゃ?」
「例えば俺のようなハイエルフが発する魔力は生まれつき純粋性が高い……らしい。これは、都の研究レポートにあった言葉の受け売りだけどな」
「ふむ……純粋な魔力ですか。そういえば、黒旗隊で精霊魔法を覚えたものたちも日頃から精霊に感謝の祈りを捧げているものが多かったですね」
「うん? つまりは精霊に感謝することで魔力が純粋なものになるのか? そいつぁおかしいだろ?」
「うん、それは違うね。俺が思うに、魔力の純粋化は『善なるものへの感謝と祈り』によって起こるんじゃないかと思ってる」
「善なるもの、ですか。あいまいですね」
「精霊が思う善なるものだからね。例えば、家族であったり恋人の無事を願う、日々の安寧を感謝する、小さな幸運に感謝する、そんなものでいいんじゃないかな。精霊ってかなりあいまいだし」
「……そう言われてみると、そんな気もしますね」
「上位魔法を覚えようとなるとそうはいかない……上級の精霊が絡むから精霊側の認識もはっきりしてくる。だから簡単じゃないんだけどね」
「つまり、入り口だけは幅広いってこったな? フートよ」
「そうなるね。で、求道者だっけ? 彼らの回復魔法レベルが上がったのは教会という居場所を捨てて、人のために残って治癒を続けている。そんな姿に精霊たちが力を貸してあげたくなった、そんなところじゃないかな」
「……精霊って適当な存在だな」
「それくらいじゃ精霊は動かないはずなんだけど……誰かが動かしたのかも」
「誰かって、誰だよ」
「それがわかれば苦労しないさ」
「だわな。さて、話を軍備の方に戻すとするか」
「ええ、そうでしたね。求道者の方々には国からも助成が出るように手配しておりますし問題ないでしょう」
「それはいいことですにゃ。……それで、急な軍拡を進めている理由はなんにゃ?」
「……教会勢力が攻め込んでこようとしているらしいんだよ、那由他にな」
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