第16話 あのね。なんでもないけど。 File 8

「こんにちは。多分あなたの名前は『愛美』さんて言うんだと思う。誰から訊いたのかは訊かないでほしい。ていうか、多分誰からも訊いていないんだよね。あなたの名前。でも『愛美』さんて言うのは間違いはないんだと思うんだ」


な、何よいきなり、人の名前……。ん――――もしかしてこの人私の名前つけてくれた人なの? そんなの訊いてないよ。


「いきなりこんなこと書いちゃって戸惑っていると思うけど。ごめんね。私は『野木崎美愛』て言う名前。一応この名前であなたのご両親になる二人と今一緒に暮らしています」

えっ! 一緒に暮らしている? それに「両親になる人たち」って言うのが気になるなぁ。まだパパとママは結婚していない時の事なのかなぁ。

「野木崎美愛」……。『美愛』この手紙の差出人って言う事?


「多分今、あなたは大きな?マークを頭に描いているはずよね」

それは大いに当たっているよ!

うん、まったく何のことだか分かんないし。


「だよねぇ。あははは」

おい! 何なのよまったく!

「ごめんねぇ。悪気はないんだよ。ただちょっと始めから硬い話しちゃうと多分あなた最後まで読んでくれない様な気がしたからふざけちゃった。でもここからは真面目なお話し。ちゃん読んでもらていることを願っています」


ようやく本題に入るって言う事なのね。

「今私とあなたのご両親になる。多分なるであろう人達と共に生活をさせてもらっています。最初に書いたとおりに、私はあなたの事を何処からか聞いた訳でもなんでもないんだけど、その存在を知っています。予知能力とかそういう物ではないことは言っておきます」


じゃぁ何で知っているのよ。それともパパとママが結婚することをが分かって多分その間に子供が生まれるから適当に言っている……。でも私の名前。

「愛美」に「美愛」字が逆転しているだけだけど、パパとママがこの名前を私に付けてくれたんだとすれば、かなり影響されていたんじゃないの。あなたの存在て言うのが。それとも単なる偶然なのかなぁ。


「何で私があなたの両親。正確には将来なる人と一緒に暮らしているかって言うと、私はあなたのお父さんになる人から拾われたの。ううん、拾ってもらえるように仕組んだと言うのが正しいと思う。私はもうすでにこの世には存在しない。事故で私の両親と共にこの命は途絶えていた」


ちょっと待ってよ、それってどういうことなの。あなたは幽霊? パパにとりついた幽霊て言う事なの?

「あ、今私の事、幽霊じゃないかって思ったでしょ。幽霊なんかじゃないよ。ちゃんと触れられるし、れっきとした女子高生してるんだから、そこんところは誤解しないでね。なんていうかさ、私にも自分のこの状態をうまく説明出来ないんだけどね」


じゃぁ一体何なのよ!

「いったい私はなんなだろうね」

あのぉ、あなた今この手紙読んでいるところ、どこかで見ている?


何だか気味悪くなってきた。持っていた手紙を机の上に置いて。

これって、やっぱり不幸の手紙じゃないの? こんなこと書いているけど、最後まで読んだら、私に呪いがかけられるなんて書かれているんじゃないのか?

や、やめといたほうがいいのかなぁ。……読むの。


でもさ、気になるよね。

若い頃のパパとママの事も知ってるみたいだし、でさぁ、一体何でこんな手紙を送り付けて来たのかって言うのも気になるよねぇ。


「私の記憶ではね、昔……多分私が生まれ変わる前の自分の事はあんまりはっきりとしたこと覚えていないんだ。でもね、一つだけ、はっきりと覚えていることがあるんだ」


『最後の時に私の頭を優しく、撫でてくれた男の子の事』


「この記憶は野木崎美愛としての記憶じゃないんだ。美愛ちゃんと出会う前の記憶。あの時もうじき死んじゃうんだって言う事、分かってた。その時そんな私を抱いて優しく頭を寝出てくれた優しい男の子。私はその子に恋をした。もうじき死んじゃうんだけど、とても幸せな気持ちになれたんだよ。


ぽたぽたと、涙流しなら、私の頭を撫でてくれた。それだけだった。たったそれだけの事だけど、私は生まれ変わったらまたの子に会いたいと思った。そう願ったんだよ。でもね、会う事は出来なかった。私がまたこの世界に生を成した時、その男の子はもう大人になっていた。だから諦めようとした。


でもね、その人の未来に大きな壁が立ちはだかろうとしているのが見えちゃったんだ。何とか救ってあげたい。彼の未来を変えることが出来るのなら何でもしようと思った。

その時出会ったのが美愛ちゃんだった。

美愛ちゃんは物凄く寂しがり屋でいつも一人だった。だからなんだろう、私の事をとても可愛がってくれた。そんな美愛ちゃんにもある思いがあった。


自分の人生は決められたレールの上を歩むだけ。これからの人生はもうすでに決まっていたんだよ。そんな美愛ちゃんが思う願い。それは「自由な恋をしたかった」。決められた人生なんかよりも悲しくたって辛くてもいいから、本当に自分が恋する人の傍に寄り添って時を過ごしたいという想い。そんな誰しもが当たり前の様に出来ることが出来ない境遇に生まれ育った彼女の願い。


あの日、彼女の記憶では本当に久しぶりに両親と共に別荘で休暇を楽しむことになっていた。でも本当は、もうじき、美愛ちゃんが高校を卒業したら婚約する男性ひととのお見合いだったんだ。


でも運命は悪戯をした。


運命は美愛ちゃんの想いを形にした。


そして……私の願いも……。

そんな世界が生まれたんだ。


本当はさ、久我雄太と蓬田香はあの時、別れて別々な人生を歩んだ。

自分たちの本当の気持ちを隠して押し込んだまま。

後悔という想いを残したまま人生を歩んで行くことになっていたんだ。


愛美ちゃん。本当はあなたは生まれてこなかったんだよ」

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