第12話 あのね。なんでもないけど。 File 4

「雄太さん珈琲のお代わりは?」

「ああ、頼むお願いするよ」

「香さんは?」

「私はもう大丈夫よ」

「うん分かった」


ベランダから夏の朝のさわやかな空気が室内に流れ込む。

珈琲の香ばしい香と混ざりあい、今日一日が始まるんだという雰囲気が漂う。


「雄太、朝食の時、スマホ見ながら食べるのやめてよ行儀悪いんだから」

香さんから注意されても「あ、うん」とは言ったものの、スマホから目を離さない雄太さん。

朝からもしかしてエッチなサイトでも見ているのか!

珈琲を置きながら、雄太さんのスマホをちらっと覗き見た。


えっ! 英語? スマホの画面にずらっと映し出されている文字を見て「へぇ、雄太さん英語の記事なんか読むんだ」って言うと。

「ああ、これ、英語じゃないよ、フランス語だ」

「フランス語?」もう一度見ると確かに、英語とは違う。英語なら私でもなんとか読めたりするんだけど、フランス語は良く分からないんだよね。


「すごぉい! 雄太さんてフランス語読めるんだ」

「一応な、今度仕事でフランスの菓子問屋と取引するんだよ。その下調べって言う感じかなぁ」

「まぁ仕事熱心です事。でもフランスかぁ……。もう何年前になるんだろう、ホンと行っていないなぁ」


「香さんフランスに行ったことあるの?」

「まぁね、行ったって言っても単なる観光だったけど。美愛ちゃんは行ったことあるの?」

「フランスはないなぁ。アメリカならあるんだけど、中学の時ホームステイしてたことあったよ」

「フランスかぁ、俺はフランスよりもどこかの南国リゾートでのんびりしてぇな」


「なはは、それじゃ二人の新婚旅行は南国リゾートになりそうだね」

「馬鹿、何言ってんのよ。何時になるのか分かんないこと言わないの美愛ちゃん」

「えへへへ、そうかなぁ。もう時期なんじゃないのぉ」

「もうぉ」と言いながらも、なんだか嬉しそうな香さんの顔はにこやかだった。


その時雄太さんが、バイブレーションにしていたスマホが鼓動しているのを見て「美愛、スマホスマホ。鳴ってるぞ!」という。

「えっ! あ、ホントだ。誰だろう」私に通話なんてかけてくる人なんか雄太さんと香さんくらいのもんだ。

でも二人は目の前に居るんだけど。スマホを手に取って見てみると相手は、麻衣だった。

あれから麻衣からは何ら音沙汰がなかった。


「あ、麻衣からだ」私がそう言うと、珈琲を飲んでいた雄太さんが急にむせた。

「大丈夫? 雄太さん」

「ああ、それより早く出なくてもいいのか? 俺はもうそろそろ会社行くから」

「えっもうそんな時間なの? 急がなきゃ」

慌てて香さんが席を立ち、部屋へと向かった。


ポチッと、通話をタップしてスマホを耳に充てると

「ようやくでたぁ! 忙しかった美愛?」

元気はつらつマル印! って言う感じの声がした。


「だ、大丈夫だけど」

「あのね、今日さ、美愛ん所行ってもいい?」

「えっ、今日?」

「うんうん、今日なんだ。ほら今日さ、美愛ん所の近くでお祭りがあるんだよ。知らない?」

「お祭り? あるの?」

「あ、やっぱり知らなかったんだ。だからさ行こ。一緒にさ」

「えっ! 一緒にお祭り?」


ちらっと雄太さんの方に視線を投げかけると、会話を聞いていたかの様に。

「お祭り? そうかそんなのがあるんだ」

「ねぇ、麻衣に誘われたんだけど、行ってもいい?」

「ああ、行って来いよ」ニコッと笑って私の頭に手を乗せた。


「それじゃ、俺らは行ってくるから」

「あ、行ってらっしゃい」

「お祭り楽しんできなさいよ。それじゃね」と香さんも言ってくれた。


「あれぇ、雄太さんいたの?」

「うん、今出かけたんだけど」

「そっかぁま、いいか。で、行けそう?」

「えっとね大丈夫だよ」

「やったぁ、良かった。それじゃ後でね。もうじき着くから待っててね」

「もうじきって……」

通話は切れた。


雄太さんはなんだかそそくさと家を出て行った。

「ん?」なんだか変な感じがしたけどまっいいかぁ。

でももうじき着くって、お祭りって多分夜じゃないのかなぁ。今から何するんだろう……。何かした下心でも?

ないない! ま、補習も思ったより早く終わったし、家の中で二人でゴロゴロしていてもいいんじゃないのかぁ。

そんな事を考えているとインターフォンが鳴った。


画面をのぞいてみると麻衣の顔が映っていた。

「早!」もう、早すぎ。

「やっほう、もう着いたよ」

「今開けるからね」

何処から電話したんだろう。ホント急なんだから。

三和土に出てドアを開けると

「美愛、会いたかったよぉ!」と、私に抱き着いてきた。


「ちょっと麻衣」

どうしたんだろう、なんだかテンション高いよ麻衣。何かあったのかな?

「ねぇ、麻衣何かいいことでもあった?」

「分かる? ああああああああああっ分かっちゃうよねぇ」

ニまぁ―とした顔をしてのろけ始める麻衣。

とにかく中に入れよう。話はそれからだ。

麻衣はテーブルにそのまま残った朝食の後を見て。

「さっき雄太さんとすれ違ったよ」

そりゃ、そうだろね。だって二人が出てすぐなんだもん。


「あのさ、声かけなかったけど、ていうかさ、かけると迷惑そうだったから知らん顔して来ちゃったんだ。だって綺麗なひとと一緒だったからね。誰あの人? もしかして雄太さん彼女でも出来たの?」

なはは、彼女でも出来たのかぁ。確かに出来たというか、より戻しただけなんだけどね。


「ええッとね。雄太さんの元彼女で、今一緒に暮らしている彼女さん」

「んっ? 雄太さんって付き合っていた彼女いたの?」

「うん、いたんだよ。で、最近より戻したんだよねぇ」

「で、今一緒に暮らしているって言ったよね」

「うん、言ったよ」


「それ、美愛いずらくないの?」

何気ない麻衣の一言がちょっと胸に刺さる。



「居すわってるんだよ。ほら、私猫みたいだから……」

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