第16話 私をここに置いてください ACT 6

「まったくなんて子だ」

俺はその置手紙を見ながら呟いた。


あ、結局彼女は俺からの金は受け取っていねぇじゃねぇか。確か立て替えてくれた。買い物までしてくれたのに。

もう会う事もねぇのかな。……多分出会う確率なんて無いだろうな。


一体これからどうすんだよ。もうすからかんだって言ってたじゃないか。

また知らない男に拾われて、それを繰り返すつもりなのか。

本当にそれでいいのか……。言い訳ねぇだろう。帰りたくない、でも帰れる場所があるんだったら帰れよ!


それがお前の為なんだから。


自問自答ではないが、なんだか沸々と湧いてくる怒りの様な感情が俺の心を締め付けた。

それでも彼女を探そうとはしなかった。


夜中に彼女と話した中に、もうこれっきりなんだという想いがこめられていたように感じていたからだ。

でも、これでいいんだ。俺の中に生まれた淡い期待は、淡いうちに消えた方がいい。


「迷いネコでも一時預かったと思えばいいでしょ」

彼女はそんなことを言っていたが、その通りだと思う事にした。


一夜限りの肌の温もりを得たいがために、出会った彼女は。俺の心に温もりを残して消えて行ってしまった。


「ふぅ―、やっぱり今日は会社休もう」


部長の携帯に直接電話を掛けた。まだ出社時間には早いからだ。

「おいどうした久我」相変わらず出るのが早い。


「おはようございます佐久間部長。実はおとといから高熱を上げてしまいまして、まだ落ち着いていませんので、本日急遽ですが休ませて頂たいのですが」

「熱! 何度あるんだ」

「42度でした。今もまだ9度くらいあります」

「おいおい、早く医者いってこい。今日はいいからゆっくり休め。あ、そうだ、山岡にも連絡入れとけよ。いいか」


「はい、分かりました。済みませんがよろしくお願いいたします」

「ああ、早く直せ。それじゃぁな」


佐久間敬之さくまのりゆき。俺が所属する第二食品部の部長。俺の直属の上司となる。外見は武骨で威圧感を感じさせるが、根は部下思いのいい上司だ。

ここの所、本当に佐久間部長には、迷惑をかけっぱなしだ。それに熱まで上げて会社を休む連絡をしなくてはいけなくなるとは正直心苦しい。

部長の言うように早く良くならないといけないな。


ああ、そう言えば山岡にも連絡入れとけって言われたな。

山岡昭やまおかあきら。彼は俺の部下。まぁ後輩になる。

俺のチームに所属している。入社2年目の本当の駆け出しの社員だ。このほかに山岡と同期の長崎愛佳ながさきあいかがいる。

俺はこの二人の指導役でもある。だからだろう。今日休むことを山岡には伝えておけと部長が指示したのは。


山岡にはSNSでメッセージを入れておいた。どうせ通話したにせよ、出るような奴じゃない。

山岡にメッセージを送信したが、すぐには既読にはならない。相変わらずだな。電車の中でまだボケッとしてんだろうな。

ま、いいか。そろそろ病院にも行かないと。


身支度をしてから、俺はあの薬袋を頼りに病院に連絡をして、受診予約をしてもらい家を後にした。

そう言えばこっちに越してきて、病院にかかるのは初めてだったな。

そんなに遠い場所でもなく、かといってすぐ近くという訳でもないこの距離にあるとは。意外と穴場だったのかもしれない。


歩いておよそ15分くらいの所にあるのだが、まださすがに体はきつい。

受付を済ませ呼ばれるまでソファーに座り、体を休ませた。


うとうとし始めた頃俺の名が呼ばれ診察室に入り受診すると、年配の、と言っても俺の親父と同じくらいの年。いやもう少し上だろうという見た目の医師が俺の顔をじっと見て

「大分良くなった感じだね。良かった良かった」とにこやかに言う。


「そんなに酷かったんですか?」

「ああ、熱は高ったね。体力が落ちていたところに悪い菌でも入り込んだろうな。でも妹さんと同居していて良かったな。男の一人暮らしは、ああなるとほんと何も出来ないからな。妹さんに感謝だ」


妹? もしかして、そうかそう言う事か。そうだよな身も知らない男です。今日出会ったばかりの人です。なんて言えねぇよな。

あ、それでかなのか。何となく妹と言うフレーズに引っかかるものを感じていたのは。


「そうですね。ほんと感謝しています」

「ああ、そうだな。それじゃま、まだ熱9度もあるから点滴でも打って行くか」

結局点滴が終わり、薬局から薬を受け取ったのは昼ぐらいだった。


今日は天気がいい。梅雨時期にしては少し汗ばむ感じがする。もうじき夏が来るんだな。

そのまま帰宅しようかと思ったが、何となく足はあの公園へと向かっていた。

よく放火魔が、自分で火を点けた家が燃える様子を見に来ると言うが、もしかしたらその心境に近いものがあるのかもしれない。


俺が偶然に彼女と出会った、あの公園のベンチへと俺は向かっていた。


「いる訳ねぇよな」そんなことを口ばさみながら。

「ほうら、やっぱりいねぇ」何を期待してたんだか。居て当たり前だという思惑が見事に外れてしまった感。残念な気持ちになる。「馬鹿か俺は何期待してたんだ」自分に呆れてしまう。

何かを確認し終わったと言うのが自分の中で解決したようだった。


そのまま帰ろうとした時。公園の出口の外壁の方から男の声が聞こえて来た。

「なぁ、暇だったら俺たちと遊ばねぇ。月曜の昼にぶらぶらしてるんだから暇なんだろう」

ああ、こんな事を訊いてると、何となく胸に何かが刺さる気がする。どっかの馬鹿な若造がナンパでもしている感じの言葉だ。その声の主の姿は外壁に遮られて見えない。


だが、その時だった。


壁の端から出てきたそのリュックを見た時、俺の足は自ずとその声の主の方に動いていた。



あれは……。

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