第15話 私をここに置いてください ACT 5

薬のせいだろうか。あれから俺はまた寝入っていたようだ。

ふと目が覚め、スマホの時計を見ると午前1時を表示していた。


トイレに行きたくなり体を起こした。思っていたよりも体が軽く感じる。

大分落ち着いたんだな。

そんなことを思いながらドアを開くと、常夜灯の淡い光の中。あのソファーの中でスースーと寝息をたてている彼女の姿があった。


多分俺が寝ている間にシャワーを浴びたんだろう。彼女は俺のワイシャツを着ていた。

寒くないのかな。エアコンはついているし、部屋の中は一定の温度に保たれている。でも見た目何となく寒そうに見える。


あ、そうだ。俺トイレに行きたかったんだ。とりあえずは自分の用を達してからだ。

トイレから出て、また彼女の傍に来た。その寝顔を見ているとなんだろう。気持ちが和やかになる。


納戸から、毛布を持ってきて彼女にそっとかけてやった。

その時ハッとしたように彼女は目覚めた。


「ごめん起こしちゃった」

「ううん、毛布かけてくれたんだ。ありがと言う」

「君も熱上げちゃ大変だからね」

「大丈夫だよ、だって私まだ若いんだから」ちょっと頬を膨らまし、むっとした表情があどけなくて可愛い。


「あはは、そうか。でも俺もついこの間までは若いつもりでいたんだけどなぁ」

「ふぅ――――ん。そうなんだ。でも多分まだ20代なんでしょ」

「まぁな。今28歳だ。もうじきおっさんと呼ばれる年になるんだと思うと、ぞっとするけど」

「あははは、おっさんね。そうねぇ、30過ぎたらおっさんかなぁ」

「あああ、まじまじ言うなよ傷つくじゃねぇか」

「ごめんごめん」

と言いながらニッコリとした顔で、自分の横の空いているところポヨンポヨンと手でたたいて。


「こっちに座ったら、寒いでしょ。あなたの方こそ、まだ完治していないんだから調子はよさそうだけど、またぶり返すわよ」


彼女の横に言われるまま腰を沈めると、自分にかかっていた毛布を俺にまでかけてくれた。

ピッタリと彼女の体が俺に密着する。


「どうぉ、あったかい?」

「うん、あったかいな」


「うん……私もあったかい」そう言いながら自分の頭を俺の肩によせてきた。

彼女の髪から甘い香りが俺の洟をくすぐるかのようにする抜ける。

同じシャンプーを使っているのに、なぜか彼女から放たれる香はとても甘い。


「なぁ、本当に大丈夫なのか? こんなにも家を開けちゃって、ほんと言いたくはないんだけど、心配してんじゃねぇのか」

「誰が心配しているんだろうね」

「誰がって、親とかさ」俺は当たり前の事を言ったつもりだったが、彼女の表情は曇り始めた。


「心配してくれる人なんかいないよ」


「いないって……」

「私の両親、2年前に事故で死んじゃったんだ」


「……ご、ごめん」

「別にいいよ。今は叔父さん夫婦の所に一応引き取られているんだけど、居ずらくてさ。私はお荷物なんだよ。あの人たちにとっては。だから帰っていないんだ」


「もしかしてそれって家出してきたって言うのか」

「家出? ん――――っ。私的にはちょっと違う意味なんだけど。ただあの家には居たくないんだよね。だから帰っていないだけ」

「あのさぁ、それを家出っていうんじゃねぇのか?」

「……そうだっけ」てへっと手を頭に軽く添えて言う。


「どれくらい帰っていないんだ」

「んーとね、大体2ヶ月くらいかなぁ」

「2ヶ月もか! 捜索願とか出てんじゃないんのか」


「出ていないみたいだよ。前にお世話になった人の所のパソコンで調べてみたけど、私の名前は出てこなかったから」

「でもさぁ、学校とかで騒ぐんじゃないか。2ヶ月も無断欠席だなんて」


「そうだね。それでも捜索願も何も出ていない。て、いう事はあの人たち自分たちの都合のいいように、学校も言いくるめているんでしょうから。何もないんでしょ」

「はぁ―、世の中そんなに甘くはねぇぞ! 多分何かかしらは動いてんじゃねぇのか」


「だとしたらそれなら、それでいいよ別に」


「それでこの2ヶ月間どうしてたんだ? そうか、もしかしてあのサイトに登録して『援助』で繋いでいたのか?」

「サイト? 『援助』? って何? そもそも今私携帯持っていないんだけど」


「えっ、携帯持っていないって」

「ああ、何となく後付けられそうだったし、めんどくさいから、川に放り投げてきちゃった」


「おいおい、それって不当投棄だろ」

「そっかぁ、そこまで考えていなかったよ。あははは」


あはははって、まったく無茶苦茶な子だよ。あ、携帯が無いって言う事は……もしかしてあのサイトで申し込んだ子じゃないのか。


「あのさ、携帯無いって言う事はさ、あのサイトの事は知らないんだよな」

「だからさ、サイトってなんの事なの? 私あの時、もうどこにも行くところなくて、あそこで一晩過ごす覚悟してたんだけど。そこにあなたが私を偶然拾ってくれた。いつものナンパだと思っていたんだけど、なんかちょっと違う気がしてたんだぁ。もしかして『援助交際』申し込んでいたの? なんかそんな気がしてたんだけど、もし泊まるところが確保できるんだったら、上手く便乗しちゃおうって、利用しちゃた」


はぁ、そう言う事か。だったら俺が申し込んだ子はすっぽかしを食らったって言う事か。なんかわりー事したような気がするけど。


「ほんと私的には助かったのは本当だよ。だってさ、あそこ意外と寒いしそれに街灯の下だから虫もいたんだよねぇ。私にとっては渡りに船って言うところだったんだよ」


顔に手を当て「はぁ―」と深いため息が出てしまった。


「どうしたの? そんなに深く考えなくてもいいじゃない。たまたま、迷いネコでも拾ってちょっとの間置いておいたとでも思ってくれればそれでいいよ」


「迷いネコって……さ」

「大丈夫迷惑はかけないよ。私明日。明るくなればここから出て行くから。あなたももう大丈夫そうだし」


「出て行くって、行く先あんのかよ」


「さぁね、……そこは分からないよ」それでも彼女はニコッとほほ笑んだ。

「さっ、ちゃんとしたところで寝れるところにいるんだから、ちゃんと寝よっと」


「ふぅぁー」とあくびをして「それじゃお休み」そいうと、あっという間にスースーと寝息を立て彼女は寝入っていた。


そんな顔を見つめながら、体に感じる彼女の体温が俺を温かく包み込み、何時しか俺も眠りに落ちていた。




目を覚ますと。俺の横にいた彼女の姿はなかった。

テーブルに置手紙を残して……。


「大変お世話になりました。今日病院には必ず行ってくださいね。早く良くなってね。それじゃ……」


彼女あのキャラ熊リュックもなくなっていいた。


もう出て行ったんだ。

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