Dive to Witch's world ―4
当然、というか。
これだけ制作側も力を入れて作り上げたであろうキャラクターに隠しルートですら存在していないということについては、ファンの間でも衝撃が走った。
有志の手によって綿密かつ徹底的に全ての選択肢や条件分岐が検証され、果てはデータ解析じみたことまで行われて隅々まで探し尽くされたものの、結果としてカトレアルート、ないしエンディングというものは一切、その痕跡すらゲーム内に存在していないという事実が判明しただけであった。
もちろん、私も当時は自分でその検証班に加わり、日夜ゲームを延々とプレイし、本編を何周もしては洗いざらい何かしらの可能性を見つけようとはしたものの、結局自分の目でもその存在を確認することは出来なかった。いや、存在すらしていないということを発見したというべきか。
とにかく、『ナイウィチ』のゲーム内にカトレアさまを攻略対象に出来るシナリオは存在していなかった。
制作陣はライバルキャラとの恋愛など需要がないとでも思っていたのだろうか、それとも乙女ゲームにおいて“女性同士”はないだろうとでも思っていたのか。
真相は定かではないが、少なくとも需要――というよりも、カトレアさまファンは現実に結構な数存在していたし、その中でも私はそれを世界で一番、誰よりも強烈に求めている人間だという自負すらあった。
しかし、そうは言ってもないものはない。
私も含めたカトレアさまファンはこうして報われない想いをモヤモヤと抱えながらも、涙を飲んでゲーム内での恋の成就を諦めるより他なかった。
そして、そうなるとファンはみな必然、次はより現実的なその願望の達成を目指すようになる。
ルートが存在していないなら、新しく作らせればいいのだ。
カトレアさまファンは全員、もちろん私自身も、そのために様々な行動を起こした。
『ナイウィチ』はジャンルにおける空前の大ヒットとは言わないまでも、そこそこの評判と人気を得た作品だったので、それに基づいて色々なキャラクターグッズの類も発売されていた。
その中には、ほぼメインキャラクターと言ってもいい本編内での扱いのおかげもあってか、数は少ないながらもカトレアさまがラインナップされているグッズも存在していた。
まず、それを全部集めた。
小さなものから大きなものまで全部、余さず買い集めた。
果てはメインではなく集合絵のような中に少しでも写り込んでいるものがあれば、それもグッズの一つとして認定して集めた。
そんな風にカトレアさまグッズを徹底的にコレクションするのは、さほど難しいことではなかった。
悲しいことだが、異例の人気を得ているとはいえやはりどこまでいってもライバルキャラ。真っ当にナイウィチが好きな人はやはり攻略対象の男性キャラクター達の方を好んでいたし、カトレアさまの人気もそのメインの男性キャラを越える程のものではなかった。
なので、キャラクターグッズも余り気味といえば余り気味だったし、ランダム封入されているタイプのグッズの中では若干ハズレ扱いまでされていた。
そうなると話は簡単で、どこに行っても余り気味なグッズは手持ちの資金で買えるだけ買い尽くし、ランダム封入のグッズは箱買いしてカトレアさま以外のキャラを全部カトレアさまとの交換に出せば引く手数多で交渉が殺到した。
そんな感じのことを繰り返している内に、私の手元には無限収集の勢いであらゆるカトレアさまグッズが集まり、溢れかえることとなった。
まあ、それはそれである程度満ち足りた気持ちにさせてくれたし、カトレアさまグッズだけで彩られた祭壇なんかを作成して悦に入ることも出来たりしたのだが、それはあくまで副次的なものであり、本当の目的は別にあった。
そうやってカトレアさまグッズの需要があることを示すことで、制作側に彼女の人気を訴えようとしたわけである。
そうしていけば、いつかはゲームの続編――あるいはファンディスク、あるいはノベライズやドラマCDなどで、カトレアルートのシナリオが作成、実装されるかもしれない。
そんな藁にも縋るようなか細い希望であったが、カトレアさまファンはとにかくそれを信じて行動するより他なかった。
同志達と互いに励まし合いながら、私も自分に出来る限りの範囲でその草の根活動を行っていた。
そして、グッズの無限収集だけでなく、平行して『ナイウィチ』のゲームソフト本体を何本も新品で買い集めた。
そうすることが作品自体へのお布施になって続編開発の可能性を高められるし、パッケージに封入されているメーカーへのアンケートはがきの要望欄に『カトレアさまルートを実装してください』と書いて何通も送ることが出来る。一石二鳥の手だった。
二十一歳、まだ一介の大学生でしかない自分であったが、本分である学業が疎かになるレベルでアルバイトを掛け持ちし、シフトを詰め込んでは、稼いだ給料をほとんどカトレアさまグッズ収集とゲームソフト購入につぎ込んでいた。
その時の自分は、まさしく狂っていた。
まさしく"人生で一番正気を失っていた時期"だった。
それ程までに、私はカトレアさまに恋い焦がれていた。
出来うることならば、ゲーム内のキャラの誰でもいいからその人と自分が成り代わって、他の者には目もくれずにカトレアさまにだけアプローチをかけ、恋に落ち、愛を育みたいとまで願って、妄想してしまうほどに。
しかし、日々高まり続ける私のそんな思慕に反して、『ナイウィチ』公式側の動きというものは一切、何も示されることはなかった。
別にそれも珍しいことではない。
移り変わりの激しいこのジャンル、日夜新しい作品が生み出される中、それらをかき分けて続編や派生展開に辿り着ける方が稀である。
ゲーム一本だけで終わってしまう作品なんてざらであるし、ナイウィチも一時局所的な評判を呼んだとはいえ、ここから更に作品を発展させていくかどうかは微妙なラインというのが正直な立ち位置だった。
続編が発売される可能性もどちらかと言えば薄い方。それはわかっていた。
けれど、そういう事情がわかっているからと言っても諦められるものではない。
私のこの想いはもはや"恋"だ。カトレアさまへの"恋"なのだ。
相手から完全にフラれもしていないのに、恋を諦められる人間はいない。
そんな恋の炎が時を重ねるごとに勢いを増して燃え上がり、頂点に達した結果、もはや人事を尽くしきっていた私は、遂に神仏へ縋ることにした。
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