35.模擬戦(アヤネ・ミキ)

「へっ、守ってばかりかよ、姉ちゃん!」


「そう言っていられるのも今のうちよ!」


 アヤネとエーフラムの模擬戦は一見地味なものだった。

 大剣で攻撃するエーフラムを、アヤネが盾で受け止めるというものだからだ。

 だが、しかし、アヤネも毎回やられっぱなしというわけではない。


「ッ!! いま!!」


「!! こんの!!」


 攻撃の隙を突き、大きく相手の攻撃を受け流す技で体勢を崩してから棍棒(特殊警棒)での一撃を食らわせる。

 相手が金属防具を着用しているということもあり、なかなかダメージは通らないみたいだが、確実に攻撃を積み重ねている。


「さーて、実力は大体見せてもらったし、そろそろ本気でいってもいいかね、リオン?」

「まあ、そろそろ限界が近いであるな。かまわんのであるよエーフラム」

「よし、リオンの許可も出たし強いの行くぜ!! 受け止めて見せろよ!!」


 エーフラムが構えを取ると、一気にアヤネに向かってショルダータックルをかました。

 ショルダータックル自体かなりの重さがあったらしく、アヤネの体が泳いでしまう。

 そして、そこから大剣による切り上げでアヤネの身体は巻き上げられ、返す刀で地面に叩きつけられた。

 これはかなりのダメージかな?


 しかし、土煙が晴れたときにはアヤネは立ち上がっており、右手に警棒、左手に盾の姿を取っていた。

 もっとも、息はものすごく荒かったし、頭部から出血もしてた。

 他にもガタが来ているところはいろいろと多いだろうに……。

 うん、がんばってくれてるな。


「これに耐えて戦闘態勢をとれるか、十分だな。リオン! 模擬戦終了だ!」

「エーフラムから模擬戦終了の合図である! これにてエーフラム対アヤネ殿の試合は終わりなのであるよ!」


 戦闘終了が告げられると同時に、気が緩んだのか尻餅をつくアヤネ。

 その表情は険しいし、かなりのダメージを受けているのかな。


「大丈夫ですか、アヤネさん」


「あー最後の技以外はねー。盾で受け止めてたから腕がちょっとじんじんするくらい。でも、最後のはきっついわー」


「とりあえず肩を貸すから訓練場の端まで移動しよう。治療はそれからだ」


「はいよー。うーん、もう少しいけると思ってたんだけどなぁ」


 とりあえず『救護室』と書かれた天幕にあったベッドの上にアヤネを乗せる。

 怪我だが、頭部に切り傷、全身に打撲痕と言ったところか。

 レベル7魔法が封印されてなければフェアリーヒール一発で全快なんだけども。


「とりあえず頭から治療していくぞ。『ハイヒール』」


「おお、じんわりと効いてきた。次は?」


「身体全体の治療だな。『グレーターヒール』」


「おおおお、なんだか全身がむずむずする!」


「それだけ全身に傷を負っていたってことだ、自覚しておけ」


「はーい。あ、でも、まだ痛いところがある」


「『グレーターヒール』でも治らなかったのか?」


「思いっきりぶつけたからね……」


「どこなんだよ。多分、患部に直接『ハイヒール』で治ると思うけど」


「あー、えーと、うん……お尻なんだよね。叩きつけられたとき、お尻から着地したから」


「なるほどなぁ。それって下手したら骨も折れてるんじゃないか?」


「かも……」


「『グレーターヒール』をかけておいてやるよ。ほら、患部を出せ」


「えっ! それってここでお尻を出せってこと!?」


「……そのままひっくり返ってくれれば十分だ」


「あはは、そうよね~(ミキの目が怖かった~)」


「それじゃあ行くぞ『グレーターヒール』」


「……うん、違和感はなくなったかな。少し動いてみてからまた報告するわ」


「そうしてくれ。さて、次の試合はミキの番だが、緊張してないか?」


「緊張はしていますが、自分のできることをしっかりやってくるだけです!」


「そうか。あまり無茶するんじゃないぞ」


「はい! 二人も応援よろしくお願いします!!」


 ミキが訓練場中央に歩いて行くと、相手側もひとりの戦士が出てきた。

 あれってリザードマンか?

 寒さに弱い種族だから寒い地方にはいないって聞いてるけど……。


「今日はよろしくお願いします。……えーっと」


「ニコレットだ。名乗ったことはないから気にするな。お互い全力を尽くそう」


「はい!」


「さーて、第二戦の準備も整ったのである! それでは模擬戦第二試合……スタート!!」


 スタートと同時に、お互いがバックステップで距離を取る。

 ミキの武器は言わずと知れたナックル。

 昨日、熊の爪を融合させ伸縮自在の爪が付き使い勝手がよくなった。


 他方、ニコレットの武器は……短剣か?

