第7話 初夏に咲く花 File 4
「あ―――――あジィー!!」
何で夏休みなのに学校に行かなきゃいけないの?
「うううううううっ、行きたくない」
昨夜、雄太さんが「美愛明日から夏休みなんだろ」何気なくその一言を私に投げかけた。
「うん、そうだけど、やっぱりほとんど補習だってさ」
「仕方ねぇだろ、お前、先に夏休み取っちまったんだから」
「うううううっ。それは言わないでよぉぉ!」
「へぇ、そうなんだ美愛ちゃん海外留学でもしてたの?」
「ん? 海外留学?」
雄太さんはハッとして私をじっと睨んだ。これは嘘でもいいから何とかうまく香さんに合わせろって言う事なんだろう。……本当の事は絶対に言うな。って言うのが伝わって来た。
「えええっと、海外留学なんてしてないんだけど……。ちょっとね」
「ふぅ―ん、ちょっとね、て、何かありそうだよねぇ」香の視線が俺に注がれる。ゴクリと持っていたビールを喉に流し込んだ。
いやぁ、まいったなぁ。なんて言ったらいいんだろ。あの2ヶ月間、色んな人の所をさまよっていたなんて言えないよねぇ……。
「ン――――。あのね本当は私訊いちゃいけない事だと思っていたから、今まで黙っていたんだけど、美愛ちゃんと雄太の繋がりって何なの? なんかさ、私あの時酔っていたからあんまり記憶が鮮明じゃないんだけど『声かけた』って雄太から訊いたような気がするんだけどなぁ」
じわっと雄太さんの額に汗がにじみ出てきちゃっている。私も顔がこわばっているな……。これは。
「んッとね。じ、実は……。わ、私」ごめん雄太さん。隠せないよぉ! 香さんにこのまま嘘ついていたくない。
「……私家出してたの」ああ、言っちゃった。
「家出?」
あ、雄太さん汗、落ちた。
こうなったら覚悟を決めよう。
「ごめんなさい香さん。今まで黙っていて。私、本当は家出して帰るところがなかったんです。そんな時、雄太さんに声かけられて、保護されたて言うか、拾われたて言うか……その、なんと言うか。その後色々あって、ここに置かせてもらっているんです」
「美愛ちゃん、家出って。あなた野木崎て言う苗字だよね」
「……うん」
「あのさ、ずっと気になっていたんだけど、野木崎ってもしかしてあの野木崎重工と何か関係があるの?」
野木崎重工株式会社。
お父さんが社長を勤めていた会社だった。
今はもう叔父さんがお父さんの代わりに社長に就任している。
あの日、私達家族は事故によって全てを失った。
私たちは久しぶりに家族で、別荘に行く途中だった。山道の前方の見えずらい湾曲した道路。運転手さんはいつも慎重で常に安全運転に徹する人だった。
対抗してきた大型トラック。スピードを出し過ぎてカーブを曲がり切れず、私達が乗る車の正面に突っ込んできたようだ。
私にはその状況が分からない。
物凄い衝撃が躰を襲い、耳元でお母さんの悲鳴が聞えていた……そんな感じがしていたというのが実際の記憶だ。
それからの記憶は私にはない。
気がついた時、うっすらと目にしたのは多分、病院の天井だったと思う。
……それから知った。お父さんとお母さんはすでに亡くなっていることを。
お葬式も何もかもが全て終わっていた。
そして私は全てを失ったんだとその時知った。
それ以来『お嬢様』と呼ばれることは無くなった。
「お父さんの会社だった」
「やっぱり。野木崎重工って言ったら超大手じゃない。私仕事の関係でよく知っているの」
「本当なのか美愛?」雄太さんが驚いたように訊く。
「うん。多分香さんが言っている事正解だと思う」
「本当にもう雄太もこの苗字で少しはピンときたらどうなの? あなたも一商社マンなんでしょ」
「そんなこと言ったて、俺は食品部だ。重工関係はまったく縁がねぇ」
「お隣のビルが本社でも?」
「えっ! 嘘だろ。うちの社屋ビルより立派じゃないか」
「そう、美愛ちゃんはそこのご令嬢て言う事になるのね」
「ご令嬢だなんて、私はもうそんな身分じゃないよ」
「でも、どうしてあなたが家出なんかしちゃったの?」
「いたくなかったから」
私はそう答えた。
雄太さんにも叔父さんの家には居たくないから、飛び出したんだと言っている。
別に叔父さんたちが私の事を邪険にしていた訳じゃない。むしろ、自分たちにに子供がいないせいもあって、私の事を本当に可愛がって、愛しんでくれていた。
でも、私はあそこに居てはいけなかったんだ。
叔父さんの所にいれば私の存在が叔父さんを苦しめることになっていたなんて知らなかった。
お父さんが亡くなったことで、会社の理事会は、当時専務取締役だった叔父さんを社長という座につかせた。
全ての実権を課せられた叔父さんは始めこそは意気揚々、お父さんの後を継ごうと頑張っていた。残された私の為にも。
でも叔父さんもようやく気がついた。どんなに頑張ってもお父さんを超えることが出来ないという事に。そのことが重荷になり、叔父さん自体を苦しめていた。
次第に叔父さんは私を見る目を変えて行く。
ある日、叔父さん夫婦が話をしているのを私は聞いてしまった。
「美愛を見ていると兄貴の事を思い出してしまって。俺は兄貴の代用品じゃない」
その言葉が胸に突き刺さる。
お仕事の事は私は何も分からないけど、叔父さんが吐き出したあの言葉の重みは感じ取ることが出来た。
それでも私の行く当てはどこにもないのだ。
私はあそこに留まっているしかない。
私との会話も、目も合わせなくなった叔父さん。叔母さんも同じように私の存在を遠ざけるようになった。
でも留まった。何としがみ付こうと思った。
ある日、その想いがプツリと切れた時、私はそのまま
あそこに帰るのをやめた。
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