第6話 初夏に咲く花 File 3

「蓬田さん。先輩ですか?」

オフィスの入り口でたたずんでいる蓬田さんに声をかけた。


俺の声に蓬田さんは振り向き「あ、君、久我君の」

「ええ、久我先輩の所で一緒にチーム組まさせていただいています山岡って言います。先輩なら、呼んできましょうか?」

「あ、別にいいの。まだいるんだったら、私ここで待ってるって伝えてくれないかな」

「……いいっすよ」

たったこれだっけの会話だったけど、すげぇドキドキした。

でも意外と話せるもんだな。


俺、蓬田さんの前だと何も話せねぇと思っていたんだけど……。

IDをかざしオフィスの中に入った。ブースに行くと先輩は俺の姿を見て。

「ようやく来たか。今日はみんな上がるぞ」と意気揚々に言う。

「先輩、なんかこれからあるんですか?」

「別に何もねぇんけど、後は真っすぐ帰るだけだ」


「ですよねぇ、早く終われせねぇといけないですよねぇ」

「な、何だよ気味わりぃ―な山岡」

俺はニタぁとして

「オフィスの前で蓬田さん待っていますよ先輩」

「えっ、本当か?」

「本当す。早く帰りましょ。俺たちもこれから予定が出来たんで」

「ふぅ―ん。そうか。それじゃ終わるとするか」

……俺たちも予定か。ま、何とかうまくいったというのか、長野をんだめること出来たんだな。いいんじゃないのか山岡。


そんな山岡が、帰り自宅をしている長野の方をちらっと見て。

「先輩俺、蓬田さんの事はもう諦めます。さっき話してみて良く分かったんです。俺には蓬田さんは高嶺の華だったんだって。やっぱ蓬田さんと先輩はお似合いですよ」


て、何そんなに話した訳じゃねぇけど、俺ん中で、何かが吹っ切れたような気がした。

「そうか」とだけ先輩は言う。


そんな会話を訊いていない様にしながらも、愛佳の顔がほころび始めていたのが良く分かる。

「ま、いいじゃねぇのか。て、俺のライバル張るんだったら、ちゃんと一人前になってからにしてくれよな。明日はお前の仕事沢山ありそうだからな」

「マジっすか! 勘弁してくださいよ先輩」

「ま、頑張れ。それじゃ帰るぞ」

二人とも声をそろえて「ハイ」と答えた。


オフィスを出ると通路の椅子に座り、スマホを見ながら香が待っていた。

「ごめん、待たせたな」

俺の声にスッと顔を上げ、ニコッとほほ笑んで

「ううん、ごめんね、ここまで押しかけちゃって」

「いいや別にいいよ。さ、帰ろっかぁ」

「うん」

そんな俺たちの姿を見ていた長野がぼっそりという。


「やっぱり、久我先輩と蓬田さんはお似合いだよ。あんたなんか入る隙なんて1ミリもない位にね」

「うっせい! そんな事分かってる。愛佳行くぞ! 飯、何喰いてぇんだ。俺も無性に腹減っちまったよ」

そんな俺を愛佳はじっと見つめ。

「うん」と言って俺の腕をつかんだ。


「な、何だよぉ!」

「いいじゃん。逃げられない様にするためだよ」

「逃げねぇよ」

「ホントに?」

「ああ、ホントだ。いつもの居酒屋でいいか」

「えええ! 今日はフレンチでも食べたいなぁ」

「馬鹿か! 俺の懐はそんなもの食えねぇって言ってるぞ」

「しょうがないなぁ。いいよ、いつもん所で」

ちょっとすねた感じの顔が……すげぇ可愛い。


そんな彼女の顔を見て、変に意識する俺がいた。



「ただいま」

家に帰ると、夕食の準備が整っているのが分かる様な、いい匂いが洟を抜けた。


エプロン姿の美愛が、玄関に来て

「おかえりなさい。二人一緒だったんだ。良かったね」とにっこりと微笑んだ。

「いい匂い。ホントお腹すいちゃった」

「香さんどんだけお腹空かせてんの? 早く着替えてご飯食べようよ」

「うんうん、もうダッシュで着替えてくる」


「あのぉ……美愛さん。やっぱり今日の夕食はチンジャオロース何ですか?」

「ヌフフフふフフフ。そうですよ今日はチンジャオロースです」

「俺ピーマン苦手なんですけど……美愛知っていなかったけ?」

「もちろん知っていますよ。ま、いいから早く雄太さんも着替えた着替えた。ビールも冷えてるよ」

にヘラとした美愛の顔が、何となくあのピーマンの青臭さを連想させるてしまう。


何がだめだって、あのピーマンの青臭い苦みがどうしても好きになれねぇんだ。

昔かっからピーマンは俺の大っ嫌いな野菜だ。

よくお袋から、ピーマンだけ皿の脇によせていくと「雄太、またぁピーマン残そうとしている」て怒られたのを思いださせる。

「はぁ」とため息が出てきちまう。


着替えを終えてキッチンに行くと香がご飯をお茶碗によそっていた。

俺の姿を見ると香がニまぁ―とした顔で。

「雄太、美愛ちゃんに愛されてるねぇ」なんて言う。


「な、何だよいきなり」

「だってさ、ほら。チンジャオロース。雄太スペシャルも用意してくれてんだよ美愛ちゃん」

「スペシャルって?」


「てへへへっ! 雄太さんピーマン苦手だからピーマン抜きの物も作ったんだぁ。ピーマンの代わりに小松菜入れてあるんだけど。小松菜なら大丈夫だったよね」

ううううううっ! 美愛ありがとう。今日の夕食おかず抜きかと思っちまったよ。ああ、なんだか急に腹が減って来たぞ。


「愛されてるね雄太」

「うっせいわ!」

つい香から言われて照れて虚勢を張ってしまった。


「そ、そんなぁ私はお仕事してるだけだよ。ちゃんと家主さんの好みにも合わせてあげないとね」

「そんなこと言っちゃって、美愛ちゃんもうすぐに顔に出るんだから。物凄く幸せそうだよ」


「ええ! でもそんな事香さんから言われると申し訳ないんですけど……」

「別に、妬いてなんかいないわよ。私。そんな美愛ちゃんが私は好きなだけ」

そっと私の躰を香さんは抱き包んだ。

何だろう。とても懐かしい気持ちになれた。


お母さんと一緒に料理をしていた頃の事。お母さんから料理を教わっていた時の事。そんな過去の思い出が湧き出て来た。



そんな私の表情を見て香さんがつぶやく。

どうしたのそんなに悲しそうな顔をしちゃって。



……いつまで続けられるんだろね。


この幸せに満ちた生活を……。

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