 それを両手に構えて独特のリズムで踊るように隙をうかがっている。


 そのままにらみ合いは三分程度続いたがどちらも隙を見せる様子はなかった。


「うーむ。初心者なのにその集中力か。さすがリオンの推薦。これのまま隙の探り合いでは観客がつまらないぞ」


 そしてニコレットは動きを止め、まっすぐにミキを見据える。


「さて我の全力攻撃。受けられるかな?」


 ニコレットが勢いをため込んだかと思うと、一瞬で姿を消した。

 そしてガキィィィンとミキのナックルがなにかをガードした音が響いたかと思えば、ニコレットはそこにいた。

 四肢による攻撃に加え尾による攻撃も加えた変則的な攻撃を、ミキは次々にかわし、いなしていく。

 ニコレットの方も、直撃が出ないことに焦りが出てきたのか動きの大きい一撃が混じってきた。


 そしてその隙を見逃すミキではなかった。

 神器の防御力を信じたまさに苦肉の策ではあったが、ニコレットの片腕を捕まえることに成功したのだ。

 ここから先は、ミキのラッシュがニコレットを襲う。

 左腕をニコレットの右腕を固定するために使っているとはいえ、【格闘術レベル7】の攻撃力は伊達ではない。


 ただニコレットの方も諦めてはおらず、距離的に使いにくくなった短剣は捨てて肉弾戦で応戦する。

 結局この試合はリオンから制止がかかるまで殴り合うという展開になってしまい、引き分けとなった。


「お疲れ様、ミキ。ああいう試合はらしくないんじゃないか?」


「あ、フートさん。……なんだか恥ずかしいです」


「そうはいってもねえ。相手は高速型の短剣使いじゃ相手の動きを封じてからの接近戦が一番効率がいいもの。仕方がないんじゃない?」


「だな。とりあえず傷は浅そうだけど、打撲痕とかかなり多いし一応治さないとな」


「はい……わかりました」


「さて、肩を貸すには身長差もあるし……抱っこしていこうか」


「ふぇ!?」


 いわゆるお姫様抱っこの姿勢で救護室まで連れて行く。

 打撲や打ち身、擦り傷がほとんどだし、グレーターヒール一回ですむだろう。


「行くぞ『グレーターヒール』」


「ふわぁ。あ、体が楽になりました!」


「まだ調子が悪いところあったら教えてくれ。それじゃ、おれも自分の準備をしているから」


「はい! がんばってくださいね!!」


「負けんじゃないわよー、うちのエース」


「ははは……がんばってくるよ」


 そう意気込んで救護室を出たのだが、すぐに隣の部屋で捕まってしまう。

 そこにいたのはギルド所属の治癒士と次の挑戦相手、ライラさんだったかな?


「ねえ、あなた。さっきから漏れ聞こえてた話を聞いていたんだけど、『グレーターヒール』を使えるのよね」


「ええ、使えますよ。それが……って、ニコレットさんの症状もひどいですね……」


「本人いわく、打撃に特殊な浸透系の魔力が込められていたんだろうって言ってたんだけど……これじゃしばらく冒険者活動ができないのよ」


 ……あー、それは困るな。

 多分ミキが【気功術レベル7】を使っていたのは無意識なんだろうけど、これじゃあいつばれるかわかったものじゃない。

 これは怪我を治して証拠隠滅だな……。


「わかりました! 仲間のやり過ぎが問題ですし、俺が治療しましょう!!」

「え、いいの? でも、治療費の相談とかは……」

「そういうめんどくさいことはあとで! さあ、一気に回復させちゃいますよー」


 ここでも選んだ回復魔法は『グレーターヒール』一択。

 『ハイヒール』で細々治すなんて面倒だもの。


 試しに傷の浅い左腕に『グレーターヒール』をかけてみると、一発であざが消え去った。

 うん、これならいけそうだ。

 

 都合、全身で合計10回の『グレーターヒール』をかけ終わり、ニコレットさんの寝息も安らかなものになった。

 さてこれで今度こそ試合かな。


「ちょっと、この治療費どうするのよ!? 街の治療院で『グレーターヒール』なんてかけてもらえないし、それを10回とか教会にお願いするとしたらどれだけのお布施を要求されるかたまったもんじゃないわよ!?」


 あー、お金の問題かー。

 ただでー、というのが一番楽なんだろうけど、必ずなにかしこりを残すな……。

 こういうときは俺の事情も知っているギルドマスターに丸投げだ!


「治療費に関しては、ギルドマスターかサブギルドマスターに聞いてみてください。悪いようにしないと思いますから。それじゃあ、このあとの試合がんばりましょう!」


 果たしてこれだけのことがあったあとにがんばれるんだろうか。


 ある意味予想どおり、最終戦の開催が30分遅れになることがアナウンスされたのは当然の結果だろう。

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