第22話 嘘でしょ ACT  2

オフィスの中は各チームごとにブースが区切られている。自分のブースに戻るとすでに山岡と長野は各自所定のディスクに座っていた。そして、何やら二人でひそひそ話をしていたような感じが、ありありの雰囲気が漂っていた。

しかも俺の姿を見ると、何となく気まずそうにしている。


あつつつっ! こいつらマジに俺と香の事知ってやがんの。一体どうやって知ったんだ。俺はこのこと誰にも話していねぇのに。


こう言う情報は、どこかで動く。

それがどう発せられたかは分からないが、とにかく火のないところに煙は立たず……。いや火はなくとも煙は立つのかもしれないと、思わず苦笑してしまう。


ま、ただ単に別れたという事実が流れているだけなら俺はいいんだけど、実際その通りなんだから。ただ、その原因がどう言う事になって伝わっているかが問題だ。……意外と俺が浮気したとか、ドメスティックバイオレンスなどという根も葉もないことで広まっていたらそれは困りものだ。


ちょっと確かめてみるか……此奴らで。


「あのさ……」

「あ、久我先輩。別れたんですよね。蓬田さんと」

「ちょっと、山岡、あんた直球すぎ」

こっちから訊こうとした途端山岡が、長野が言うように直球を投げつけてきやがった。


「ええッと。ま、まぁ、そうなんだけどな」

「そっか、それでこの前熱上げたんですね」

「そ、それとあれとは違うような気がするんだけど」

山岡はジロリと俺の方に視線を投げかけ「いやぁあの頃先輩急に元気なくなったて言うか、結構荒れていましたよね。それに仕事もミスの連チャンで何度も部長に呼び出されていましたよね。俺、おかしいなぁって思っていたんすよ。先輩らしくねぇなって」


此奴良く見てんなぁ。言われてる事そのままだ。香と別れた直後は確かにミスの連続勃発。夜は夜で飲み歩いていたからなぁ。

「で、最近思うんです。俺」

途端に山岡の顔がニタぁ―とした顔に変わった。


「もしかして先輩、もう新しい彼女出来てるんじゃないんですか?」

「はぁ? 何でいきなりそんな展開になるんだよ」


「いやいや、隠さなくたっていいっすよ。だってほら、あんだけ荒れていた先輩が前の様にいいや、前よりもなんだか生き生きしているように見えるんすよ。もしかして蓬田さんよりいい彼女、早々にめっけちまったんじゃないのかなぁなんて。俺は思った訳で」


「おいおい、いくらなんでもそれは時期早々過ぎるだろう……。ちょっと待て、もしかして別れた原因って、お前俺にあると思ってじゃねぇのか?」

「えっ! 違うんですか? 先輩新しい彼女と付き合っていて、蓬田さんと別れるのにもめていて、それで荒れてたんじゃなかったんですか。それがさっきあんなに親しげに蓬田さんから声をかけられるまで落ち着いたんだなぁって、俺安心したんすよ。……本当すよ!」


「て、事は何か、俺が蓬田と付き合いながら他の女性と付き合っていて、そのもつれで別れたことになっているのか?」

「そうすよ。俺が訊いた話だとそうだったんですけど」

「あのさぁその話どっから出たんだよ」

「いやぁ、どっから出たって、みんな知ってますよ。少なくてもこのオフィスの中の人みんな知ってんじゃないのかなぁ」


……嘘だろ!!


ふと視線を何気なく部長に向けると、俺の視線を感じ取った。いいや今のこの山岡との会話を素知らぬ顔をしながらしっかりと聞いていたのか。俺に向け、ひょこッと握った拳に親指をたてた。


ああああ、部長まで知ってんだ。どうりで俺が熱上げて休んだ後、何となくみんなの雰囲気が変だとは感じていたのはそのせいか……いや、その前からこの噂は広がっていたのかもしれない。だから、あの時熱を上げ部長に、急遽休みを請う為に電話を掛けた時あっさりと了承したというのか。


うううううっ、また熱上げたくなってきた。

「はぁ」とため息が出て一気に体の力が抜けてしまった。


そんな俺に山岡はまた直球を投げつけるかの様に

「それですっね先輩。蓬田さんと先輩の仲が解決したと言う事を今日確認できたんだと思うんすよ。……で、俺、蓬田さんにアタックしようかと思ってるんです。いいですかねぇ、先輩。一応元彼の先輩の了解も得ておきたかったんすよ」

今度は目を血走りながら、握りこぶしを俺に向け言う。


マジかよう。なんだかあらぬ方向に話が展開し始めたが、ま、山岡じゃ香は手に余るだろうな。いやいや、それよりも香に「あははは、そうなんだぁ」なんて笑いながら適当にあしらわれて終わりじゃねぇのか。

俺は呆れながら「何でお前、蓬田なんだ? 彼奴俺と同期だぞ。お前より年上だぞ」と訊いてみた。


「何言ってんすか先輩! 蓬田香と言えば、社内結婚したい独身女性のランキングトップ10の中に入っているんですよ。それにあの微妙になまめかしいボディースタイル。最近髪短くしてイメージ変わってもろ俺好みなんすよ」

興奮しながら言う山岡に長野があきれながら「馬鹿じゃないのぉ。この種付け馬」とぼっそりと漏らした。


そもそも、俺はこいつら二人、付き合っていたもんだとばかり思っていたのだが、そうでもなかったみたいだ。ま、でも仲は変わらずよさそうなのはチームとしてはありがたい。

しかしだ、あの香がそんなランキングのトップ10に、ランキングしていたなんて初耳だ。最もそんなランキングがある事なんて、俺は知らなかったんだが。


そんな香と俺は今夜、二人で会う事を約束してしまった。


それはやっぱり極秘事項という事になるだろう。またあらぬ噂が立ちそうだ。

でも何だろうな。香の奴、あの「お願い!」って言うのに俺が弱いこと利用しやがって、こんだけ噂が広まっているのにかかわらず、あえてコンタクトを取って来たのは何故だろう。


一抹の不安もあるが、ここはもう行くしかないだろう。

あれこれ考えても今はもう仕方がねぇだろうな。さっさと今日の仕事片付けねぇと。

「ま、山岡お前の好きにしたらいいんじゃねぇのか」

とりあえず、俺は山岡にはそう言って返した。

「うっす! 頑張りま――――す!!」

おお、此奴燃えてるなぁ。仕事も燃えてくれるといいんだけど。



「さぁて今日は早く帰るぞ! 気合い入れて仕事しろよ」


「へぇ――ぃ」と気の抜けた声で山岡は返す。それに「はぁっ」と短いため息を山岡に向け長野は吐き、自分の仕事に入った。



とにかく今日は早く終わらねぇといけないのは確かだ。

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