第4話 初夏に咲く花 File 1

今日は朝から強い日差しが室内に入り込んでいる。

多分、暑くなるんだろう。

もう夏なんだから。


雄太さんと香さん。婚約はまだしていないが二人は、結婚という目標をもってまた付き合い始めた。そして、香さんは、このマンションに越してきた。

そうなのだ。二人は一緒に住み始めたのだ。


ようやく雄太さんも、このマンションに住み始めた”意味”……目的とでも言うんだろうか。成されたという事になる。

で、そんな二人の中に私はまだ? ここに居すわっているのだ。

多分ここで二人が暮らすことは予想が付いていた。だから私は静かに―――――なんだかんだであの後大騒ぎになったけど! 姿を消そうとした。

だけど、私はこの二人から今は離れてはいけないみたいだ。


最近ふと聞こえてくる女の子の声がそうさせている。


で、私は知る。

香さんという人の本性を!


う――――――ん。なるほど! これでは逃げたくもなわなぁ――――結婚。

お料理……苦手。これは分かっていた。前にちょっと手伝ってもらった時に、香さんがやったのはお皿をテーブルに置くことぐらいだった。にっこりと笑顔を絶やさなかったけど、絶対に包丁は持とうとはしなかった。

お掃除……いわばお片付けだ!


お片付けはその人の性格を表す。

格言――――野木崎美愛。


表向きは綺麗なんだよなぁ。綺麗に見えるんだよ。

で、見えない所はと言うと……。荒野の無法地帯というのが私のイメージだ。

一緒に暮らして見えてくる物、それはその人の裏の姿。

雄太さん。…………大変かもしれないね。


でもさ、なんでも聞くところによると香さんの実家も物凄いお金持ち。と言う表現は好きじゃないんだけど。彼女もお嬢様と呼ばれているらしい。

今の私はもうお嬢様じゃないんだけど。香さんはお嬢様続行中。


浩太さんは興奮しながら、香さんの実家に行った時の様子を私に話してくれた。

「へぇ、そんなに凄いお屋敷なんだ。じゃぁ、香さんも高校は私と同じ白百合の様な高校だったのかなぁ」

「香さん曰く、お嬢様学校なんてかたっ苦しくて行ってられないわよ。一度きりしかない高校生活、たった3年間しかない高校生活を私は楽しみたかった。だから普通の高校だったわよ」

とはいっていたものの、学校名を訊いた時に、それなりに名の知れた有名校だった。


大学もなんていうかその、あの文芸の街にあり、赤門が有名な大学の卒業者である。

『天は二物を与えず』とは良く言ったもので、まさに香さんを見ているとそう言う事なのかと納得してしまう。


結局の所私は今まで通り、雄太さんとの契約。いわゆる家事全般を行う事で、ここに置かせてもらっている。

それでも援助してもらっている方が、遥かに大きいのは言うまでもない。

例え、香さんの分が増えたとしても……。


私は今、ここにいられることが幸せだ。

ただ少しばかり、胸の中が痛いのを除けば……。



ピコ! 美愛。

「雄太さん。香さん。今日の夕飯なんだけど、チンジャオロースなんかどうかなって思うですけど?」


ん? 美愛からメッセージか。げっっ! 夕飯チンジャオロースだと! ピーマンめちゃ入っているんじゃねぇのか。俺がピーマン苦手だって言う事 、美愛の奴知ってるのに。


ピコ。香。

「んー、もうお腹すいちゃった。早く仕事片付けて帰るわぁ!! 私大盛でお願いねぇ」

ピコ。雄太。

「あのなぁ美愛、俺、ピーマン苦手だって言うの知ってるよな? 知ってるよな! で、何でチンジャオ何だよ!!」


ピコ。美愛。

「今日さぁピーマン物凄く安くてさぁ。それに八百屋さんおまけまでしてくれたんだぁ。だったら一番消費できるのがチンジャオロースじゃん。だからだよ。もういい加減ピーマンちゃんと食べれるようになろうよ雄太さん」


ピコ。香。

「まったく。雄太のガキ!」

ピコ。美愛。

「うん、うん。ガキだ! ピーマン食え」

ピコ。雄太。

「うっせぇわ!」


「あのぉ、なんかあったんすか先輩。スマホ睨みつけて」

「あ、いやなんでもねぇ」


香が俺の所に引っ越して一緒に暮らし始めてから、俺と香そして美愛の三人の生活が始まった。

俺が香の実家に『ふり彼』として赴いた日。美愛はまたここから出て行こうとした。

俺はそんな美愛の存在を消したくはなかった。



香との結婚。俺一人が先走り、消えうせた香との結婚。だが、消えたとばかり思っていたのは俺だけ。香はずっと俺との結婚を諦めずにいた。いや結婚という物がゴールの様に見せかけ、思い込んでいたのは俺の方だった。


結婚することはゴールじゃない。始まりなんだ。

その始まりに踏み切ることが出来なかった香。だから、彼女は俺に別れ話を切り出したのだ。

そしてこの別れが引き寄せ、俺の前にその姿を現したのが美愛だ。


確かに始め、彼女との出会いの目的は不純なものだったことは否定できない。しかし、今は俺にとって美愛は、かけがえのない存在になりつつある。

俺だけじゃない香にとっても、同じことが言えるだろう。

まるで愛おしい娘と暮らしているかのようだ。


「あのぉ……。先輩」

「なんだ山岡」

終業マジかに山岡が俺のディスクの前に来た。自分の席からでもいつもの様に会話は出来るのにわざわざ、俺の横に来て話しかけた。

「先輩、蓬田さんとより戻したって言うのは、本当なんすか?」

「ン―――っと。お前、それ誰から訊いた?」

「訊いたって言うか。噂になっているっすよ」


またか……。


「それで本当のところどうなってるんすか?」

「すまん。お前の気持ちも分かるが、噂通りだ。俺は蓬田と今、一緒に暮らしている」


「――――そ、そうなんすか……。もう、一緒に暮らしているんすか。で、遊園地で一緒になったあの若い彼女とはどうなったんですか? まさか二股かけてるって言うのはないですよね」


「あっ! そう言えば。居ましたねぇ、可愛い子でしたけど」

ピクンと長野まで反応してきた。


あ! ヤベェ。


二人に見つかっていたんだ。美愛と一緒の所。

さて、どう言ったらいいものか……。

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