第35話 美愛ニヤァ― ACT  10

そんな遠い過去の事じゃない。だけど、昨日みたいな近い過去じゃない。


『YUYU』確かに俺には覚えがある。

香と別れて間もない頃の俺。

人肌恋しさのあまり俺は『援助交際』のサイトで女の子と会う約束していた。

多分その相手は高校生であろうと思われる子だった。


はっきりとした年齢はプロフィールには記載されていない。年下であることは少しかわしたチャットで何となくそう思えた。それも女子高生位だという事を承知の上で。


約束した場所で俺は『ミミ』という子と出会うはずだった。

街灯が灯る夜の公園。人の姿などもうあまり見かけない時間。女子高生という先入観が俺を惑わせたのかそれとも、余りもの寂しさで全ての理性をつかさどる感覚がマヒしていたのか。

街灯の下、ベンチにたたずむ制服を纏った女の子に確認もせずに声をかけた。

だがその子は、出会うはずの女の子ではなかった。


「『ミミ』思い出しましたか? やっぱり記憶になかったんですよね」

にっこりと笑うこの子は……。間違いない――――あの時出会うはずだった子だ。


そうだ、俺はたった一度切り、あの日あの時。『YUYU』と名乗ったのだから。

「ど、どうして……。もしかしてサイトに何か仕掛けでもしてたのか?」

「やだなぁ、あそこのサイトそんな高性能なところじゃないですよ。私も美愛から話を訊いて本当はびっくりしたったんですよ。――――多分、あの時の人じゃないかって」

「単なる偶然か?」

「さぁ、どうでしょうねぇ。あんなサイトで知り合うこと事態、偶然という言葉が合うのかどうかは分かりませんけど。こうして本当に合う事が出来たなんて事思えば、多分これは運命て言うものなんじゃないですかねぇ」


「――――た、確かに」

「あ、煙草消えてますよ」そう言いながらスエットのポケットからケースを取り出し細巻きの煙草を銜え、ライターで火を点けた。そして「ふぅ―」とベランダの柵に身を寄せて煙を吐き出した。


「まだ未成年じゃないのか?」

「あはは、ごめんなさぁい。でもいいじゃないですか。硬いこと言わないでくださいよ。本当はあの時、私にこんな事以上の事を求めていたんじゃないんですか?」

空を見上げながら、煙草を吸う姿は本当に高校生なのかと疑いたくなるほど、様になっていた。


この子の言う通りだ。俺の求めていたことは、彼女が行っている姿よりいけない行為だった。実際は今、目の前にいるこの子ではなく、美愛にその行為を求めた。それに間違いであったにせよ、美愛に声をかけ連れ出したのはこの俺だ。そしてこの子は多分待ち合わせのあの公園に来ていたんだろう。


「私行ったんですよ、あの公園に。そうしたらいないじゃないですか! すっぽかされたんだって思って、すぐに『YUYU』さんへメッセージ送ったんですけど、あれから返事もないし、入室もしてくれなかったんですよねぇ」

やっぱり思った通りだ。あの時、女の子の声が聞こえたのをかすかに覚えている。


まぁこっちはてっきりお目当ての子だとばかり思っていたんだから、そりゃもう入室する必要も無かったわけだ。

それから美愛とは――――今に至る。と、自分で完結しまっているが、こりゃ今、物凄くやばい状態じゃねぇのか……俺。

もしかしてこの子は、俺をゆすろうとしている? 少し探りを入れてみようか?

いや、ここでこっちが弱みを見せれば、漬け込んでくるのかもしれないな。それなら。


「で、俺にまだ何かあるのか?」

ちょっとストレート過ぎたか。

吸っていた煙草を灰皿でもみ消して、ニコット笑い。


「別にぃ、私何かを求めている訳でもないんですけど。そんなに警戒しないでくださいよ。あれは、お互い様なんですから。もう忘れてください。ただ、どんな人かなぁって興味があったんで、今日無理なの承知で泊まらせてもらったんです。ああ、それとも今晩こんな再会でしたけど、お付き合いしますか?」


「いや、付き合わねぇ」

「そうですよねぇ―。私もさすがに美愛に悪いですからねぇ―」

「悪いって、俺らはそんな関係じゃねぇ。まぁ―、どこまで訊いてんのか知らねぇけど、美愛とはやってねぇし」

「うんうん、訊きましたよ。裸で一緒にベッドで寝てただけなんでしたよね。最後まではやってないって美愛も言っていましたからねぇ」

「ああ、そうだ―――――って、俺が熱出していたことも彼奴話したのか?」

「へぇー、そうなんだ。具合悪かったんですか。じゃぁ良かったじゃないですか。本当に私と出会っていたらセックスどころじゃなかったんじゃないですか」


まぁ言われる通りなんだけど……。そこを突かれるとへこむわなぁ。


「でもさ、雄太さんとこうして会ってみてよかったです。話してみて良く分かりました。とてもいい人なんだなぁって事。なんだか安心しました」

「まっ、いい人かどうかは俺自身分かんねぇけどな」

「美愛もいい飼い主に拾われたものです」

「おいおい、俺は猫――――拾った訳じゃねぇけど」

「あはは、私一言も美愛の事、猫だなんて言っていませんよ」

「あっ! ――――確かに!!」

何となく二人で笑った。


この子は思っていたよりも、いい子なんじゃないのか? ええッと確か奥瀬麻衣おくせまいっていうんだったかな。

「なぁ、麻衣ちゃん。あ、いきなり名前は馴れ馴れしいかな」

「ううん、嬉しいです。雄太さんから名前で呼ばれるの。麻衣って呼び捨てでいいですよ」

「それじゃ麻衣。そのなんだけど……まだ『援助交際』ってやっているのか?」


「援助交際? そうねぇ、どうだろう。気が向いた時かなぁ。それに私は『パパ活』だからね。同じ事かもしれないけど、誰とでも最後までやっている訳でもないし。まぁ、そろそろ潮時かなぁって、思っているんだけどね」

「そうか。俺から言うのもなんかおかしいというか、気が引けるんだけど。もうやめておいた方がいいと思う。取り返しのつかないことになる前に。もし、寂しかったら美愛に会いにくればいい」


「うん、ありがとう。やっぱ、雄太さんていい人だよ」

そう言ってにっこりとほほ笑みながら、麻衣は俺にキスをした。



「おやすみみのキスだよ」

少し照れた顔が、麻衣本来の姿を映し出しているようだった。



「ああ、長風呂しちゃったぁ――――んっ? どうしたの……二人とも」

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