第19話 あなたの傍にいつまでも File 1

夏の日差しは容赦がない。

日増しに暑さが増しているような気がする。幸いなことにこの部屋にいればクーラーの心地よい風が私を救ってくれる。


外は暑そうだなぁ……。こんな日は外には出たくない。

出たら絶対に溶けちゃうよ!

私なんてアイスで出来ているみたいなもんだからさ(笑い!)


でもさぁ、今日はお買い物に行かないと冷蔵庫の中何にもないんだよねぇ。

よし、行くか!

でもその前にちょっと躰を冷やしてから。


「アイス、アイス」

まだあったよねぇ……。確か。意気揚々と冷蔵庫の扉を開けてみた。

「あいすっ!」て、掛け声まで口にして。

冷蔵庫の冷凍ボックスを開けると、ヒンヤリとした冷気が中に溜まっているのが分かる。


「さぁてとお目当てのアイスちゃんはと……」

えっ! 無い様な気がするんだけど? 気のせいかなぁ。

確かまだ一本、残っていたんだけど……あれぇ、変だなぁ??

あ、もしかして――――やられたぁ! 


う――――ん、犯人はこの3人の中にいるはずだ。

まず一番目に怪しいのが雄太さんだ!

昨日の夜。「う――――あちぃ!」ってお風呂上がりに、ビール飲んでその後に何か食べていたような気がするんだよねぇ。その時食べていたのがアイスだったのか?


後さぁ香さん、料理はしないんだけど結構冷蔵庫の中、見てるよねぇ。それにさぁ香さんもアイス好きなんだよねぇ。

素知らぬ顔して「あはは、アイスめっけ! なんて言って食べちゃってたりして。うん、ありうるな!」


あと残るは昨日部屋で私が寝ている間に、麻衣がこっそりと食べちゃったとか?

でもさぁ麻衣だったら怒れないよねぇ。

だってさぁ、お祭りに一緒に行った時いっぱい麻衣から奢ってもらちゃったからなぁ。

あの残りのアイスは私のだ! なんて言えないよ。


「う――――ん。でもさ、いったい誰が食べたんだろうね」

あるもんだと思っていたものがない時のこの失望感。「はぁ―」とため息が漏れて来た。

無いもんはないんだよ。諦めるしかないよね。


仕方ないから、飲みきりの紙パックジュースを冷蔵庫から取り出し、ストローを『ブスッ!』と突き刺して一気に、ちゅ――っと飲み干した。

飲み切った空のパックを「えい!」とゴミ箱めがけて投げ込む。


コツンとゴミ箱の淵に当たったものの、紙パックは床へ転がり落ちた。

「あちゃぁ―。外れちゃったよ」などと独り言をブツブツ言いながら、紙パックをゴミ箱に捨てた時、ちらっと見覚えのある色のパッケージフイルムが目に入った。

「ん?」再び、ゴミ箱の中を覗くと、なんとその中にあったのはお目当てだったアイスの外装フィルムだった。


確かゴミって、朝に全部捨てたはずなんだけど? て言う事はこのアイスの空はそれからこのゴミ箱に入れられたという事になるねぇ。

さて、どうして、空であったはずのゴミ箱に、私が望んでいたアイスの空が実在しているのか?


な、謎だ!


今ここにまだゴミ箱の中にあるという事は、アイスを食べた容疑者のリストから雄太、香、麻衣の3人が消えるという事になる。

麻衣はともかく、私は今日の朝。雄太と香がこの家を出て行ってからゴミをまとめ、ゴミステーションにまで持って行ったからだ。

当然ゴミはその時点で無いことになる。


それなのにアイスの空がゴミ箱の中にあるという事は残る最大の容疑者は……?


私だ!


ああ、思い出しちゃったよ。ゴミ捨てに行った後、外に出たから暑くて、帰ってすぐに残りのアイス食べちゃったんだ。

思い出したと同時に自己嫌悪にも陥ってしまった。


疑ってごめんなさい。

雄太さん、香さん。麻衣。

悪いのは全てこの私でした。

ううううううううっとうなだれながら、マイバックを手にして、買い物に出かけた。


「あああああ、暑いよぉ」

降り注ぐ陽の光と、地面から立ち込める熱。まるで熱でサンドされているみたいだ。

通りの向こうがゆらゆらと歪んで見える。

今日は特に暑い。この夏一番の暑さかもしれない。

午後3時、暑さも今が一番のピークだろう。


うなだれながら歩道を歩いていると、一瞬背中のあたりがゾクっとした。

余りの暑さで寒気でも覚えたか? もはや熱中症では? と思ったがそんな感じではない。

視線だ! 背後から何か鋭い視線を感じた。

一瞬振り向いてみる。何も変わったことは無い。


でもなぜか、この感じる視線は途切れることがなかった。

次の瞬間、私の左手首をがっちりとした手が握った。

ビクッと躰を震わせ、思わずその方に目を向けると、まじかに見覚えのある顔が目に飛び込んできた。

叔父さん!

どうして? どうして叔父さんがここに。しかも私の手を握っている。


「美愛。美愛なのか?」

叔父さんは私の手首を握りながら問いかけた。

その顔は信じられないかのような顔つきだ。

嘘だ! 信じられなかったのはこっちの方だ。

叔父さんに私の姿が見えている。ううん、美愛として認識していることに。


叔父さん。ううん、叔母さんもそうだった。私があの家に引き取られてから二人は私を可愛がってくれた。でも何か私は違う接し方だという事をいつも感じていた。

まるで私にある人を重ね合わせるかの様な感じだった。

そして私を見る二人の目は、とても悲しげだった。


叔父さんとおばさんが話しているのを私は聞いてしまったんだ。

私を見ていると、「辛いって」

お仕事の事もあっての事かと思っていたけど、そればかりじゃない様な気がしてきていた。

私があそこに居れば叔父さんたちは辛い想いをしなければいけないのなら、私の存在を消してしまえばいいと思った。だから、私は帰るのを拒み始めたんだ。


ううん、そうじゃないよね。気が付いたんだよ。

私がやらなければいけないことに。そして私を愛してくれた彼女のために出来ることを。

思い出し始めていた。この私がずっと胸に抱いていたことを。


「あの、人違いじゃないですか? 私は美愛という名ではありませんけど」


その一言で叔父さんは握っていた手を放した。

「そうでしたか……いきなり、本当にすみませんでした。車で通りかかった時ふと私の姪にあまりにも似たあなたの事を目にしたもので、つい、こんな事をしてしまいました。本当に申し訳ありません」


スーツ姿の叔父さん。久しぶりにその顔を見たような気がした。

昔のあの叔父さんの顔を……。


「……いえ。もうよろしいですか? 先を急ぐもので」

「本当にすみませんでした。もしよかったらこれも何かのえんかもしれない様な気がしてなりません。私こういう物です」とスーツの内ポケットから名刺入れを取り出し、私にその名刺を手渡した。

そこには……。


野木崎重工株式会社。

代表取締役社長。野木崎直美のぎざきなおみ


「もし、気になる事がございましたら。ご遠慮なくご連絡ください」

そう言い、私の前からその姿を遠ざけて行った。

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