第32話 あなたの傍にいつまでも File 14

「ねぇあなたは誰? どうしてここにいるの? ねぇねぇ」

レイアが湯崎君に問いかけているのに、湯崎君は何の反応も示さない。


「あの人耳が聞こえないの? ねぇ美愛そうなの?」

「え――――っと聞えていると思うんだけど」

「ふぅ―ん、日本人よね。美愛と同じ日本人よね。もしかしてさぁ……美愛の彼氏?」


彼氏? レイアなんか勘違いしてる。それにたぶん湯崎君も……。


でも、どうして湯崎君黙っているんだろう。

で、何で湯崎君がここにいるのかって言う事だ。

私が湯崎君の後ついてきたって思っているみたいなんだけど、私はこうしてちゃんと自分の目的地に来ただけなんだけどなぁ。


ん――――。湯崎君、英語……。いやいや、少しは話せるって言っていたよね。

「ま、お前よりは話せるから安心していろや」ってさ。

でもさぁ……まさかねぇ。

ちょっと悪戯しちゃおっかなぁ。


「ねぇ、レイア。あの人、空港からずっと私の事追ってきてるの。ちょっとキモイんだけど!」

「ハァン! オーケー。そう言う事なら任せなさい」

レイアは私から離れて

「ちょっとそこのあなた、私の親友に何かあるの?」


レイアの顔が湯崎君の方を真正面に向いている。さすがに湯崎君も、自分に言われているのを感じ取ったのか、反応し始めたんだけど……ぷっ!

彼、慌てて

「ハロ―、ハロ―。ええッと……ユザキ、マイネーム、ユザキ」


たらりと額に汗なんか滲ませて、顔真っ赤にしちゃってる。それでじ―――っと、私を見ないでよ。

ああ、やっぱり湯崎君英語駄目なんだ。


……でもちょっと酷すぎるよ! 今どきの小学生でもこれくらい返せるって言うのに、何あれ! うわぁ、よくこんな状態でアメリカまで来たよねぇ。あ、もしかして観光だった?

にしても観光でもさ、一人で単独行動はさすがに危険だよ。湯崎君!


「もうそこらへんにしてあげてよ。レイア」

「ええ、でもさぁ、此奴物凄く変じゃない? たぶんこんなの美愛の彼氏じゃないって言うのは分ったよ。美愛はこう言う変なの相手にする様な人じゃないんだもん」


「ぷはははは! 散々だね湯崎君」

「あ、あのう……。野木崎さん。君って英語ペラペラだったんだ」

「そう言う湯崎君は英語駄目みたいだね」

おいおい、さっきまでの威勢はどこに行ったんだよ。急に謙虚になちゃってさぁ。


「ところで湯崎君。何であなたはここにいるの?」

「な、何でって、お、俺が契約したマンションここなんだよ」

「ほへっ? 湯崎君が住むって言う事なの?」

「ああ、当たり前じゃねぇか。そんでもうじき来るはずなんだけど、ここの大家が……」

 はい、マンションのオーナーのアンディさん。そしてその娘のレイア」とひょいひょいと二人を前に押し出すと

「マジ!」と腰を抜かしていた。


「ねぇ、いったい何話してんのよぉ」レイアが日本語で話している私たちにヤキモキし始めた。

「ええとね紹介します。こちらは湯崎徹君。私の中学の時のクラスメイトなんだけど、偶然飛行機も一緒で、なぜかは知らないけど、彼もここに住むって言う事になっているんですけど、アンディさん。知っていますか?」

「んっ? そんなのは私訊いていないよ。今日と言うか、このマンションに入居するのは美愛だけなんだけど」


「へっ? それってどういうことですか?」湯崎君は慌てて、サイドバックから、一通の封書をアンディさんに差し出した。

その中をアンディさんが読むと「ああ、こりゃ、管理会社のミスだね。ちょっと待ってな、今問い合わせてみるから」と言い携帯で電話を掛けた。


そのやり取りを聞いていて、何となく分かったけど、やっぱり管理会社のミスで、本来私が入居するところに湯崎君との契約が成立していたみたい。

「こりゃまいったね。どうしようか」

「……どうしよっかって。俺、住むとこないんですか?」


今にでも泣きそうな顔をする湯崎君。ん――――こりゃ困ったねぇ。

そんな私たちを見てアンディさんが「とにかく部屋に行きましょう」

と案内をしてくれた。


鉄筋、5階建。広いエントランスはまるでホテルのようだ。

エレベーターで最上階まで上がり、グレーのカーペットが敷き詰められている廊下を数歩歩いたドアの前でアンディさんの足が止まった。

カードキーを差し込み、暗証番号を打ち込んでサイドキーをを入れて回すとカチッと音がしてロックが解除された。

さすが、セキュリティは万全! これなら安心できる。


「さぁどうぞ」とアンディさんが私たちを部屋に誘う。

日本の様にうち履きに履き替えることはないけど、その中に入ると何となく懐かしい感じがした。

どことなくあの広さと間取り、まったく同じではないけど、雰囲気が雄太さんと暮らしたあの部屋に似ている。


とても広い。オープンキッチンに、大きく開いたベランダの窓。その窓から、陽の光が柔らかく注ぎ込んでいた。

「どうかな美愛。気に入ってくれたかい?」

「うん、凄いよ。本当にいいの、こんなにいいお部屋用意してくれて」

「何を言ってんだよ。これくらいはあんたのためには些細なことさ」

「ありがとう。アンディさん」


ここから私の新しい生活が今始まろうとしている。

今までとは違う土地で、環境で、私自身が歩んでいく場所が出来たんだ。


頑張ろう。

雄太さんとも約束したんだ。頑張るって。

もう、前に進むしかないんだよね。……雄太さん。


「あのうところで……俺ってこれからどうなるの?」

そんな私の隣で呆然とする湯崎君。

その時アンディさんの携帯が鳴った。

電話に出て、話をするアンディさん。すぐに通話を切って湯崎君に話しかけた。


「ごめんよう湯崎。近くに変わりの物件探してもらってたんだけど、何処もいっぱいでさ。なかったよ」て、英語で話かけられてもまったく通じていないようだ。


ツンツンと私の腕を突いて

「一体何言ってんだこの人?」

はぁ―、本当に何も分かんないんだ。それでよく一人暮らししようって思ったね。通訳してやると、湯崎君の顔が青ざめてくるのが良く分かる。


「ああ、どうすんだよ俺!」

「さぁ―。どうなるんでしょう」


途方に暮れる湯崎君にアンディさんが一言言う。その一言に私もドキッとしてしまった。


「ルームシェア!!」


「ほへっ!」

「んっ!」


「マジかよぉ! お嬢様とルームシェア?」


「しかないよねぇ」

微笑むアンディさんの顔が湯崎君に近寄っていく。


嘘! 私と湯崎君一緒に住むの?

「嫌かい美愛は?」アンディさんが聞いてきた。

「べ、別に……私は」

「なら、決まりだね。男女のルームシェアはこっちじゃ当たり前の様なもんだかだからね」


ああ、これが運命って言うものなのか?

ひょんなことから私と湯崎君のルームシェア生活が始まることになった。


でも今度は私が家主なんだからね。

湯崎君。いいでしょ!!

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