第13話 私をここに置いてください ACT 3

まさかなぁ。軽く定番の様に自分の頬をつねってみた。


痛みはあるなぁ。て、事は本当のことかぁ。そうか……やっぱり誰か傍にいるって言うのは安心感がある。


そんなことを考えていたら、汗で締め切ったスエットが体を冷やし始めていることに気が付いた。

と、とりあえず、着がえよう。


納戸の中の箪笥を開け、パンツを出し履き替えようとした時ドアが再び開いた。

「あ、そうだ。飲み物も買って来たから……」


パンツを脱いで全裸になっているところを見られてしまった。

「うっ!」ここはキャァーとでも叫ぶべきだろうか?


「あ、着替え中でしたか。済みませんでした」と、動揺一つ見せずドアを閉めた。これだけこの状態を普通にかわされると、かえってこっちが恥ずかしい。


一応俺、男なんだけど……。


えるわぁ。俺の心も……下の者も萎えてる。

そんな下の者を見ていると、よけいに虚しくなるのは何故だろうか。


ま、仕方がない。何が仕方がないのかはさておき、とりあえずパンツを履いてジャージに着替えた。脱いだスエットとパンツを洗濯機に放り込まないといけないな。扉を開け脱衣所に行こうと居間の中に入ると、いい香りが漂ってくる。

お、これは出汁の香りだ。んー懐かしいというか、実家にいた時はこの香りが日常の様にしていたのを思い出す。


店で嗅ぐこの出汁の香りは当たり前の香り、だが、自宅と言うある意味プライベートな空間でこの香りに遭遇すると、何か落ち着いた感の中にワクワクな気分にさせてくれる思いに駆られるのは俺だけだろうか。


キッチンで鍋を静かに見つめている美愛……さん。その姿には幼さよりも女性から漂わせる安心感を漂わせていた。


「いい匂いだね」

声をかけると静かに彼女は俺の方を向き。


「うん、御出汁の香りは落ち着くね。まだ時間かかるから。あ、洗濯ものね、脱所の籠に入れておいてくれるかなぁ。他の物と一緒に洗濯するから」

「あ、……うん。ありがとう」

なんだかお袋がいるみたいだ。


言われた通り、洗濯ものを籠に入れ、俺はまた寝室に戻った。

まだ正直ふらふらとする。

「ふぅ―」と一息ため息を漏らし、もそもそとまたベッドへと潜り込んだ。


天井を仰ぎ見ながら、彼女がいてくれてたことに、思わず顔がほころんでしまっている。

もし天井が鏡だったら、相当ニタついた顔になっているんだろう。

当初の目的。そう俺は彼女を抱く事を目的にこの家の中に招いたのだ。そのことなど今やもうどうでもよくなっている。ま、今はこんな状態だからかもしれない。


でもいいものだ。くどいようだが、傍に誰かが居てくれと言うのはいいものだ。それが女性であることが、ポイントなのかもしれないな。

まぁ男性でもいいんだけど、これほどまでもの安ど感は生まれてはこないだろう。


このまま……。それはあり得ないことだ。そんなことを期待すること自体間違いだ。


そんなことを考えていた時、ドアがこんこんとノックされた。

「あのぉ、……。御粥出来たんだけど」

今度はかなぁ―りしおらしく話しかけてくる。さっきの本当は彼女気にしてんのかな?


「あ、うんありがとう。今そっちに行くよ」

「大丈夫? 持ってこようかと思ったんだけど、こっちに来てくれるのなら助かるけどね」

そう言いながらニコッとほほ笑む顔に、ちょっとキュンとなる。


よいしょッと、まだ少し重く感じる体を動かし、キッチンに行くとテーブルの上には、湯気が漂う御粥が器に盛られ置かれていた。


「美味しそうだね」

「そぉお? お口に合うかどうかは分かんないけど、食欲はあるみたいだね。良かったぁ」


椅子に座り、目の前にある御粥をスプーンですくう。程よくきいた出汁の香りがはなをぬけると食欲が増進されような感じがする。


「あちっ!」

「そんなに慌てなくても、出来立てだから火傷しちゃうよ」


そう言いながら、俺の横で、少し前かがみになり、前に垂れる髪を手で支えながら、手に持つスプーンに彼女は「ふぅ―ふぅー」と息をかけて冷ましてくれた。


こう言うのって、なんか物凄く憧れていた。


香とは、こんな事なかったなぁ。なんだろう今思えば、香との関係って何だったんだろう。

会社の中じゃ普通に同期社員と言う関係だったし、外で二人でいる時は飯食ったり、飲みに行ったり。まぁ彼奴の買い物にはよく付き合わされたなぁ。

あとはセックスだけかぁ……。


それを思えばなんだか、心のよりどこりがなかった。とも言えるのかなぁ。

もしかして俺たち、って……。ただ単に付き合っていただけの関係だったのか。

お互いの気持ちは触れ合ってはいなかったんだ。……香はあの関係以上には進む気はなかった。俺だけが一人で進んでいたんだ。


あははは、なんだか余計に虚しく感じるなぁ。俺一人で舞い上がっていただけだなんて思うと……。


「ん、どうしたの? もう冷めたと思うよ」

俺の顔のすぐ横で不思議そうな顔をしながら、問われた。


「あ、いやなんでもないよ」そう言いながら、あむっと、スプーンを口にはこぶ。


「う、旨い」思わず声に出てしまった。

「本当に?」

「うん本当、旨いよ。料理上手なんだ」


「上手って言うかさ、やっていたから……。テーブルにつけば料理が出てくるような生活じゃないってことよ」


「でもお嬢様なんだろ」


「う―――ん。そこんとこはどうなんだろうね。他から見ればそう思われかもしれないし、でもお嬢様っていうのがどう言う事を意味するのかも、今の私には理解と言うか、良く分かんないなぁ」


「あんな超が付くお嬢様学校に行っているのに?」

「やっぱ、そう見えちゃうのかなぁ。えへへへ」

はにかんだ顔が物凄く可愛い。



こんな子が妹だったら……。ん、妹? はて、なんか引っかかるなぁ、妹と言うこの響きに……。

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