第12話 私をここに置いてください ACT 2

「おかえりなさい雄太さん」

「ああ、ただいまだ」


「どうしたの? 今日はなんか物凄く疲れているようだけど。会社で何かあった?」

「う、う―――――ん。まぁね、いろいろとね」


「大変だね。でもさ、今日の夕飯はハンバーグにしたよ。雄太さんパスタも好きだけど、ハンバーグも好きだよね」

「お、嬉しいなぁ。美愛みあの手作りハンバーグ」

エプロン姿の美愛。何かとても新鮮味を感じる。


「もう少しかかるから、先にお風呂入ってきたら。準備できてるよ」

「ああ、ありがとう。そうするよ」


美愛とあれから俺は一緒に住むことになったようだ……?

ん? 一緒に住む……マジなのか?


ガタンと脱衣所のドアが音がした。

「ねぇ雄太さん、私も一緒に入ってもいい?」


「えっ! おいおい、いいのかよ」浴室のドアが静かに開いた。

全身全裸のあの美愛の体がこの目に映る。


「何よ今さらそんなに見つめないでよ。私の裸いつも見ているでしょ」

「え―――――っと。綺麗だなって」

「うふふふ、ほんと雄太さんって口がうまいんだから。背中流してあげるよ」


「いいの?……」

「だ・か・ら……いいって言ってるでしょ。でもさぁ、いつも思うんだぁ、雄太さんの背中って大きいねぇ……。よし、それじゃ、前も洗ってあげる」


「ええっ、前は自分で洗えるよ」

「あれれれ、恥ずかしいのかなぁ。今さら……もう何度も私に……」


ハッとして目が覚めた。


……ゆ、夢だったのか。そうだよな、そんなことあり言えねぇことだ。

しんと、静まり返った寝室に俺一人だけがいる。


今、何時なんだろう?

ごご4時……。俺、ずっと眠ったままだったんだ。


それにしても凄い汗かいたんだ。スエットが湿っぽい。着がえた方がいいな。

体を起こすとグラッと、目の前がゆがむ。

相当酷かったみたいだ。


何とかゆっくりとベッドから抜け出し、ふらつく体を壁に付いた手で支えながら、着替えを取りに納戸の取っ手に手をかけ扉を開けた。


「確かもう一着スエットがあったはずなんだが」

いつも置いてある場所を探したが、スエットは見つからなかった。


「あれぇ、おかしいなぁ」確かあったはずなんだが……。ふと、またベッドの方に目をやると、病院から処方される薬袋が目に付いた。


俺、病院に行ったのか?

記憶にねぇんだけど……。


そう言えば、彼女は……? 呆れて帰っちまったんだろうな。いきなりこんな状態になっちまったんだし、面倒なことには関わりたくなんかねぇよな。


「ふぅ―」とベッドに腰かけて薬袋を手に取り

「マジで記憶にねぇな」


でも、こうして薬があるって言う事は、病院に言ったか医者に診てもらったてことだよな。俺が自発的に動いて行ける状態じゃねぇよな多分。じゃぁ……彼女が。それで落ち着いたところで帰っちまったて言う訳か。


まぁ仕方ねぇな。なんかわりぃ事してしまったな。


確か、白百合学園の、野木崎美愛のぎざきみあって言う名前だったよな。

でも、もう二度と会う事なんかねぇだろう。

偶然街中で会ったにしても、こっちから声なんかかけることは出来ねぇし。『援助交際』目的で出会った相手なんかと……。


その時だった。居間の方から「ふぅ―じかれだぁ!」と声が聞こえて来た。

「ん?」そして寝室のドアノブが動いた。


ドアが開くと、じっと俺を見つめるスエット姿の彼女がいて、その俺を見つめている彼女をじっと見つめる俺がいた。


俺はそんな彼女を見つめ「居たんだ」と思わず口に出してしまった。


「居たんだって何よ!」

「だって、もう帰っちまったと思っていたんだよ」

「そんな、あんな重病人ほっといて帰れるわけないでしょ」

彼女はちょっと頬を膨らまし「プン」としながら言い返した。


「ごめん……。もしかして医者呼んでくれたの君なの?」

「あれぇ、覚えてないの?」

「まったく。この薬袋見て、とにかく医者には診てもらえたんだてことは分かったんだけど」


「はぁ―、ほんとにあの時の事は、全然覚えていないんだ」

「ごめん、覚えてない」


「そっかぁ、でもこうして起きれるくらいまで、良くなったんだから良かったよ。もしかしたらあなた死んでしまうんじゃないかと、すんごく心配したんだから……。久我雄太くがゆうたさん」


「……んと、俺、名前言っていたっけ?」

彼女はその問いに答えるように、薬箱から一枚のカードを取り出し

「ほら、ここに書いてあるじゃない、保険証。久我雄太くがゆうたって」


「あ、ほんとだ! なるほど」

「私の名前も、もう知ってんでしょ。学生証見たんだから」


「……うん。野木崎美愛のぎざきみあさん」

「ンもう、学生証ブレザーのポケットに入れてたのは迂闊うかつだったけど、仕方ないかぁ」

「白百合学園に通っているんだね。超が付くお嬢様学校じゃないか」


「べ、別にぃ……そんなの。普通の高校よ。それに今は私お嬢様なんかじゃないし」

「今はお嬢様じゃないって、それじゃ前はお嬢様だったてことなんだろ」


「もう、いいじゃない今はそんな話。それよりこれだけ話せるようになったんだから大分良くなったんでしょ。何か食べれる? 今、近くのスーパーまで行って、ちょっと買い物してきたんだけど……。お金そんなになかったから、大したもの買えなかったけど、御粥とかなら食べれるでしょ。まったくお米も何もないんだから……。あ、パンはあったけどね」


「えっ! 買い物もしてくれたんだ」

「……んッとね。私3千円しか持っていなかったから、ほんとに大したもの買っていないんだけど」


「ご、ごめんありがとう……後でその分清算するよ」


「んっ、まぁ、そ、それはあとでもいいけど。それじゃ御粥作るから待っててね」


「あ、う、うん。よろしくお願いします」


彼女……いや、美愛さんはそのままぱたんと寝室のドアを閉めた。


なんだ物凄くいい子じゃないか。

あ、俺のスエット……彼女着ていたなぁ。そりゃぁ無い訳だ。

意外と似合っていたけど……ただ、かなりぶかぶかだったな。良くあの格好でスーパーまで行ったよな。


それで俺の為に今彼女は、食事を作ってくれてる。



あれぇ! なんだか記憶に残る夢に似てるんだけど。


これって現実? もしかしてまだ俺、夢見ている?

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