第3話 さようならは言えないね File 3

ピカ! ドン。ゴロロロロロロロロロロロロロロッ!!

一瞬目の前が青白く光り、空気が振動し轟音と共に躰を震わせた。


「キャぁ!」叫び声を上げ、その場にしゃがみこんでしまった。

「美愛!」

そんな私の躰を包み込むように雄太さんの躰が覆いかぶさる。

雨が激しく降り注ぐ。雄太さんの躰に。


「大丈夫か美愛」

顔を上げると、にっこりとした雄太さんの顔が目に飛び込んできた。


「だ、大丈夫……多分」

「立てるか?」

「えっ、えええっと。なはははは、なんか腰が抜けちゃったのかなぁ」


立とうとしても体が動かない。

そんな私の脇を掴みゆっくりと私を抱きあげた。


「ずぶ濡れだよ。雄太さん」

「そう言うお前だって」

「……そうだね」

立ち上がった私の躰を雄太さんは強く抱きしめ。


「どこ行っていたんだよ。探したぞ」

「……ごめん」

「ごめんじゃないだろ。……ごめんなさい。だ」


「うん。ごめんなさい。でも、私、もう雄太さんの所には居られないから」

「どうしてだ」

「だって今日、雄太さんは香さんの実家に……」

「うん、そうだ。行って来た。そのことで美愛にも話さなきゃいけないことがあったんだ」


「だから私、私がこのまま、雄太さんと一緒に暮らしていたら、私、雄太さんに迷惑かけちゃうんじゃないかって、私にはわかるんです。雄太さんは香さんのことを愛しているって。だから、あのね……「元カノ」じゃなくて、またちゃんと香さんと付き合えて。そうしたら、私はもういらなくなるから……私は雄太さんの傍には居られないんだと」


「だから、ちゃんとお前に話さなきゃいけないんだ。今日あった事を。そしてこれからの事を」


雄太さんは私の躰から離れて

「帰るぞ」と言って私の手を取った。

「……でも」

「でもじゃない。美愛の帰る場所は、お前が今一番居たいと思う場所はどこなんだ」

雄太さんの手に力が込められた。

そのまま、私は雄太さんに付き添われ、またあの家へと戻って来た。


「美愛ちゃん」

部屋の中にいた香さんが三和土で立つ私の姿を見て涙を流した。

「どうしてこんなことしたの? もうずぶ濡れじゃない」そう言いながら、私たちにタオルを脱衣所から取り出し、渡してくれた。

「早く入って着替えないと。あ、それより先にシャワー浴びる?」


ずっと下を俯く私に「どうしたんだよ」と雄太さんが問う。

「な、なんか入りずらいよ」

「まったく、いいから早くしろ! 俺も着替えてシャワー浴びてぇんだ!」

「あ、ごめん。うん」

そのまま私は脱衣所に入り、シャワーを浴びた。


着ていた全ての物が雨で濡れていた。

全てを脱ぎ捨て、シャワーのお湯を体に浴びる。温かいお湯が私の躰に降り注いだ。

冷たい雨じゃない。温かいお湯だ。心が、気持ちが落ち着いてくる。それと同時に、涙がまた溢れて来た。

冷たい心の中にある想いが湧き上がるように、熱い涙がこぼれる。


風呂からあがると、雄太さんはベランダで煙草を吸っていた。

「落ち着いた?」

香さんがそっと私の後ろから抱き着きそう言った。

「あ、上がって来たか。俺も入るとするか」

そう言って吸っていた煙草をもみ消し、お風呂に入りに行った。


「なにか飲む?」

その問いに小さく頷く。

グラスに、オレンジジュースが注がれ、テーブルに置かれた。

「……今日の雄太の姿、美愛ちゃんにも見せてあげたかったなぁ。物凄く面白かったよ」

「面白かったって?」


「まるでさぁ、借りてきた猫みたいていうか、緊張しまくってさ、躰ガチガチにさせてるんだもん。声なんかさ、うわずっちゃって。でもさ、そんな雄太を見ていて分かったんだ。一生懸命に私の事を想っているていうか、あんな無茶なお願いを引き受けてくれた雄太の姿を見ていて、逃げていたんだなって言うのをね」


「逃げていたって?」

「そう私はねぇ逃げたのよ。雄太の気持ちと私自身の気持ちからも。結婚するって言う事から逃げていた」

「結婚という事から?」


「結婚すること自体が嫌なんじゃない。雄太と一緒に人生を歩んでいきたいという気持ちちはもっていた。でもね、一歩が踏み出せなかった。怖かったんだよ。自分に正直になるという事が」


「どう言う事なの……それって」

「ンとね。簡単に言うとね。我儘なの私」と、香さんは、にっこりとほほ笑んだ。

「はぁ―、そうなんですか。我儘なんですか。なら私はもっと我儘なんですよね」

「そうだね。私よりもっと我儘かもしれないね」


私はニコットほほ笑んで「本当はここにいたい。雄太さんの傍にいたい。でも現実はそれが出来なくなった。私はここには居てはいけなくなった。多分だけど……」

「どうして美愛ちゃんは、ここに居ちゃいけなくなったの?」


「だってより戻したんでしょ。雄太さんも香さんも別れたと言っていたけど、本当は二人ともすごく惹かれ合っているんだもの。そんなのわかっちゃいますよ。それなのに意地はって言うのかな。さっき香さんが怖くなって逃げだしちゃったって言ってたけど、でもね、二人は多分、別れる前よりもお互いの事もっと見れるように、想えるようになったんじゃないのかぁ」


「うん、美愛ちゃんの言う通りだよ。同じような事、私の両親からも今日言われた。実はさ、お見合いは嘘だったんだ。お父さんからお見合いは「フェイクだ」なんて言われた時、なんかさすがの私も”やられた”って思ったけどね。でも、私の事を一番に心配してやった嘘なんだもの。恨む事なんか出来ない。私の弱いとこつかれちゃったんだよね」


「それで、二人はこれからどうなるんですか?」

「……うん、多分私たちは結婚すると思う。だって雄太言っちゃったんだもん。『香さんを僕にください』って」


「そっかぁ……おめでとう」

「ありがとう。でもね、すぐには私たち結婚はしない。まだ先の話になるかなぁ。……もしかしたら、今のこの話だってまた私の我儘でなくなちゃうかもしれない。――――私の気持ちはまだ揺れ動いているの」



その時、私の目に映った香さんの姿が、ノイズが走ったかのように途切れて見えた。


この二人は結婚という目標を持ったんだけど、それはあまりにも不完全な物だった。


「だから……あなたにはこの二人が離れない様にしてもらいたいの。そうしないと私の存在が消えちゃうから……」


またあの声が聞こえて来た。


「だから。あなたはこの二人の傍にいてあげて」




雄太さんが脱衣所から出て来た。

「どうした?」

「ん、なんでもないよ……。雨あがったよ」


雨上がりの夜。外には街の灯が星の様に輝いていた。

雄太さんは「綺麗だな」って言った。香さんも「そうだね」と雄太さんに寄り添った。

そんな二人とは違い、私にはなぜかこの灯一つ一つが涙の雫の様に思えた。


私はまだ『さようなら』は言えないんだね。




…………そして私は変わり始めた。



『さようなら』その一言を    言うために。

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