第34話 美愛ニヤァ― ACT 9
「やったぁ―。ようやく終わったぁ!!」
「お、ようやく終わったか。どれ、確認すっから共有フォルダーに入れてくれ」
「うぃーすっ。そんじゃよろしくお願いしま――す」と、いそいそと自分のディスクを片付け始める山岡。
まったく帰り支度だけは手際がいいな。呆れながら、山岡が作成した書類を開き、精査する。相変わらずごちゃごちゃしてんなぁ。それでも大分見られるようにはなったし形にもなって来ている。だが修正箇所は多々ありそうだ。とりあえず、修正しないといけない部分だけチェックを入れて後は明日にしよう。
ふとディスプレイから視線をそらすと、すでに身支度を終えた山岡が「それじゃ、先輩お先しまっす!」とダッシュでオフィスを出ようとしている。
「ふぅ―」とため息を一つ漏らし「ああ、お疲れ」と返した。
さぁて俺も帰ろう。美愛の友達? そうだよな。いったいどんな子なんだろな少し興味が湧いてきた。
しかしあの部屋に女子高生が二人今晩いるという事を思うと、なぜか少し興奮する。あ、やっぱり俺っておじさんぽくなっちまったんだろうか。
何、期待してんだか。まったく!
パソコンの電源を落とし、俺もオフィスを出た。
「ふぅ―、さっぱりしたぁ。ありがとうね」
麻衣がシャワーを浴び終えてやって来た。
「ううん、大丈夫だよ」そう言いながらも私は夕食の支度に追われていた。
「手伝うよ」そんな私を見ながら麻衣が言う。
「うん、お願いしちゃおうかな。それじゃこれ続きやってくれる?」
「分かった」
麻衣は軽く返事をして私の横に並んでレタスを水洗いし始めた。
「ふぅ―ん。美愛手際いいよね」
「そぉお?」
「美愛ってお嬢様だから、料理なんてしないんだと思っていたんだけど」
「お母さんがね。料理好きだったから、その影響かな。女の子なんだからお料理位出来ないとって良く言っていたんだ。一緒に……。あれぇ、変だなぁ……今日は玉ねぎ使っていないんだけど」
涙が溢れていた。
そんな私の手を麻衣はしっかりと握った。
「……うん、そうなんだ。お母さんの事美愛は大好きだったんだね」
ひっくひっく。あふれ出した涙は止まらなかった。
「分るよ。大好きな人がいなくなっちゃうのって……絶えられない。でも絶えないといけないのが現実。私も……同じだから」
私の躰を引き寄せ、麻衣は強く抱いた。
涙は止まらなかった。だけど、とても温かかった。麻衣の躰の温もりが、心の寂しさと共にある温もりが。
私の中に流れ込んで来る。涙で濡れた瞼をそっと麻衣の指が触れた。
好きとか恋とかそんな感情はなかった。だけど、私たちの唇はかさなりあう。
柔らかい唇が、触れ合う。
IH コンロの上で、お鍋が沸騰し始めた。
「…………お鍋噴いてる」
「うん」
その時、玄関ロックが開いた。
「ご馳走様でしたぁ。ああ、なんだか久しぶりに美味しい夕食食べた気がしたなぁ」
「そうなの? 麻衣っていつもどんなもの食べてんのよ」
「どんなものって、ほとんど外食かなぁ。あ、あとお弁当とか」
「マジ! それであの躰。それって物凄くずるくない?」
「そうなの? 私は普通だと思ってんだけど」
「ずるいずるい。絶対ずるいよ」
帰って来た雄太さんは少し不愛想な感じがした。でも気を使ってくれたんだろう。ケーキを買ってきてくれた。
「初めまして、奥瀬です。今晩美愛の所にお世話になります。よろしくです」と雄太さんに挨拶したけれど、雄太さんは「あ、どうも」としか返さなかった。
すぐに自分の部屋に入りスエットに着替えて、特に麻衣に話しかけることもなく、夕食を済ませて「俺、風呂入ってくるから」と言って席をたった。
やっぱ怒ってるのかなぁ。
なんかちょっと冷たい態度が気になった。
「ねぇねぇ、雄太さんて思ってたよりイケメンじゃん。そうか、だからかぁ美愛は付いて行ったんだぁ」
「えええっと、そ、そうかなぁ。でも私、本当は誰でもよかったんだぁ。あの時は……。泊まれるところが確保さえできれば」
「はぁ、なんかホント美愛ってお嬢様だったんだね。行き当たりばったりで、たまたま出会った人たちがそれなりの人達だったから良かったものの。実際どうなってたか分かんないよ」
食器を洗いながら、麻衣は私をチクチクと言葉で刺していた。
確かに麻衣の言う通りだ。今まで出会った人たちがそんなにわるい? 人達じゃなったのは幸運だったんだ。それを思えば本当に馬鹿な行動だったと思う。
「でもさぁよかったじゃん。いい人に拾われてさ」
「またぁ、もう私は猫じゃないんだからね」
「あれぇ、誰か拾ってくれないかなぁって言って、公園のベンチにいたのは誰だっけかなぁ」
「ンもう麻衣の意地悪!」
そんなことを話していると、雄太さんが風呂から上がって来た。
「あ、お風呂上がったんだ。じゃぁ、私入ってくるね」
「ああ」そう言って冷蔵庫からビールを取り出し、ベランダに出て煙草を銜え火を点けた。
片手にビール缶を持ち、銜えた煙草の煙が夜風に流れる。風呂上がりの湿った髪が少し雰囲気を変えているのか、その姿をちらっと目にした私はなぜか「ドキっ」とした。
『私達そんな関係じゃないよね』
自分に問いかけたその言葉に顔が熱くなって、急いでお風呂へ向かった。
「あのう、雄太さん。急に泊まるなんて、わがまま言ってすみません」
麻衣はベランダで、ビール缶を開けようとしている雄太さんに話しかけた。
「いや、別に。気にしなくてもいいですよ」
「ありがとうございます。それで、大体の事は美愛から訊いちゃったんですけど……。ま、私的には良かったんじゃないのかなぁって思っています」
「そ、そうですか……。どこまで話したのかは分かりませんけど、出来れば余り他には広めてほしくないんですけど」
「はい、大丈夫ですよ。そこは心得ています。雄太さん。ううん『YUYU』さん!」
「ん?」
『YUYU』さんって……。何で俺の事をそんな呼び名で呼ぶんだ。
「あれぇ、もう忘れちゃったのかなぁ。そうかもねぇ……。あんなのすぐ忘れちゃいますよねぇ。実際会ってもいないんですからねぇ……『ミミ』と」
―――――『ミミ』……『YUYU』……。
銜えた煙草から灰がポロリと落ちた。
もう忘れかけていた記憶が一気に掘り起こされた。
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