第42話 「ふり彼」と「ふり彼女」 ACT 7

マジいぃぞ! 本当にまずい。足がすくんで思う様に動かねぇ。この前山岡が香の前で、ロボットの様な歩き方してたけど、今まさに俺もそうなんじゃねぇのか。ものすげぇ……恥ずかしい。


玄関ドアの前近くに来た時に重厚なドア……まるで、何だこれは壁か? アンティーク調のモダンな壁がスッと動いた。


「ンもう何緊張してんのよ、さっさと来てよ。待っていたんだから」

機嫌わりー……何も俺に当たることねぇだろ。俺はなぁ、今それどころじゃねぇんだ。何もかもお前が悪い! ……香。


「まぁまぁ、お忙しいところ、こんなところまでおいでくださいまして、ありがとうございます」と、香の姉か? ちょっと年の離れた姉という感じの人が香の前に出て俺を出迎えた。


「ちょっとお母さん、何よいきなり出てこないでよ」

―――――マジか!! 姉じゃねぇのか! お母さん? おいおい、ものすげぇ若いんじゃねぇのか。――――それにすげぇ美人だ。


「さっどうぞ」

「は、はい」

言われるままに屋内に入ろうとした時香が、俺の耳元で「うわぁ、雄太ガチガチだねぇ」とくすっと笑いながら言った。

いつもなら「うっせぇ!」と、突っ返すんだが、さすがに今、この現状でそんなことは口が裂けても言えねぇ。


そんな香の顔を、俺は口に出して言えねぇかわりに「キッ」と睨んでやった。

「あははは」と笑い香は、ちょこんと少し舌を唇から出して、ニマッと笑って返してきた。

――――此奴、俺見て楽しんでやがる。



通されたの大広間と言うべきだろうか? それともこの家では普通に言う居間という感じの部屋なんだろうか? 木目調の壁と柱、そしてところどころに鎮座するガラスケース張りの壺なんかもある。ものすげぇ価値があるもんなんだろうな。


それよりもな、なんだこの雰囲気は……どこぞの高級ホテルのどこぞの得体のしれない影のVIPが使いそうな、そうだ映画の世界だ。この空間は現実の世界じゃないんだ。……そう思わねぇと俺の意識がぶっ飛んでしまいそうになる感じの空間だ。


