第36話 「ふり彼」と「ふり彼女」 ACT 1
「なんでもねぇよ」
「うん、なんでもないよ」
ふぅ―ン。何となく変な雰囲気。まさかねぇ……。
ま、別にぃ。いいんだけど。――――何がいいのかは、あまり触れたくない気持ちが先行している。
雄太さんは、残りの缶ビールをグイッと飲み干し「今日は俺休もうかな」と言った。
いつもよりも少し早いんじゃない? 寝るの。
それでも私は「そう、それじゃおやすみなさい」と軽く返した。
「ああ、それじゃ」と言い寝室。今となっては雄太さんの部屋へ向かった。
「私たちも部屋に行こうか」
「あ、うん」
自分の部屋に入り、すぐにジーっと麻衣の顔を見つめた。
「な、何よぉ。そんなに見つめて」
「んー麻衣、顔赤いよ」
「えっ! 嘘。マジ?」
何慌ててんのよ。
「嘘!」
「もうあせるじゃない美愛」何も別にあせるようなこと言っていないんだけど。
「ははは、もしかしてホレちゃったの雄太さんに?」
「はぁ? 何馬鹿なこと言ってんのよ。会ったばかりなのにそんなことないでしょ」
「一目惚れって言うのもあるんじゃない?」
「ああ、多分それはないなぁ」
「そぉお?」
「あ、その目は信じてないなぁ。大丈夫だよ美愛。私にはちゃんと好きな人がいるんだもん」
「へぇー、そうなんだ。じゃぁ詳しく訊かないとねぇ。その麻衣の好きな人の事」
「えええ!! そんなぁ恥ずかしいよ。絶対私の事変だと思うし」
「変だって何よ。もしかして物凄いおじさんと付き合っていたりして……なんてね」
「――――――ええッとね。……そ、そこはなんていうか」
なんか物凄く困った様な、それでいて恥ずかしいて言うのが伝わって来た。
「こらぁ、ちゃんと白状しちゃいなよ。笑わないから」
「絶対に?」
「うん、絶対に笑わない」
「あとさ、軽蔑しない?」
「しない!」
「……あ、あのさ。私、の好きな人って……お、お父さん」
「へぇっ?」
お、お父さん? い、意外と麻衣ってファザコンだったの? そりゃ、幼い頃のあこがれの人の中に、お父さんていうのもありなんだと思うんだけど。高校生だよね。で、好きなのがお父さん? 麻衣って実は精神年齢まだ幼い?
「なはは、よくある話だよねぇ。お父さんが好きだなんてさ」
「……そうなのかなぁ。最初はさぁ、自分でも変だと……こんな事想っちゃいけないって、ずっと否定してたんだけど。ダメだった……」
「ダメだったって、お父さんが好きな事? いいんじゃないの、お父さんを好きなのって」
「うん、多分普通には悪いことじゃないと思う。……でもね。……それがもし親子としてではなく。男と女、つまりは異性として愛していたとしたら」
「――――異性として。……」
最初は、……それがどんな意味を成しているのか。私には理解できなかった。
お父さんって、親子だよね。血の繋がった親子なんだよね。血の繋がった親。その人をまったく違う異性として想う事が出来るんだろうか。
……どうなんだろう。混乱する。
「私の事おかしいと思っているでしょ。でもね。この気持ちは本当なんだ。本当に私は、お父さんを本気で愛しちゃったんだ」
「でも、お父さんは? …………」
「うん、受け入れてくれたよ。そして私の親は離婚して、私から消えたんだよ」
「でもさ、それじゃどうしてお父さんと暮らさなかったの?」
「私もそうしたかったし、そうするのがいいんだけど、今はそれが出来ないんだ」
「どうして?」
「―――――私がいけなかったんだ。私がお父さんとの間に……私のお腹に子供が出来たから……」
えっ! 子供って、つまりは妊娠したって言う事。
「嘘でしょ!」
麻衣は床を眺めながら「本当の事だよ」と呟いた。
「美愛知ってるかなぁ……あ、そうかあの頃の美愛には、そんな噂なんて届かなかったよね。中3の夏休みに妊娠したの分かってさ、でも言えなかったんだ。誰にも。お父さんにも。夏休みが終わって、躰がどんどん変化していった。生理はずっとこなかったし、このお腹の中に赤ちゃんがいるって言うのが怖くて……でも、嬉しかった。お父さんの赤ちゃんが私の中にいるって言う事。好きな人の赤ちゃんが私の中にいるって言う事が……」
いつの間にか、麻衣の躰を強く抱きしめていた。
ドクンドクンと麻衣の鼓動が私に伝わっている。多分、私の鼓動も。
そう言えば、夏休みが終わって何日か経ったある日、学校に救急車が来たことを思い出した。
「学校でさ、具合悪くなって倒れちゃったんだ。その時凄い出血しちゃって保健の先生が救急車呼んだんだよ。それで、ばれちゃった。お母さんにも、学校の先生たちにも……そしてお父さんにも。それからが本当は大変でさぁ。結局赤ちゃんは流産しちゃんだけど、お母さんとお父さんはずっと言い争いばかり。学校では知られない様にしていたんだけど、こういう話ってどこからか流れるもんなんだよね。私が妊娠したことが噂されるようになってさ。陰でけっこう言われていたんだよ。でさ、役所の人から何度も話訊かされて、質問攻めにあって……ううん、お父さんの方がもっとつらかったと思う」
「……そ、それでお父さんとお母さん離婚したの?」
「ま、そうだね。元々そんなに仲のいい親じゃなかったんだけど。でもさ、きっかけを作ったのは私なんだよね。実のお父さんを好きになちゃった私が原因。で、お父さんとは会う事が出来なくなったんだ。何度も言ったんだよ。本当にお父さんの事が好きだって。本当に愛しているんだって。どんなに叫んでも、通じなかった」
「もう諦めたの……お父さんの事」
いつの間にか私たちの躰はベッドの上に倒れ込んでいた。
それでも私の腕は麻衣の躰を離そうとはしなかった。
「最初はね。ああ、やっぱりこんなのは駄目なんだって。周りの人たちがいうように思う様に、こんなことはいけない事なんだって、自分に言い聞かせていた。今までね」
「今までって」
「そう今まで。わたし言ったじゃない。『私は私だって言う事を諦めたくないんだって』諦めちゃ駄目だったんだよ。諦めなければ想いは通じるんだよね。ううん。そこにある糸を掴めなかったんだと思う。ようやく見つけたんだよ。お父さんの事」
「会えたの?」
「ううん。でもドア越しに話は出来た。今は顔を合わせることは出来ないけど……私が、大人になったら。私が二十歳になったら。私は一人の大人として、女性として……。お父さん。いいえ、私の彼に会えるから。私の――――彼が向かえてくれるから」
静かに私は麻衣の瞳を見つめ。
「良かったね」
そう言いながら、私の唇は
彼女の唇と重なった。
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