Chapter 2 猫は居すわる。にゃーにゃ―!

第1話 さようならは言えないね File 1

私にとって、雄太さんとの出会いは運命の出会いだったんだと思う。


運命の出会いなんて言うと、この人と生涯一緒に居られる様な気がするけど、私たちの出会いは、そう言うものじゃないことくらい、お互い分かっていたはずだ。


人との出会いと言うのは、仕組まれた出会いなんてない。

何かに引き寄せられ、お互いの気持ちが通じ合い、深く強く結ばれていく。


制服を着て、あの時背負っていたキャラ熊のリュックを持ち、私はこの部屋を出た。



「もう、大丈夫だよね」

そう言いながらぱたんとドアを閉めた。



外は暑い。もう夏の日差しが降り注いでいた。

「はぁ―、また帰るところなくなちゃった」


雄太さんは今日、香さんの親と会う。そして……私は分かっていた。今日、私は雄太さんの前から自分の存在を消さないといけないことを。

彼のこれからの幸せの邪魔になる。私の存在を消さないといけないことを。


当てもなくまたさ迷い歩く。

「どこ行こっかなぁ……私」

所持金はない。

雄太さんから預かっていたお金は全部置いてきた。……スマホも。


電車にも乗れないよね。

この街の中を歩くしかない。

叔父さんの所に帰る……。帰れないよねぇ。


……だって。


彼に拾われて、一度は彼の元を去った私。

あの時公園に何となく舞い戻った時、また私は拾われた。

ううん、自分の意志であの人の所に居たいと思った。


そんなに長い間じゃなかった。でもね、私とても楽しかったんだよ。

あなたの傍に居れて。

本当はもっとあなたの傍に居たかった。

もっと、ずっと……ずっと一緒に居たかった。


自然と涙が溢れて来た。

つぅーと、溜まった涙が頬をつたう。


ごめんね、黙って出て行っちゃって。本当は一言「さよなら」って言いたかった。

でもさ、雄太さん。あなたが幸せになるんだったら、それでいいの。

私はまた……。どこか夜をしのげる場所を探そう。この躰と引き換えに……。



俺と香が帰宅した時にはもう美愛の姿はなかった。


「ただいま」と、部屋の戸を開けたが、いつもと何か違う。シーンと静まりかえったこの部屋の中。もしかして美愛は買い物に行っているのか? そう言えば俺の部屋の明かりは外から見た限り灯されてはいなかった。


自分の部屋にいるんだろうか? いつもは俺の声が聞こえれば、すぐにその姿を表していたのに。


「どうしたの?」香が後ろで心配そうに言う。

「うん、美愛の姿がないんだ。買い物に出も行っているのか? それとも自分の部屋で寝ているのか? いつもとなんか部屋の雰囲気が違うんだ」

「いつもと違うって?」

「なんだかとても冷たいんだよ。この部屋が……」


「私、美愛ちゃんの部屋に声かけよっか」

「……うん」

香が美愛の部屋の戸をノックしたが音沙汰ない。

そっと「ごめんね」と香が部屋の戸を開けた。


部屋の中は綺麗に片付けられている。まぁそんなに物が沢山ある訳じゃない。必要最低限の物しかない部屋の中。

その部屋の中にも美愛の姿はなかった。


「やっぱり、買い物か何かで出かけているんじゃない」

そう言う香の言葉を訊いてスマホで電話を掛けてみた。

着信音がこの部屋の中に響く。

テーブルの上に置かれているそのスマホを手に取り通話を切った。


「近くのコンビニにでも行ったんじゃないの?」

そうだといいんだが……何か違うような気がしてならない。


ふと部屋の中にあるハンガーに目がいった。この部屋には箪笥がない。もちろんクローゼットなどもない。だから自立式のハンガーを用意してやった。

そこに制服をかけておけばいいだろうと……。


そのハンガーには制服はなかった。ぐるりと部屋の中を見渡す。

ない!

なかった。見当たらなかった。隠せるようなところはない。

それなのに、あのキャラ熊のリュックがなくなっている。


美愛の部屋を出てから俺たちはダイニングテーブルに置かれている現金を目にした。

「この現金は……」

無性に湧き出る嫌な予感。


「……まさか、彼奴」

「どうしたのよ」

「もしかして……美愛。出て行ったんじゃないのか」


「嘘! どうして? 雄太が私の親に会ったからなの?」

「わかんねぇ。でも彼奴にはこれはお前の見合いを阻止する為の事だって行ってあったじゃないか」

「そうだったけど……」

「俺は帰って来るって言う事くらい分かっていたと思うんだけど」

「まさか美愛ちゃん私たちに気を使っていたの?」

そんなことってあるのか? 彼奴そこまで気をまわしていたのか?


俺たちは香の実家を出てから、美愛の事を話し合っていた。

俺も思いもしない展開になってかなり動揺というか驚いているが、香の両親からは、快く俺と香の仲を了解してくれた。


結婚という事に付いては香の方から、もう少し時間をかけたい。という願いも受け入れてくれた。

あんな展開は急すぎるのだ。


俺自身も、もっと香の両親と接する時間が欲しかった。

だから結婚は急がないと。そう香りと、香の両親と話し合ってきた。

婚約というかたちをとるというのも今はまだ、先送りにしてもらった。俺と香りはあの両親の想いを受け、お互いをもう一度見つめ合う期間を設けようという事になった。


普通じゃ考えられないほど寛大な配慮を俺は香の両親から受け貰ったのだ。

そして、俺たちはまた付き合う事で、ただし、今回ばかりは前とは少し違う。

結婚を前提とした付き合いを少しずつしていこうという事にした。


だが、香の両親にはこのことは 言ってはいないない。

美愛と一緒に今住んでいることを。

隠すつもりはないが、あえて言う事でもない。いらぬ誤解も招きそうだからだ。


帰りに香から

「私は、あなたと美愛ちゃんが一緒に住んでいることは問わないわ。むしろ、美愛ちゃんには、あなたの傍に居てもらった方がいいと思うし、彼女自身もあなたの傍にいた方がいいと思う。だから、帰ったらちゃんと今日の事は美愛ちゃんと話をしましょう」

そう話し合ったんだ。美愛は俺の傍に居てもらいたいと。


「どこ行くの?」

「美愛を、美愛を探してくる」

「私も行くわ」


「香、お前はここに居てくれ。もしかしたら美愛が戻ってくるかもしれないから」



「……うん、わかった」


俺は外に飛び出した。

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