「どうぞそちらでお休みください。今お飲み物を用意させますので」

いつの間にその姿を現したのか。後ろに密やかにその存在は物の様な感じであるがごとくいるメイド……。まさしく正真正銘のメイド服だ。て、事はメイド何だよな。

「かしこまりました」と小さな声で言う若きメイド。

その動きに無駄はない。

相当仕込まれたメイドだ。……まだ若そうなんだけど。


「いつまで立ってんのよ、早く座りなさいよ」

「ああ」

香は急かすけど、俺の躰がいう事きいてくれねぇんだよ。


「うふふ、香さん。そんなに急かさないの。相当緊張なさっているみたいだから。あなたがリラックスさせてあげないといけないんじゃなくて?」

「ンもう、だからここに呼ぶの嫌だったんだから」


「そんな事言わないで。お父さんも、もうじき書斎から降りてくると思うから、もう少し待ってくださいね。久我さん」

「はい、お待ちしています」

「ぶっ! なにそのお待ちしていますって」香はけらけらと笑う。

「別にそんなに緊張しなくたっていいのよ。こんな家、単なる張りぼてなんだから。見た目だけ、だから私はあんまり好きじゃないんだよねぇ」


「お、お前……いや、香……さん。そんなこと言っちゃいけないよ」

「だ・か・ら、いつものようにしていてよ。それが一番雄太らしんだから」


「む、無理だ! 俺はそんなに肝は大きくねぇ」

そっと香が耳元に顔を近づけて「ふぅ―ン。あっちの方は大きいんだけどねぇ」

「ば、馬鹿か! お前はこんな時に」


「少しは緊張ほぐれたでしょ」ニンマリと笑う香。その時奥の方から野太い声が聞こえて来た。

「すまんすまん。待たせてしまったな」

全身にびりッと高圧電流が流れたような感じがした。思わず立ち上がり。


「この度はお招きいただきまして、誠にありがとうございます。香さんとお付き合いさせていただいております。久我雄太くがゆうたと申します。よろしくお願い申し上げます」


ううううううううっ。い、言えたぞ! 何とかこれだけは噛まねぇ様に言わねと、とずっと思っていた。いや、これを言うためにだけ、来たようなもんだと思っている。


「あはははは。そうか、君が香の彼氏か。そうかそうか。まぁ、そんなに固くならないで、て、そんなことを言うのは無理な話か。あはははは」


背丈は俺と同じくらい。肩幅が広くがっちりとした感じだ。アメフトでもやっていたのか? そんなイメージを沸かせる身体つきに、少し白髪交じりの髪。ハゲてはいない。そしてその顔は、ものすげぇ勢力感を感じさせる顔つきだ。そうだ、誰かに似ていると思っていたが、部長の感じと似ている。そう言うタイプの人だと思った。


その時だ、一人のメイドが静かな声で

「お待たせいたしました」とトレーにアイス珈琲を乗せて俺の前に静かに置いた。グラスの上の部分が白く凍っている。

まるで、高級ホテルで出されるような感じのアイス珈琲のようだ。しかもアイスなのに置かれたグラスからは、香ばしく奥ゆかしい珈琲の香が放たれている。


「旦那様は如何なさいますか?」メイドが彼にそっと訊く。

「ああ、そうだないつものを」そう言うと

「もう、また昼間っからお酒飲むんだから」とちょっとすねた感じで言う。これは娘の特権のようだ。


「いいじゃないか。お、そうだ久我君の分も頼むよ」

「かしこまりました」

「はぁ、雄太にも飲ませる気なのね」

「久我君は酒は駄目なのか?」

「い、いえ。人並みには……たしなんでいます」

「お、嬉しいねぇ。一緒に酒を交わせるのはありがたい。息子は誰に似たのか分からないんだが、まったく駄目でな」


「あらお父さん、私じゃ役不足だったの?」

「ん、お前か、お前は飲むとすぐに俺の事無視するじゃないか。酒と共に向き合いながら、じっくりと語り合う。俺はそう言う酒の飲み方が好きなんだよ。酒はな潤滑油なんだよ」


あははは。そうだよな、香は酒入ると自分の世界ていうか、此奴のペース暴走しちまうからな。わかりますよ……お父さん。

それでも香りを見つめる、その瞳は愛おしさに満ちているように思えた。


そんなことを話している間にデカンタに入った琥珀色の酒が用意、セットされた。

「水割りの方がいいか? 俺はロックなんだけどな」

「いえ、僕もロックでお願いします」

俺の顔をじっと見つめって香は「ふぅ―ン」と言いう。


正直、酒で意識を飛ばしたい! これ、俺の今の本音だ。


「それじゃ乾杯と行こうか。始めまして久我君」

「こちらこそ初めまして」

軽くグラスを持ち上げ、そのまま口の中へ酒を少し含ませる。軽い刺激と、甘く芳醇な香りが洟を抜ける。

う,旨い! 相当いい酒なんだろうな。


「うん、いいねぇ。そうだよ俺はこう言うのを求めていたんだよ」

にこやかに語る様に、香のお父さんは言う。


「あら、そうなのお父さん。良かったわね。一緒に飲める息子が出来そうで」


んっ? ……息子って?

「そうなのか? 香」一瞬鋭い視線が、お父さんの方から俺に差し込んできた。



「うん。私この人と、結婚を前提に付き合っているんだから」

えっ! ちょっと待て香。




―――――俺、そんなこと一度も訊いていないんだけど!!!!

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