第21話 嘘でしょ ACT  1

「いやぁ、食った食った」

「今日の定食、社食にしては旨かったっすね」

「ああ、今日のは 当たりだったな」


「そうですかぁ。私はなんかあまりだったんですけど……」

長崎愛佳ながさきあいかはちょっと不満気味だった。


「そんな事言って綺麗に平らげちまってんじゃねぇかよ。本当は旨かったんだろ」

いつもの様に、山岡昭やまおかあきらが長崎をつつく。


「だってぇ、お腹は空いていたんだもの」


「ははは、いいじゃないか、それぞれ好みはあるんだから。それにあれはどちらかと言えば男性向けの定食だな。あの味付けは」

「でしょでしょ、先輩やっぱり分かってるぅ!!」


「ちぇっ、久我先輩はいつも長崎の見方すんだからなぁ」

「お、そんなことねぇぞ! 山岡、昨日のあの報告書、俺直して部長に上げといたんだけどなぁ」

「えっ! マジすか。いつもすんません」


「ああ、いい加減あの程度の報告書くらい完璧に出来るようにしてほしいもんだよ」

「ほんとほんと、あんたはねぇ、ミスが多いのよ。そのおっよこちょいの性格に、なんでもめんどくさがるからそうなのよ」

「うっせいよ! 愛佳。お前には言われたくねぇ」


「まぁまぁ、二人とも。そこまでにしておけよ」

と、その時だった。社食を出て、オフィスに戻る俺たちの後ろから

「久我君、久我君」と、訊きなれた……。いやまだ胸に何かが刺さる想いを感じる声が俺を引き留めた。

振り返ればすぐ後ろに香の姿があった。


俺はあれ以来、香と顔を合わせることを避けていた。

俺と香は部署が違う。オフィスの階層も違う。同じ社屋の中だが、社内で頻繁に顔を合わせる事は無い。その分助かってはいるが、同じ社屋ビルの中だ。絶対に出会わないという事はない。


今まで、俺が避けていたように香も俺の事を避けていたんだと思っていた。

だから顔を合わせことなく過ごせていたんだと。

それが、今、香りの方から俺に声をかけて来た。いったいどういう事なんだろう。


山岡と長崎も振り返り、香の姿を見た瞬間「あっ」と、二人同時に声を漏らした。

こいつら二人は、俺と香りが付き合っていたのを知っている。まぁ他にも社内で親しい奴は、俺らの関係を知っている奴らが幾人かいる。

だが、俺たちが別れたことを知る者は、そうそういないと思うのだが……。


こいつら二人、知っている?


「あははは、俺達先に行っています」山岡が頭を掻きながら、どことなく遠慮気味に言う。

「ああ、わりぃ」

すたすたと俺から離れるが、二人の密やかな会話が何となく聞えて来た。


「なぁなぁ、久我先輩。蓬田さんと別れたんじゃねぇのか?」

「し――――っ! 聞こえちゃうよ」

あああ、やっぱりこいつら俺たちの事知ってやがる。


で、そんな俺をにこやかな顔で見つめている香りに、ドキドキしながら視線を向けると「ねぇ、ねぇ、久我君。今晩時間とれる?」と、問いかけて来た。


時間とれる? 今晩? どう言う事だ。


あれから、香は肩まであった髪をバッサリと切ってショートカットにしていた。それはそれで、今までの雰囲気とはがらりと変わり、若く見える。お世辞ではないが2,3歳は取り戻したような感じがする。


「あ、蓬田さん。急にどうしたんですか?」

「何よう! そんなに他人行儀にしなくたって」ニコッと笑うその顔に胸を締め付けられていた。


「今晩って急ですね」それでも俺はあくまでも冷静を装う。

「ごめんねぇ、ちょっと相談があるんだぁ」そして声を小さくして「こんな相談、雄太にしか出来ないからね」

はぁ? もしかして、元に戻ろうなんて言うんじゃねぇだろうな。あれだけ俺がお前に想いを馳せていたのに、あっけなく振っちまったお前がかよ。


「お願い! 時間何とか作って」

この香の「お願い!」というのには俺はかなり弱い。

思わず、付き合っていた頃の様に「しょうがねぇなぁ」そんな承諾の言葉を返してしまった。


「よかったぁ。やっぱり雄太は頼りになるよ。それじゃぁさ、夕食も兼ねながらいつもの焼き肉屋でいい?」

「ああ」

「よかったぁ。私今日は定時で終われるから、先に行って待ってるね」

屈託のない笑顔を俺に返し、胸のあたりで広げた手を軽く振り、「それじゃ」と言ってエレベーターホールへ向かった。


どっと汗が出ていた。

な、何だよ彼奴。こっちの気も少しは考えてほしんだけど。


別れた元カノとこうして話をするだけでも、まだ俺の心は癒えてないし、それに心も広くもない。

だが、何かを期待している俺がいることは間違いない。

この期待が裏目に出ないことを……。いや、一体俺は何を考えているんだ。


その時ふと、ああ、そうだ美愛に連絡しねぇと。彼奴夕食作っちまうだろうからな。

こうした時の連絡用に俺は、スマホをもう一台契約した。

そのスマホを美愛に渡し、使わせている。持っていた自分のスマホを川に捨てちまう大胆な子ではあるが、借りものであるものを、むやみに捨てちまうような子ではないことは確かだ。

今はまだ学校にいる時間だ。


約束通り、美愛は学校に真面目に通っている。成績もそれなりにいいらしい。ただ、今まで休んでいた分を取り戻すため、これから始まる夏休みはほとんど、補習につぎ込まれるらしい。


「あああ、夏休みずっと補習だって」

「仕方ねぇだろ。先に夏休み取っちまったんだから。2か月も」

「うっ! それもそうだけど……」

「仕方ねぇな、頑張るしかねぇだろ」

「はぁ―、そうだねぇ」

嘆く美愛のあの顔が浮かび上がる。


さっそくメッセージを美愛に送った「わりー、今晩外で済ませることになったから、夕飯大丈夫だ」すぐに既読マークがついて「分かった。もしかしてデート?」なんて返してくるもんだから、つい。


「んなもんじゃねぇよ。会社の同僚と飯食ってくる」と返してやった。

本当は元カノの香りと二人なんだが……。



少し心に後ろめたさを感じる……。


でもよう、香には美愛の事は絶対にばれない様にしねぇとな。


そんなことを思いながら、俺はオフィスへと向かった。

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