第9話 あのね。なんでもないけど。 File 1
今日でもう1年になる。
何かの記念日? そんなことじゃない。
俺たちに起こった不運。その始まりからちょうど今日で1年になる。
あの日、鳴りやまないスマホのコールがいまだに耳に残る。
俺たちはこの1年間、悲しみと不安の中にいた。
俺と香の最愛の娘。
原因は未だ分からない。
愛美の姿は、まるでただ寝ているかのように穏やかだ。
本当に寝ているだけなのかと錯覚してしまうほどだ。
「髪大分伸びたな」
「うん、そうだね」愛美の髪をなでながら香はそう言った。
「もうすぐ誕生日だね愛美。あなた17歳になるのね。来年は18歳。そしてあっという間に20歳になっちゃうね」
「ねぇあなた、愛美が彼氏連れてきたらどうする?」
「何だよ唐突に、そんな事」
「怒った?」
「べ、別に……。ただどんな奴か気になるけどな」
「あら、それだけ?」
「それだけって、後何があるんだよ」
「パパさぁ良く言ってたじゃない。愛美は絶対に結婚なんかさせないって。ずっと……ずっと、一緒……だって」
香は涙をこぼしながら俺に訴えるように言う。
今日、愛美の余命宣告が言い渡された。
もし、このまま意識が戻らなければ……もってあと1年であると。
信じられなかった。受け入れたくなかった。
しかし、これが現実だった。受け入れたくなくとも受け入れなければいけない現実。
「何時になったらこの子目覚めるんだろうね」
その言葉に俺も香も過去を振り返る。
そう、
あの、かけがえのない時間を……。
「どうした美愛」
「ううんなんでもない」
ここ数日美愛は何か思い悩んでいるかのように物静かだ。
「本当に何もないのか?」
「どうして、何か変? 私」
「いや、変ていうか、なんか元気が無い様な気がして」
「元気だよ。雄太さんの思い過ごしじゃないの?」
「そうか、それならいいんだけど」
その時はあまり気にはしていなかった。美愛自身もなんでもないと言っていた。単なる俺の思い過ごしだと思っていた。
香も美愛の変化には何か感じるところがあったみたいだが、あえてそこには触れない様にしているように感じた。
男には分からない、女性特有の何かがあるのかと思ってみたりもした。
そんなある日、香から美愛の事について相談された。
「美愛ちゃん最近元気ないね」
「やっぱりお前もそう思ってたんだ」
「何となくね」
「体調悪い感じじゃないようだけど、なんかな俺も気になっていたんだ」
「悩み事でもあるのかしらね」
「さぁな、少し様子を見てみようか」
「そうだね」
二人がそんなことを話していたなんて知らなかった。私のことをとても気にかけてくれているなんて。
でもさ、もう時期なんだよね。
何となく感じてるんだ。
もう時期その時が来ちゃうんだって。
だんだんと私の記憶が薄れていっている。
ずっと美愛として二人の傍にいたい。
……雄太さんの傍にいたい。
楽しもう。残された時間を……楽しもう。
あと少し。……だけ
私の愛する人たちの傍にいよう。
「さぁてとお仕事お仕事。やらないといけない事一杯あるんだよねぇ」
気持ちを切り替えて、まずはやるべきことをやる! そうじゃないと私はただここに居候しているだけのお邪魔虫になっちゃう。
それは困るよ! だってさ、私はここにいられることが一番の幸せなんだもん。
雄太さんは言ってくれた。家族の様な感じだって。嬉しかったよ。私の事を家族だと思ってくれていること。
……それでいいんだよ、それ以上は望まないよ。
でもね、本当はね。
好きなんだよ。雄太さん。この気持ち、このもどかしさ、苦しさ。
この全てを私は受け入れている。そして、この想い全てがあることが幸せなんだ。
毎日私の作る料理を美味しいって言ってくれる雄太さんが好きなんだ。たまに頭をなでてくれる時、物凄くドキドキしているの、あなたには分からないだろうけど。
いつまでも続いてくれるといいなぁ。
この生活が。
「なぁ美愛、これからどっか出かけねぇか?」
「えっ! でも外暑じぃょ。私はクーラーの効いた部屋でゴロゴロしていたいんだけど。それにやることまだ残ってるし」
雄太さんは外をじっと見つめ、ゴクリと喉を鳴らし。
「あ、暑そうだな。でも今日はなんか外に出たい気分なんだ。香も服買いたいって言っているし」
「香さんが?」
「ああ、香が……なんだけど」
「だったら二人でどうぞ。久しぶりに二人っきりでデートして来ちゃいなよ」
ああ、ホント私素直じゃないなぁ。
「駄目よ! 今日は美愛ちゃんも一緒じゃないと困るの」
「えっ、何で香さん?」
「だってさぁ、水着も新しいの買いたいなぁって、雄太ってこう言う事のセンス、マジないんだもん。だから今日は美愛ちゃんに見立ててもらおうって思ってんの。だから一緒に来てもらわないと困るんだけど」
「……水着ですか……。でも私もそんなにセンスないですよ」
「いいからいいから一緒に行こう。ね」にっこりとほほ笑んで香さんは私の手を取った。
「う、うん」
行先は二駅隣の大型ショッピングモール。
初めて行く場所。そして初めて3人での外出。
ちょっとドキドキしている。
私の好きな人。そしてその好きな人の将来妻になる人。
彼はどんな気持ちでいるんだろう。
「美愛は家族みたいなもんだ」その言葉が逆に胸に刺さりだす。
この想いをあなたに届けたい。でも、それは出来ない事だと自分に言い聞かせている。本当の気持ちをあなたに伝えることは……。
出来ない。
「ごめんね。あなたに辛い想いをさせているみたいで……。でもさ、もう少しだから。未来は変わるんだよ。変えることが出来るんだよ。そのためにあなたの協力が必要だった。……ごめんね美愛さん。もう少し」
私に付き合ってください。
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