第8話 交わりは一直線 ACT 3

「うわぁ、気持ちいい」

開けていた窓からふわっと、風が舞い込んだ。風呂上がりの火照った彼女の身体をすり抜けるように。


6月の中旬。梅雨時期のつかの間の晴天だった今日は、気温が上がった。

それでも夜になれば、吹く風はちょっと肌寒い感じの風だ。


だが風呂上がりの彼女にとっては、心地良い風だったんだろう。


「さて、俺も風呂に入ってくるか」

「あ、もうちょっと待ってまらえると、助かるんですけど」

「どうしてさ?」

「洗濯もう少しで終わるところなんです」


「ん、ああ、そうか。でもさ、あれ乾燥もセットしあるんだろ。だったらまだかかるんじゃねぇ。それに洗濯物、取りはしねぇよ」

そうそう、下着よりも俺は君のその体が欲しんだよ。


「俺が上がってからでも十分に間に合うし、大丈夫だよ」

「そうですか。ではそうしますね」

「ああ、じゃぁ、俺入ってくるから」


脱衣所に行くと、洗濯機はすでに乾燥モードに切り替わっていた。

そう言えば俺まだ、ワイシャツ姿のままだった。

一旦脱衣所を出て、寝室へ入る。


その寝室でここぞとばかり幅をきかせている、キングサイズのベットが目に入る。

ここを契約したその日、俺はこのベッドも購入していた。

手際がいいと言えば聞こえはいいんだが、それも何もかも全て水の泡となってしまった今は、ただ広すぎるこの家の空間と、寝室に我ここにありばかり、存在感を露わにしているこのベットがいかにも虚しい。


しかし、いまとなってはもうどうすることも出来ないし、せっかく買ったんだからこの広いベッドで俺は悠々と眠りに興じていると言う訳だけど。……。ただ、一人で寝るには肌寒いのは確かだ。


「あっ!」とスラックスのポケットに忍ばせていた”あれ”を、そっと枕の下に隠し置く。これは必需品。実際めんどいから、あんまり好まないんだが、まだ高校生の彼女を妊娠させてはなんともならない。まして一夜限りの関係だ。後腐れない様にするにはこれが一番手っ取り早い。


ワイシャツとスラックスをハンガーに掛け、納戸の箪笥かっら、スエットを取り出す。一人ならパンツ一丁で脱衣所まで行くんだが、さすがに今日は彼女がいる。目の前をいきなりその姿……。あはは、さっき彼女が風呂に入っている時に乱入しようと気持ちが揺らいだ俺なんだが、気恥ずかしい気持ちにもなる。

とりあえずは一旦スエットを着こんで風呂に行こう。


準備は万端だ。


風呂に入って身体を綺麗にすれば後は一直線だ。


脱衣所ではまだ洗濯機が乾燥モードで稼働していた。

浴室のドアを開け、浴槽にたまったその湯を眺める。彼女が入った後のお湯。

それに入る事を考えるだけで、欲情してしまいそうだ。


ここまで来れば、やっぱり変態の域に達しているのかもしれない。


まずはシャワーを浴びて体を洗おう。

シャワーのコックを開くと、お湯が俺の体に豪雨のごとく降り注ぐ。

「ふぅ―」温かいお湯が俺の体を纏う。ホッと一息つける瞬間だ。


シャンプーで洗髪を終えた後、ボディーソープをいつもよりも少し多めに取り、念入りに身体を洗う。

少し躊躇いながら「これで大丈夫だろうか」などと口にするほど気にしているところは、彼女への礼儀でもある。


「そうだ、髭も剃らないといけねぇな」顎に手を添えるとジョリっという感触がする。シェイバーを取り、シェービングクリームを塗りジャリっという音を立てながら、剃り込んでいく。


「ま、こんなもんだろう」と、その時だ一瞬グラっと目の前がゆがんだ。


なんだなんだ! 貧血か? 血が局部に集中しすぎているせいからか!

なははは、おいおい、そんなに期待していいんだろうか……俺。


シャワーの湯を全身に再度浴び、泡を流し落とした後、彼女が浸かったお湯に体を沈めた。


「ああああ! 風呂はいい」


最近本当に荒れていたな。仕事はミスの連続で、部長の目の敵にされちまうし、この家に帰っても、ぽつんと一人でいることが絶えられなかった。


それにだ今日は、この家に俺以外の人がいる。


誰かが一緒にいるという……それがどういう目的で連れ込んだのにせよ、何となく気持ちにゆとりと言うか、安心感がある。

ああ、やっぱり、誰かとここには住むべきなんだろうな。

俺一人で済むには寂しすぎる。


そんなことを考えている俺の意識は次第に、なぜか重い石をからだに巻きつかれたように沈み始めた。

頭がふらふらとし始め、身体の自由が効かない。


「の、のぼせたんだろうか……」


このままでは何かやばい感じがする。早々にあがるとしよう。

浴槽から上がり、少し休んでから脱衣所で身体を拭き、バスローブを羽織るはずが、またスエットを着こんでいた。

ま、いいか。


ちょっと休んだら幾分回復した。着替えを終えた頃には大分落ち着いてきた。

「やっぱりのぼせちまったんだな。アブねぇ、これが一人だったら、風呂で意識失くして孤独死……あははは、笑いごとにしては寂しすぎる俺の結末だな」



さて風呂にも入ったし、いよいよ俺は罪深き男に、いや人間になり果てようとしている。



ゴクリと唾を飲み込み、彼女の傍へとその足は動き始める。

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