第41話 「ふり彼」と「ふり彼女」 ACT 6

「じがれたぁ――――!!」

「何だよ! 高校生のくせして、なにが”じがれたぁ―”だ。お前、はしゃぎすぎなんだよ。あれじゃもたねぇよ。実際」


「だってさぁ―――!! もっの凄く楽しかったんだもん!! 雄太さんは楽しくなかったの?」

「そりゃ、人並みにな」

「何よその人並みになって、そう言う雄太さんだって、物凄くはしゃいでいたくせに! まるで小学生の子供みたいだったよ」

「うっせいなぁ。いいじゃねぇかよ。俺だって遊園地なんてほんと久しぶりなんだから」


楽しかったよ。本当に……。

『夢の国』私たちは夢の国に行っていたんだ。その夢も、もう目覚めないといけない。


「今日晴れてて良かったね」

「ああ、それにしてもまさかなぁ」

「あ、もしかして気にしてるの?」

「なるわなぁ……正直。会社に行ってから彼奴らになんて言ったらいいのか、うまい事考えねぇと」


「いいじゃん、向こうもなんかちょっと気まずそうだったんだから、お互い様じゃない」

「ま、それもそうなんだけど。やっぱりなんだかんだ言って山岡の奴、長野と一緒にいる時の方が彼奴らしい」

「会社の後輩さんだったんだよね」

「ああ、俺の部下だ。二人とも」

「そうなんだ、お似合いのカップルだったよ」


「あはは、そうだよなって、お前なぁ、いきなり「雄太さんの彼女の美愛です」なんて自己紹介するんだから彼奴ら腰抜かしてたじゃねぇか」


「えへへへ、だってさぁ、そんな気分だったんだもん。でも山岡さんだったかなぁ、物凄い驚きようだったね「マジすっかぁ!! 先輩こんな若い可愛い子と付き合っているんですか! マジすか、マジすか!!」て目丸くしていたよ」

「だからヤベェんだよ。ま、でも会社で噂広めるような奴じゃねぇけど。そこはまだ安心できんだけどな」


「長野さんもちょっとクールっぽいところがチャームポイントだね。でもさ、別れる時ニまぁーて笑った顔は可愛かったよ」

「ふぅ―ン、そんな顔してたんだ彼奴。よく見ていたなあんまり表情出さねぇからな」

「そうかなぁ、結構あの人そうでもないと思うんだけど。多分ちょっと恥ずかしがり屋さんなのかもしれないね。あ、私から言ったて言うのは内緒だよ」

「わかったよ」


「うん、ああ、今日は汗いっぱい。体べとべとだぁ。お風呂先入るけどいい?」

「ああ、いいぜ。俺は煙草でも吸ってるよ」


「ありがとう。……そ、それとも一緒に入る?」

「ば、馬鹿な! 入る訳ねぇだろ」

「私はいいんだよ。だって今日は私達、恋人同士なんだもん!」

「お前が勝手にそう言っただけだろ」

「エヘっ、そうでしたぁ。それじゃ、お風呂い行ってきまぁ―す」

「おう」

そう言いながら俺はベランダに出て、煙草に火を点けた。


煙草の煙が静かに俺を纏う風に流れた。

まさかあんなところで彼奴らに出くわすとは思ってもいなかった。山岡と長野。

しかも美愛の奴、俺の彼女だなんて言っちまうし。でも彼奴何であんなこと言ったんだ。いつもはそんな事自分からは言わねのに。遊園地というあの雰囲気がそうさせたんだろか?

でも悪い気はしていない。むしろなんだか嬉しかった。

その証拠に否定もしなかったな俺。


ま、いいか。

本当に今日は楽しかった。美愛もあんなにはしゃいでいたなんて。……もっと早く連れて行ってやればよかったよな。


次第に街の灯が一つまた一つ輝き始めていく、その様子を見ながら。俺は綺麗だと思った。

ほんの少し前までは、この灯を見ると虚しさしか感じなかったのに。

それにしても、どうして彼奴今日、遊園地に行きたいなんて言ったんだろう。

もしかして香への嫉妬か?

ん、俺今何想っている? 美愛が俺に嫉妬?

いや、そんなことを想っちゃいけねぇ。美愛がここに住む時にそう決めたんだろ。


俺は彼奴に……求めねぇって……。

求めちゃいけねぇんだよ。俺たちの関係はただのルームメイトだ。

これ以上足を踏み込んじゃいけねぇんだよ。


そう想うほど、何か胸の中がモヤモヤしてくる。

「ああああああああ! ったくやめやめ! こんな事考えるのは」

それよりもだ明日だ! いったいどんな顔して香の両親に会えばいいんだよ。

『ふり彼』って言葉では簡単に言えるけど、実際、なんだか心が痛い。

確かに俺と香りは付き合っていた。俺は香と結婚したいと強く……。自我独断だったけどそう思っていた女性だ。

別れたにせよ、その想いがあった事は事実だ。


――――俺はまだ香の事を諦めきれないでいるんだろうな。だからこんな事引き受けちまったんだ。

その中で小さく光燃えている灯が、俺の心の中で輝き始めているのも感じている。

その灯を俺は遠くで見ていることが、一番いいというのを自分自身に言い聞かせている。


触れちゃいけない灯。

小さくて今にでも消えそうな灯を俺は守りたい。

守ってやらなきゃいけない。



そうしなければこの灯はやがて、消えてなくなってしまいそうな気がする。

消したくねぇ……。

美愛というこの灯を…………。



次の日、俺は横浜にある香の実家へと向かった。


「ゴクリ!」

間違いねぇよな。


香から送られてきた住所。多分俺は間違いなく今、そこの前に立っている。

もう一度、スマホで確認してみる。自分の現在位置と目的地のピンはかさなっている。


「ま、まちがいねぇみたいだな」

何をこんなに焦っているのか。それは……、目の前にあるその家? 

「こりゃ単に家とは言えねぇな。まさしく豪邸と言うのはこう言うのを言うんだ」と呟く位ものすげぇ建物の前にいるからだ。


この横浜の一等地にしかもこんな目を見張る様な豪邸。俺、訊いていねぇぞ、香。お前んがこんなにすげぇなんて。

「はぁ―、すっぽかして帰ろっか。ヤベェよな。俺みてぇな一庶民が関わるのはまずいだろう」


自問自答しながら外壁門の前でうろうろすること数分間。いい加減不審者に見られてもいい感じになりつつあるとき、門のロックがカチャっと解除された音がした。

「あっ!」もしかして中から見られていた? これは入ってこいという事なんだろうか。でも、そのままは入るのはまずいだろう。

とりあえず、インターフィンのボタンを押した。


すぐに女性の声で「はい、蓬田でございます」と返って来た。

「――――あ、あのう……ほ、本日お伺いのお約束いたしました、久我ともうしますが…………」

うう、マジぃ! 声がうわずっている。


「久我様でございますね。お嬢様からお伺いいたしております。どうぞそのままお入りください」


「あ、はい。わ、分かりました」


ぎゅっとネクタイを締め付け。

言われるまま。俺はその一歩を踏み出した。

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