第18話 あのね。なんでもないけど。 File 10

「静かだなぁ」

静寂の空間。白く果てしなく広がる空を私は眺めていた。


曇っているのではない。空が青ではなく白色をしているのだ。

「ここは何処だろう……」今までとは違う所にいることは、本能的に感じていた。


何もないんだ。


何もない。ただ私の目に映るのはその白さだけだ。

私一人だけ、誰もいないこの空間に私はたった一人だけだ。

少し心細い気もするけれど、不思議と怖くはなかった。


何をすべくことなく、ただ時間だけが過ぎていくこの感覚。このままずっとこの中で浸っていてもいい様なそんな感じに囚われてくる自分が芽生えてくる。


「いいんだよね」


多分これでいいのかもしれないなって。

終わちゃったんだ。

あの手紙に書いていた美愛さんと、もう一人の彼女の世界が終わちゃったんだね。


それじゃ、もうパパとママには会えないんだ。

寂しさがこみあげてくる。

一人になるのかぁ。この誰もいないこの中で私は永遠に一人っきり。多分もう戻ることも出来ない。


終わった。……終わってしまった。


考えたくなんかない。そんな事。でも私は埋もれてしまった。多分、私が今ここにいるという事は、過去も元に戻ってしまったんだ。

きっとそうだろう。

パパとママが別れてそれぞれの道に歩み出したんだ。


ゆっくりとこの世界は崩れていく。私の存在が無くなっていくんだ。今はまだその形はあるけど、意識だけはこの空間に閉じ込められた。

そして存在そのものが、消えていく。


パパとママはもう一緒に暮らすことなく、別れ新たな道へ、元に戻ろうとしている。私という存在がない、そして二人が別れ行く時間の流れが進んでいく。

次第に不安と恐怖、そして悲しみが私の中を駆け巡る。

あふれ出す涙。止めどもなく出てくる涙。


もう何もない。何も出来ないんだと諦めるしかないんだと、自分の中に沸き起こる失望感が私を黒い闇へと誘う。

多分、このまま私はここから出ることなく消える。私の存在は死を迎えるんだ。


その時だった「にゃぁ」と何処からともなく聞えて来た猫の鳴き声。

気が付けば足元に一匹の猫がいた。

くるくると私の周りをまわり、私の正面に座りその顔を上げた。

あの猫だ。

ベランダに来ていたあの猫だ。


じっと私を見つめる、その瞳はとても温かく優しに満ちていた。

「どうしてあなたはここにいるの?」

かがんで、そっとその猫の頭をなでると「にゃぁ」とまた鳴いた。

とても安らかな声だった。

抱きあげようとした時スッと猫は立ち上がり、歩き出し少し先で振り返りまた「にゃぁ」と鳴く。


まるで私を誘っているかのように。


ゆっくりと立ち上がり、私はその猫と共に前に歩み出した。

何もないただ白いだけのこの空間。

私とこの子との一歩が始まろうとしていた。


「生きて! 闇に飲み込まれることなく、自分の想いを信じて未来をこの世界をあなたの想う世界に……お願い」


あの手紙に書いていた一文が頭の中に蘇る。

なぜ、あの手紙は私の元に送られてきたんだろう。

こうなることが分かっていたから……。

多分そうなんだね。


それに多分……。あなたは自分の想いを伝えることが出来なかったんだね。だからまたその想いを繋げたいんだ。

ううん、あなたの想いだけじゃないんだよもう。

あなたと美愛さん。そして私の想いがこの先にあるんだよきっと。


三つのこの想いを形のあるもに残そうよ。

必ず出来るよ。

だって、私は生まれて来たんだもの。





ただ単に出会うだけならそれは当たり前の事だ。すれ違うだけなら何もない普通の事だ。

だけど、関りを持つ確率は極めて小さな確立になる。


ドレイクの方程式。


銀河系に存在する私たちとは異なる文明とコンタクトする可能性を計算式として表した方式。

私たちのこの三つの想いが関わる確率も、このドレイクの方程式の様に無限に近い確率になるのかもしれない。


想いが通じ合う事は、その無限の可能性の中で起こりうる単なる偶然かもしれない。でも私たちは、この偶然が引き寄せたものだと信じたい。


私たちのこの想いは引き寄せられ、一つの想いとなる。




少しの勇気と……行動があれば。


きっと未来は…………変えられる。





Chapter 2  あなたの傍にいつまでも File 0


もうじき夏休みも終わっちゃうなぁ。

私がここに居すわるようになって、もう2ヶ月近くになるんだ。

薄れゆく記憶に少しだけ蘇る記憶。

この歯がゆさの中で私の時間は過ぎていく。


ただ最近になって、思い出す事がある。

雄太さんとはどこかで昔出会っているような気がする。

それが何時なのかは分からないけど。

ただそんな気持ちになるだけなんだけど。でもね、とてもこの気持ちは温かいんだ。


どうしてなんだろうね。


どちらかの記憶がよみがえると、どちらかの記憶が削られていく。

でもこの温かい気持ちだけは、どんどん積み重なっていくんだよ。

不思議な感覚だ。


それでも感じるんだ。私に残された時間はもう少ないって。


あの子は言った。

「傍にいてあげて」と……。

でもさ、本当は辛いんだよ。



傍にいるだけで、近くにいるだけで、雄太さんの顔を見つめるだけで、私の胸の中はとても痛くなるんだ。

壊しちゃいけないんだ。二人の仲を。私がどんなに苦しくても。辛くなっても。




悲しくなっても……。


あなたの傍にいれる日々を刻みたい。

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