第8話 初夏に咲く花 File 5
3年生に進級して、周りの子たちは皆将来、あと1年後に来る卒業という
現実に向かい走り出していた。
クラスの子たちも、大学進学に立ち向かう子。すでに付随する大学に推薦が決定している子達もいる。その中で、親の決めた結婚相手とのこれからの事とかを模索する子もいた。
今までとは違う雰囲気に包まれ、変わりゆく周りのクラスメイトを目にしながら、私はただ空を眺める日々が多くなっていた。
冬が終わり、ようやく春が巡って来た淡い色をした空の青さを眺めていた。
ふと、思った。
この空ってどこまで繋がっているんだろうかって。
そんな事分かっているんだけど……空はどこまでも広く自由な感じがした。
あの日、学校が終わり。校内を歩いていると、私はどうして今ここにいるんだろうと不思議な感じがした。
たまにある。事故以来、たまに襲うというのか、ふと、何で私は今ここにいるんだろうという感情に包まれることがしばし起きる事があった。
事故の事も次第に記憶から薄れて来ている。
事故があったという現実はこの躰が覚えているようだ。でも、その状態とか、それよりも、当日の事故にあう前の記憶が無くなっているような気がしている。
どうして、私たちは事故にあったんだろう。どうして、お父さんとお母さんと一緒に車に乗ってどこに向っていたのか。
思い出せたり、思い出せなかったり。
その繰り返しだ。
学校の正門を出て、ふらっといつもとは反対の方向に躰が動いた。
そのまま、私は歩き始めた。
どこに行くわけでもなく。
もう自分という物の存在が感じられなくなっていた。
香さんが言った。
「確か2年前くらいだと思うんだけど、野木崎重工は大きな変貌を遂げたって言う事を訊いている。前社長が急逝したって言う事。もしかして、美愛ちゃんのご両親だったんでしょ」
私は静かに頷いた。
「そうかぁ、ごめんね、辛いこと思い出させて」
「別にもういいよ。だっていくら思い出したところでお父さんもお母さんも、もう私の前には帰ってこないんだもん」
「強いのね美愛ちゃんは……」
そんな私を香さんは抱きしめてくれた。
「私さ、美愛ちゃんと初めて会った時、なんだかとても愛おしい子だと直感的に思えたの。どうしてかは分からないけどね。あの時雄太と別れて、本当は私はとても寂しくて辛かった。出来れば、もう一度……ううん「私がごめんなさい」って謝ってまた一緒にいてほしいと何度も思っていた。でも、そうなればもう後戻りはできないというのが正直怖かった。雄太と別れてから私は、一人でいるのがつらくてずっと実家に帰っていたの。そんな私の事を心配してお父さんがあんなことをしたんだと思う。もしかしたら、計画したのはお母さんかもしれないけど」
「あ、何となく香のお義母さんならやりそうな気がする」
「うふふ、雄太、ああ見えてもお母さん物凄く強いのよ、お父さんなんか絶対に頭あがらないんだから」
「うっ、なんかなんか先が思いやられるの、気のせいか?」
「さぁねどうでしょう?」
ニコッと香さんはほほ笑んだ。
「ねぇ美愛ちゃん。頼りない私たちだけど、もっと私たちに頼ってもいいんだよ。ねぇ、雄太」
「ああ、なんて言うか、こういうのも変だけど……家族みてぇなもんだからな」
涙が溢れて来た。ぽたぽたと涙が床に落ちた。
胸の中が熱くなって、押さえることなんかできなかった。溢れる涙に私の心は温かくなっていく。
良かった。雄太さんという人に出会えて、香さんという人に出会えて。
私は幸せだ太と思った。
「ありがとう……」
ただその言葉しか私には浮かばない。そして言えなかった。
補習授業に向かう気分は最悪。だけど何となく最近は心が軽い。
駅までの通り道、住宅の庭に咲き誇れていたシャクヤクの花がもうじき終わりを告げようとしていた。
あれだけ意気揚々と綺麗に咲き誇っていた花が、次第に赤茶けていき、朽ちて行くようにその姿が無残にも見える。
そのわきにまた背を伸ばしている、夏の花の代表ともいえる向日葵が目立ってきた。
夏も本番を迎えているという事の証拠だろう。
だが、私はあのシャクヤクの花がとても気になる。
まるで自分を見ているような気がする。いいや、そんな事自分に重ね合わせてはいけないんだと思うようにしているけど、どうしても重ねてしまう。
私自身の存在。
幸せを感じると共に、次第に薄れゆく私自身の存在。
私って……。
それに気になっているのが、あの女の子の声だ。
いったい誰なんだろうか?
「ただ二人の傍にいて」
雄太さんを好きなってもいいよ。でも私にはその願いは叶えられないって……。
「当たり前か!」
そうだよ。雄太さんには香さんがいるんだもん。
私なんか……。
私は彼を好きになっちゃいけないんだよ。私の存在は……、本当の私の存在は……。
影。
「ああ、なんだかもう、学校に行くのがめんどくさくなった」
電車に乗り、降りるべく駅を乗り越し私が降り立った駅。そこからしばらく歩きになる。
海が近いせいだろう。塩の匂いが洟を抜ける。
途中で小さな花束……。一束500円。激安の花束を買って、向かう先へと歩いた。
小高い高台。整然と並ぶ白い墓石。
今日の日差しはいつもよりも強い。
多分……ここに来るのは今日で2回目だと思う。
前に来た時の記憶がもう薄れて無い様な感じがしている。
それでも、自然と私は、ある墓石の前で足を止めた。
野木崎家。
墓石に刻まれた文字を見て、ゆっくりとその前にしゃがんだ。
多分ここだろう。
お父さんとお母さんがいる場所は。
そっと買って来た花束を備え、ゆっくりと手を合わせた。
「おかえり美愛」
そう語りかけてくる両親に「ただいま」と答える。
「寂しくなったの?」
「ううん、……ちょっとだけ。エヘ」
「大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。今とてもいい人たちの所にいるんだぁ。だから私は大丈夫だよ。心配しないで」
「……そう」
その時強い風が吹いた。激安の小さな花束が、風で墓石の横に飛ばされてしまった。
「あぁ、小さすぎたかなぁ」
花束を取り、墓石の後ろに彫られている名前を何気なく目にした。
そしてもう一人…………。
野木崎……。
美愛。
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