第20話 あなたの傍にいつまでも File 2
「叔父さん……」
ごめんなさい。
本当に私の事を心配しているようだった。でももう、一緒には居られないんだよ。
次第に蘇る記憶の中で私はもうこの世にはいない存在だという事を自覚始めている。
あの日、お父さんとお母さんが眠るお墓に向かい、知る真実。
亡くなっていたのは私の両親だけじゃなかった。
私自身も、もうこの世には存在していなかったんだ。
ふと目にした墓石にあった自分の名前。それを見た時に驚きも悲しみも無かった。不思議と自然に受け入れている自分がいた。
もうこの世には存在しない私、でも今ここに私は存在している。
この矛盾を問う必要がなかったからだ。
なぜなら、今、私が存在しているこの世界は私が作ったもの。
そう、簡単に言えばこれは夢の世界ともいえる。
私の想い。野木崎美愛の想い。久我愛美の想い。この3つの想いが重なり合って出来た世界なのだから。
現実にはこの世界は存在しないのかもしれない。でも実際にあるのだ。
誰かの夢の中の出来事でもない。
並行するパラレルワールドでもない。
未来へと繋がる夢の世界。どうしてこんな世界があるのかは私自身も、多分誰も知りうることは出来ない事だと思う。
そして、その夢がもう時期覚めようとしていることに、私は恐れを抱いている。
そのまま、急いで引き返した。
もう時間が本当に無いんだ。私の存在がこの世界から消えていく。
目覚める時、それは私がこの世界から消えることを意味している。
二人の想いを私は成し遂げることが出来ているんだろうか。
そんな不安が頭の中に湧き出る。
自分が消え去ることよりも……。その恐怖よりも二人の事が気がかりだ。
家に戻りバタンとドアを閉めた。
「美愛、本当にいいんだね」
何処からともなくこの言葉が頭の中をよぎる。
「あなたの想いは彼に届くことは無いんだよ。いいやむしろ届けちゃいけないんだよ。そうすればあなただけじゃない、彼自身も影響を受けてしまう事になるんだ。それでもいいんだね」
あの時の言葉が蘇る。
私が生まれ変わり、自分のこの想いを届けたいと願った時に言われた言葉だ。
それでもいい。私はそれでもいいとあの時思った。
ただ彼の傍にいることが出来るのなら。……それでいいと。
交わる想いの交差。
私のこの想いは野木崎美愛の想いと共有した。
愛されたい。どんなに辛くとも、自分が望む『愛』を求める想い。
野木崎美愛のその想いが私のこの心と共鳴した。いつも見ていた。彼女のその悲し気な目を。
令嬢でありながら”自由”という物を奪われた人生。
彼女の心はいつも自分という牢獄の中にいた。
そんな彼女を私はずっと見守り、共に時を過ごしてきたんだ。私が彼女の所に来てから。
でも、美愛ちゃんが事故でこの世を去った時、その魂は私へ乗り移っていたのだ。
「あのね『リベ』(美愛ちゃんは私の事をリベと呼んでいた。名前の由来はフランス語で<自由(liberté リベルテ)>という意味らしい。自分の想いをこの私に託しているかのよな呼び名だ)私、死んじゃったみたいなの……なんだか変な感じしかないんだけど、最後にあなたとこうして通じ合えたのが唯一の救いかなぁ。やりたい事私の単なる想いは沢山あったけど、もうこれじゃ想う事も出来なくなちゃったね。ごめんねリベ。さようならも言えなくて」
その時私は思い出した。
私の想いを。
私はただ生まれて来たんじゃない。
自分が望む想いを遂げたい。だから生まれて来たんだと。
「こちら、城北第二レスキュー宮下です。トラックと乗用車の衝突事故による重傷者一名の受け入れ要請お願いします」
「はい了解しました。詳細を送ってください」
16歳女性、JCS300。バイタル120―70、心拍65。左側頭部外傷出血あり。
先生VFです。けたたましい警告音が処置室に響いた。
除細動! 急げ!
「離れて!」パドルが私の胸にあてられると、ドンと鈍い音と共に躰が跳ねた。
警告音はまだ鳴りやまない。
「輸液全開。アドレナリン投与。もう一度行く、離れて!」
再び、ドンという音が響く。
心電図モニターの波形が飛び跳ねた。
「先生CPA(心停止)です」
「もう一度だ!」
「チャージ完了」
「離れて!」
再び躰から鈍い音がして、全身がドクンと動く。
「フラット……」
「戻ってこい! まだ若いんだろ。やりたいこといっぱいあるんだろ!」
問いかける声はまだ聞こえていた。
10分、いや15分位だろうか汗だくになりながら、その医師は私に心臓マッサージを施してくれた。
でも、美愛ちゃんは……戻ることが出来なかった。
2年前のあの日。
あの広い部屋から、空を眺めていた。
その時そっと私に風の様に語り掛ける美愛ちゃんの声を訊き、自分の想いを成すために私はこの夢を作り上げた。
美愛ちゃんがいる。生きているこの世界を。
未来の久我真奈美さんに繋ぐこの夢を。
「美愛……美愛」
遠くで私を呼ぶ声が聞こえてくる。
とても気持ちが安らぐ声だ。
あの時の様に……。
その声を聞きながら瞼をゆっくりと開くと、雄太さんと香さんの姿が目に映った。
「気が付いたか美愛」
「良かった……美愛ちゃん」
「私どうしちゃの?」
「なんだ覚えていないのか? 俺たちが帰ったら、居間でお前が倒れていたんだ」
「倒れていたの? 私?」
「ああ、熱中症だったみたいだ。正直あのまま放置していたら危なかったみたいだ」
「えっ!」ようやく周りの状況が目に入って来た。
ここは雄太さんの部屋じゃない。
ピンク色のカーテンにベッド……もしかして病院?
「私今病院にいるの?」
「ああ、救急車で搬送してもらったんだ」
病院で診てもらった……。でも私は……。
「雄太さん本当なの? 私診察受けたの? それでただの熱中症だって言われただけなの?」
「ああ、、そうとしか訊いていないけど。何かあるのか美愛」
おかしい。何か変だ。
これは夢の世界の話だ。それに私の躰は……。
それなのに。
それと一つ気がかりなのが、叔父さんと出会った事だ。
もし、たとえ叔父さんと出会ったにせよ、私の姿は叔父さんには……。
「でも本当に良かった。それにしてもどうしてクーラーつけていなかったんだよ。お前クーラーねぇと生きていけねぇって騒いでいたくせに」
「ええッと……。な、何でだろうね」
その時、スッと病室のスライドドアが開いた。
「美愛」聞き覚えのある声がした。
そして私の目に飛び込んできたのは……。
叔父さんと叔母さんの姿だった。
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