第22話 あなたの傍にいつまでも File 4

夢のシナリオが変わった。

シナリオ。私が抱いていたこの夢のシナリオ。

私は、野木崎美愛はこの夢の中にしか存在し得ないんだよ。

もうすでにこの世にはいない存在なんだよ。


でも、私は今実際に存在してこの世界で、生きている。

今まで、叔父さんたちには、私の姿は見えていなかったはずなのに。

あの事故のあった日から、私はその存在があるんだ。

叔父さんたちと一緒に暮らした日々というものが存在しているんだ。

今まで無かったことがあることになっている。


どうして?


私とあなたは……このまま消えゆく存在だったのに。

……未来が変わった。

そうとしか私には思えなかった。


ぼんやりと病室の天井を眺めていると『にゃぁ』と、何処からともなく猫の鳴き声が聞こえて来た。

病院の中で?

迷いネコ? まさかこんな大病院の中に猫がいる訳ないじゃない。

それでもまた『にゃぁ』と鳴き声が聞こえて来た。


その声を訊き目に映る天井が次第にかすんでいく。

深く落ちる。何処までも底がない不思議な場所に落ちていく感じがした。

ふんわりとゆっくりとした空気が躰を包み込む。

とても心地いい。

幸せに満ちたあたたかな気持ちになれる。


雄太さんと出会って、私は彼と一緒に暮らし始めた。

どこの誰かもわからない私を雄太さんは、何も疑う事もなく優しく包み込んでくれた。

どうしてあなたはそんなにも優しいの?

どうしてあなたはそんなにも温かいの?

雄太さんは、私が作り上げた幻影なの?

私が望むがままの男性ひと


ううん違うよ。あの人はね、本当に優しくて温かい人なんだ。


気が付けば、私は真っ白な何もない空を見つめていた。

曇った空なんかじゃない。空が青色じゃなくて真っ白なんだ。

多分時間という物の感覚がないんだろう。どれくらい私がここに留まっていたかは分からない。


だけど不思議とその白い空を眺めていると、気持ちが安らいでいく。

『にゃぁ』とまた私に呼びかける声がどこからか聞こえて来た。

「ねぇ、あなたはどこにいるの?」

そう呼び掛けると、私の足元に一匹の猫が現れた。


「そうかあなただったのね『リベ』」

リベは私の足元で自分の頭をすりすりと撫でつけた。

ゆっくりとかがんでリベを抱き上げるとまた『にゃぁ』と鳴いた。

「こうしてあなたと会うのは久しぶりね。今までどうしていたの?」


「いつも一緒にいたじゃない……美愛ちゃん」

リベはそう私に語り掛けてくれた。

「そうだったんだ。ずっと一緒にいてくれたんだリベ」

「うん、ずっと一緒だったんだよ」

「……うんそうだったね」


「美愛ちゃんは雄太さんと出会えて幸せだった?」

「何よいきなり……。そ、そりゃねぇ――――んっもう、リベの意地悪!」

「うふふ、そっかぁ―。良かったね。美愛ちゃんの想いが叶ったみたいで」


「私の想い? ……そうだね。全部あなたがしてくれたんでしょ」

「うん、そうだよ。でもね私は自分の想いを叶えるために美愛ちゃんを利用したんだ。ごめんね」

「ううん、いいの。あなたのおかげで、私はこの温かな想いを感じることが出来たんだもん。『ごめんね』なんて言わないで。私の方こそ、あなたに礼を言わないといけないのよ『ありがとう……リベ』」


ゴロゴロと喉鳴らし、リベは私に自分の頭を撫でつけ『にゃぁ』と一言鳴いた。

ぎゅっと抱きしめようとした時、リベは私の腕から飛び降り、数歩前に進んで振り返りまた『にゃぁ』と鳴く。


まるで後をついて来てというような感じで。


「リベ、どこに私を連れて行くの? ……そっかぁ、もう時間なんだ。私の時間はもう終わりなんだね。もうお別れなんだ…………雄太さんとも」


ちょっと悲しいな。…………悲しいな。

悲しいよ。辛いよ。もうお別れなんて……もうあなたの傍にいられなくなるのが…………とても辛い。


でも、仕方がないんだよね。これは私が望んだ想いなんだから。どんなにも悲しくたって、どんなにも辛くたって。これが私が望んだ結末なんだから。

さようなら……雄太さん。

そしてありがとう。素敵な想いを私にくれて。ありがとう。


ゆっくりと、足が進み始める。


元の世界に、本来あるべき私の場所に、自分が向かっているんだ。

白い空を見上げながら、私は歩いた。前に。


「ちょっと待ってよ!」


私を呼び止める声がした。振り向くと同じくらいの年の子が立っていた。

「誰?」

「美愛さんでしょ」その子は私に問いかける。


「そうだよ。あなた誰?」

「忘れちゃったの?」

「忘れたってどこかで会っていたかしら?」

「あ、そっかぁ。なるほどね。未来が変わりつつあるから、もしかしたらあなたには私の事分からなくなったのかもしれないね。私は久我真奈美くがまなみ。よろしくね野木崎美愛さん」


「久我って……、もしかして雄太さんの……」

「うんうん」


「妹さん?」


「あれ! そう来たか。なははは、仕方がないか」

「仕方がないって? 何?」


「ええッとね。私のパパとママの名前、雄太と香って言うんだけど。知ってるでしょ二人の事」

この子のパパとママ? 雄太と香? っていう事は二人の子……なの?


「本当に? 雄太さんと香さんの子供なの?」

「うん、そうだよ。私の名前、愛美まなみって言うの美愛みあさんの名前を逆にしただけなんだよね。よっぽどパパとママはあなたに影響されていたんでしょ。それを思うとなんだかちょっとヤキモチ妬いちゃいたいくらいだよ」


「えええっと、な、何で。どうなってるの?」

「別に、難しく考えなくたっていいんだよ。ここはそう言う所みたいだから。あなたにしてみれば私は未来の存在の人間。私から見ればあなたは過去の存在の人間。ここは時間の狭間の様なものだから難しく考えないの」


「あ、はい……って、あのぉ、どこかしら香さんの性格に似ているって言ったら嫌?」

「あ、やっぱりそう。私ってよくママ似だっておじいちゃんに言われるんだぁ。信じてくれる?」

よく見ると香さんそっくりだ。ああ、雄太さんの面影はかき消されちゃったんだね。香さん強し!


でも何だろう。初めて会うのにそんな気がしない。むしろ今までずっとそばにいてくれた人の温かさを感じる。

この温かさって雄太さんの温かさに似ている。愛おしそうに私を見つめるあの子の瞳は雄太さんと同じ瞳をしている。


やっぱりこの子は、二人の間に生まれた子なんだ。


「何となく信じてくれそうな雰囲気を感じるんだけど大丈夫かなぁ」

「う――――ん。信じてあげよう。確か愛美さんって言うんでしたよね。ホントだ私の名前逆にすると「まなみ」って読めるもんね」


「だからさ、そこはあんまり突っ込んでほしくないとこなんだけど!」

「あっ! ごめんね」

「いいんだけどぉ!」

私たちは見つめ会って「ぷっ」と吹き出して笑った。



二人でお互いに大きな声で笑っていた。

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