第2話 さようならは言えないね File 2
外に出ると、つい今しがたいた空気と少し感じが変わっていた。
香と帰る時には蒸し暑さが俺たちを包み込んでいたが、今は時折吹く風がなぜか冷たく感じる。
空を見上げると街の光に紛れ、まばゆい閃光が走る。
「雷か。もしかしたら雨が降るのかもしれないな」
そんな事を口ばさみながら、まずはあの公園に向かった。
ここだった。美愛と初めて出会った公園のベンチ。
街灯の下、誰もいないベンチを見つめ、あの時ここに座り、ゆっくりと俺の方に顔を向けた美愛の姿を思い出していた。
小さく見えた。本当に小さく見たような気がする。
今にでも消え失せようとしているかのよな感じがこの瞼に残っている。
でもな、あんときは彼奴の事そう言う感じじゃなくて、俺の欲求を満たすための女としか見ていなかったんだよな。
ほんと馬鹿だよな俺って。
いくら寂しかったとは言え、美愛をただの物欲の欲求を満たすための道具としか見ていなかったんだ。
どさっと、体中の力が抜け、俺はそのベンチに腰掛けた。
「一体お前、どこほっつき歩いているんだよ。また同じ事繰り返そうとしているのか? 美愛」
暗がりの空でも分かるどす黒い雲。その雲の中で光る稲光。
音はしないが、その光は次第に近づいていた。
「探さねぇと。雨が降る前にさがしださねぇと」
そんな事を思いながらも、もしかしてもう……。
もう、また見知らぬ男に拾われて、一晩でもしのげる場所に行ってしまったんだろうか。
そんな事を考えると無性に腹が立ってきたのと同時に、目が熱くなってきた。
どうしてなんだよ。どうしてお前はそんな事をしちまうんだ。
昨日遊園地に行こうなんて言い出したのは思い出作りの為だったのか?
馬鹿じゃねぇのか。
そんな思い出なんか俺はいらねぇよ。
俺は、いつもの普通の……日常。お前がいる日常の思い出の方が大切なんだよ。
馬鹿だよ。俺も、お前も……同じ馬鹿なんだよ。
駅前の方に行ってみたが美愛の姿は見当たらない。
現金を置いて行ったという事は、美愛は金は持っていないという事なんだろうな。
金も無くて、どうやってこの世界で生きていくんだ。
野垂れ死んでしまうぞ!
お前の帰る場所は……。もしかして、いやそれはないと思うが。
それでももし、美愛の本当に帰る場所。帰らなければいけない場所にもし、帰ったというのなら、俺はもう彼奴を引き戻すことは出来ない。
美愛が帰るべき場所は現にあるんだ。
ポツリ、ポツリ。空から降り出した雨は徐々に強くなってきた。
何があったのかは分からないが、美愛の叔父さんの所に戻れているんだったら俺はそれでいいと思った。
もうそれ以上は、俺は手の出せない領域に彼女は戻ったんだと。そう自分に言い訊かせるしかなかったからだ。
「まいったなぁ。どうしよう。もうこんな時間になちゃったよ。ああ、マジ今晩はどこかで野宿かなぁ。で、げ! 何あの光、ぴかぴかと空で光っているのってもしかして雷? ふぇぇ―、雷やだよぉぉ! こわいよぉぅ。マジどうしようかぁ」
街の明かりは相変わらず華やかだ。
その華やかな輝きの中、私の影は薄さを増していく。
「はぁ―」とため息をついた時、声をかけられた。
「君、一人?」
駅ビルに隣接する改札の前で、私はずっと立ちすくんでいた。
「君さぁ、さっきからここにいるけど、彼氏にでもすっぽかされた?」
行きかう人の波の中、私の目の前で足を止め声をかけてくれた人。
半袖のカッティングシャツに、ジーンズ姿のラフな姿の
下を俯き何も答えない。
「ふぅ―ン。答えが無いって言う事は、もしかして誘っても大丈夫という事でいいのかな?」
この展開……。前の私だったら軽く頷いていた。
「んっ? だんまりかい。でももうじき雨降るよ。それにこの季節にブレザーを着ているなんて、物凄く目立っているんだけど。それって何かのサインかなって俺は思うんだよね」
その男性はスッと、私の手を掴もうとした。
その時、私の躰はこの
それでも私の腕を掴もうと切り替えた時、私はその手を払い、逃げ出した。
走っていた。あのまま動かないでいたら多分私はあの
それがたまらなく嫌で、そして怖くなった。
走りながら私の目からは涙が溢れていた。泣いていた。顔をぐちゃぐちゃにしながら泣いていた。
その泣き顔に空から降り出した雨が、上塗りするように私を濡らした。
どこに向かって走っているのか分からない。だけど、あの場所には、あの
雨は強さを増していった。
私のすべてが濡れた。
髪も、服も……心の中も……瞼も
気がつけば見覚えのある場所に立っていた。見覚えのある場所? あはは、戻ってきちゃった。無我夢中で走っていたら戻ってきちゃったんだ。
ふと見上げれば、部屋に明かりが灯されていた。
「戻っていたんだ。そうだよねって……戻ってくるよね。怒っているかな? それとも呆れて、もいい。なんて言っているのかもしれないね」
エントランスのガラス戸の前で、部屋の明かりを見つめながら胸の中が熱くなるのを感じていた。
戻れるわけないじゃん。
戻りたいの?
だから、もう戻れないんだよ。
どうしてさ。
だって、私がいたら……。
「消えちゃうよ。このまま戻らないと、あなた消えちゃうよ」
「えっ! 誰?」
またどこからともなく声が聞こえてくる。
「お願いしたじゃないの。二人の傍にいてあげてって。忘れちゃったの?」
何となく聞き覚えのある声。
誰だったんだろうか。
「私の事は思い出さなくてもいいんだよ。ただ約束は守ってね」
「でも……。私は二人の前に居たらいけないんじゃないの。このまま一緒に居たら私、彼を。彼の幸せを奪う事になるかもしれない」
「……うん。そうなったらそうなったでいいんだけど、出来ることならね。でもあなたには酷だけど、その想いだけで現実はそうはならない。辛い役目だけど私のお願いを最後まで……もう少しだから。もう少しあなたには頑張ってもらわないといけないから」
「何なのよ。何がどうなって…………」その時だった。
「美愛!」私の名を呼ぶ声がした。
顔を上げると。
息を上げ、ずぶ濡れになった。
雄太さんが私を見つめていた。
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