第37話 「ふり彼」と「ふり彼女」 ACT 2

食後のまったりとした空気に包まれる午後の業務。

程よい気温と、満腹感が夢の世界へと誘う。


「おっと、いけねぇ。寝ちまうところだった」

そんな気分を一気に目覚めさせるようなメッセージが、俺のスマホに飛び込んできた。

「雄太ぁ! 今度の日曜空いてる?」

ん? 香からか? 何だよ今度の日曜って明後日じゃねぇか。まったく何なんだよ。


別れた彼女。いわゆる元カノと二人で、あの焼き肉屋に行ったのが先週の事だった。泥酔した香りを俺は仕方なく、香はまだ来たことがない、新居のマンションに入れてしまった。


そこは俺と女子高生の美愛が住むマンション。


同棲という事ではなく、名目上……ルームシェアしている。と、いう事に。いや現実にルームシェアしているのだ。

そして隠していた美愛の存在を、一番知られたくなかった香に暴露してしまった。


いくら酒に酔っていたにせよ、その現実を突きつけられ狂気乱乱、怒りの刃(どうして元カノが怒らないといけないのかは分からないが)を俺に向け、叩きつけるかと思いきや。次の日の朝起きると、二人仲良く朝食の支度をしている姿に唖然とした。

「私達お友達になったの」はぁ? なんだか理解に物凄く苦しむ展開だったが、美愛との事は香は了承してくれたようだ。ま、一安心といったところだったが「お部屋まだ空いている家主さん」なんて香が言ってくるとは思いもしなかった。


しかも「私もここに住もうかしら」なんて、少し脅迫じみた口調で言われたのにはさすがに身がちじんだ。

まっ、ようは香りも自由にここへ出入りしたいというのが、本当の目的だったらしい。

それについてのはっきりとした返事は、俺はまだしていない。


「日曜? 何かあるのか?」

「あるから訊いてんのよ!」

なんかめんどくさそうだ。こうして、速攻で切れのいい返事を返す時は、面倒な事が俺を待ち構えている場合が多い。


「あのね、日曜日私の家に来てくれない? あ、家って言っても私のマンションじゃなくて実家なんだけど」

「はぁ? 実家って横浜の実家にか?」


「そうそう、ほらこの前お願いしたじゃない。親がさぁ、切れ始めたって。だから『ふり彼』として、両親に会ってもらいたいの。でないと私、強制お見合いさせられちゃう。何とか阻止したいんだよねぇ」

ええッと、確かにこの前香の「お願い!」に負けて承諾したけど、まさか親に香の彼氏として会えというのか。おいおい『ふり彼』でいいからさぁ。なんて軽く考えていいことなのか?


「ちょい待て、マジなのか?」

「マジ! 大真面目。だから『お願い!』」

で、出たぁ。メッセージでもこの言葉には弱い。弱すぎるぞ! 俺。


しかしだ。ここで屈してはいけない。

「香、今会えるか?」

「あ、ムリっぽい。さっきから上司の視線がこっちに来ちゃってるんだもん。そうだ、今晩雄太の所に行くよ。美愛ちゃんにも会いたいしね。それじゃ」


それじゃって、何だよ今度は美愛をだしに使いやがって。なんだかんだで俺んところに出入りするんだ。しかし麻衣と言い香と言い。二人も俺たちの邪魔……いや違う。出入りするの増えてねぇか。はぁ―、とりあえず美愛には連絡入れとくか。


「あ―美愛さん。学校お疲れ様です。業務連絡です。今日香りがうちに来るそうです。なのでそこんとこよろしく!」

俺はいったい何をやってんだ!


「先輩、なんかあったんすか?」

「な、なんでもねぇよ」

「そうすかぁ……」

「なんだよ山岡具合でも悪いのか? 元気ないじゃないか」

「別になんでもないっすよ」

そう言えば、朝から山岡の奴乗りが悪いというか、いつものあの訳わかんねぇ気合いがねぇよな。


「本当に調子悪いんだったら、医務室に行けよ」

「大丈夫ですよ。ははは、先輩も心配性っすね」

ふと横を見ると、隣の席が空白になっている。

あっ、そうか。今日は長野、強制有休日だった。有給は年間を通じて最低限取らないといけない日数がある。長野はその日数を消化するため今日は休みになっていた。


なるほどそう言う訳か。なんだかんだ言っても此奴、長野の事気にしてんだよな。

「なぁ、山岡今日は定時バンで上がらねぇか」

その言葉に山岡はムクッと顔を上げて

「いいっすねぇ。そうしましょう」

なんてゲンキンな奴だ。


「ただし、やることやっての事だけどな」

「うぃ―すっ」まったくやる気のない返事が速攻で帰って来た。




「あ、雄太さんからメッセージ来てたよ」


雄太さんからのメッセージ見るの、いつもちょっとワクワクしちゃうんだぁ。

ほへぇ! 業務連絡? ほぉ―、ああ、香さんが来るんだ。そうか。真っすぐ会社から来るのかな? 二人一緒に帰りになるとしたら、夕食香さんの分もたしとかないといけないんじゃない?

雄太さんに訊いてみようか? ……まっいいか。多分香さんの分も作っておいてもいいんだろね。そうなれば、冷蔵庫の中の物で足りないかなぁ。


また買い物かぁ。今週はちょっときついかなぁ。でも仕方ないか。

お野菜最近高いんだよねぇ……。なははは、なんだか私主婦してる? 主婦かぁ。料理を作って旦那様の帰りを待つ新妻。えへへへて、私達そんなんじゃないんだけど。最近妄想が激しくて……もしかして欲求不満?


ん――――、わ、私よりも雄太さんの方がそうなんじゃないのかなぁ。あ、……も、もしかしてそれで今日香さんを呼んだとか? て、事は私お邪魔?

うわぁー、どうしよ。まっいいかぁ。自分の部屋に籠っていよ――――、こ、声とか聞こえてきたりして。


よ、よし今晩は精のつくもの、あの二人に食べさせよう。


頑張れよ、雄太さん。香さんを満足させてあげてね。でも、元カノなんだから避妊はした方がいいよ。て、何考えてんだ私は。


いけない、私の方が実は物凄く溜まってんじゃないの?



でもさ、何だろうこの胸の中のモヤモヤと、チクチク痛く感じるのは。



やっぱり私も欲求不満だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る