惑う鎧の子守唄

@fister

第1話 戦いの始まり

末代まで祟ってやる。


陥れられ、処刑された男は最期に強くそう思った。

男を陥れたのは友であったはずの伯爵だった。

裁判ーもっとも、名ばかりのものではあったがーでみた伯爵の表情は決して許せるものではなかった。

それは、笑顔だったのだから。


処刑台に向かう道で、男は宮廷魔術師に教わったことを思い出していた。

リビングアーマーとは、戦場で死ねなかった未練ある戦士であるという。


戦士とはつまり武器を以て戦うものであろう。

男は貴族のはしくれではあったが、国で有数の剣の使い手でもあった。


どうせ果てるならば、戦場で果てたいと願っていた。

だが、友の裏切りによりそれは果たされない。

で、あるならば。


「たとえこの身を魔物に落とそうと、末代まで祟ってくれるわ。忘れるな、我が友であったものよ。たとえどれだけ時が流れようとも。貴様を、貴様の血を!呪ってやる・・・!」


そうして、男は処刑された。


王国歴355年、開戦派の一人であり、もっとも戦力を持つ貴族が処刑された。

それは、非戦派の謀略ではあった。

だが、その結果として。

王国は勝ち目のない戦争を行うことはなく、破綻しかけていた経済も交易によって建て直すことができた。

しかし、未練を残し死んで行った男には関係はなく、友を手にかけることになった伯爵には関係の無いことであった。


そうして、50年が過ぎた。



男は薄暗い部屋で目を覚ました。

今は何刻であろうか。ここはどこであろうか。


自分は死んだはずであるし、と周囲の様子を伺う。

カチャリと金属の音が鳴った。


(はて。この手入れされていない甲冑のような音は何事だ?)


男は戦士であった。甲冑や武器はつまり商売道具のようなものであり、音を聞けばその状態を図ることなど造作もない。

そして、男の価値観からすると侮辱であると感じるほどに、この甲冑の状態は悪かった。


この状態ではろくな戦働きはできぬ、と甲冑を外そうとした時、はたと気付く。


自らの肉体は既になく、身体と思い動かしていたのは甲冑そのものであった。

つまるところ、男はリビングアーマーと成っていた。


『成った・・・成ったぞ!我が怒り、我が恨みはここに結実した!あやつめ、目にものを見せてくれる。』


鎧からこだまのように自らの声が響く。

この肉体でも声は出せるようだ。


なおのこと好都合である。たとえいくら時が過ぎていても自らの恨みを伯爵家の人間に伝え祟ることができるのであるから。


(しかし、ここはどこであろうか。)


周囲を見回す限りは、宝物庫のようである。

宝飾品や銀器など、日常的には利用されない高価なものが納められている。

しかし、今は自分の体となった甲冑と同様長く手入れは行われていないようだった。


『これは、ヴァール伯爵家の紋章であるか?』


宝飾品のいくつかに、見覚えのある紋章を見つける。

これが本物であるならば、ここは仇の本拠、ヴァール伯爵家の宝物庫のはずであった。


しかし、そうであるのならば。


『何故、これほどまでに手入れがされておらぬ?』


このような雑事が苦手な自分と違ってあの愚か者は家の管理に手を抜く質ではなかったはずだ。

もし、年がいくらか過ぎていたとして、子の教育に手を抜くような男でもなかった。



(まあ良い、祟るべき口上がひとつ増えただけのこと)


ここがヴァール伯爵家であると言うなら好都合。

早速祟ってやろうじゃないかと部屋を出て、建物を徘徊する。


その日、ヴァール伯爵の館に悲鳴が響いた。

リビングアーマーが現れたのだ。


しかし、現在のヴァール伯爵家にはそれを退治できるものは居らず、助けを呼ぶことすら出来なかった。


何故ならー伯爵家には乳離れしたばかりの新伯爵と数人と使用人しかいなかったためである。

とどのつまり、ヴァール伯爵家は没落していた。


『これは!どういうことだ!何故!ヴァール伯爵がこのように年若い!?』


リビングアーマーは叫んだ。

なにしろここまで幼くては自らの怒りも怨念も伝わることは無い。

これでは祟りがいがないではないか。


これに困ったのは使用人たちである。

なにしろこの突然現れた魔物はずかずかと主の部屋に入り込み、様子を見るやいなや叫び始めたのである。


『何故だ。ヴァール伯爵家であれば大抵の難事はその知略を以て対応できるであろう。

そもそも貴様は数代先まで身代を保てるほどの稼ぎはあっはずだ・・・!』


最初は恐怖していたものの、この魔物は人に危害を加えるようには見られない。

祟ってやると息巻いてるわりに、しばらくの発言を聞いた限りはヴァール伯爵家を褒めているようにしか聞こえない。


一人の女官が意を決して彼に話しかけた。


「あの、鎧の方。先代様は先頃流行病で身罷られました。」


『なんだと?だか、それなら兄弟などが継ぐであろう・・・?』


女官は首を振る。なんでもこの領では大きな流行病が発生したそうだ。

先代ヴァール伯爵とその家族は領民の支援を惜しみなく実施した。

自ら陣頭にたち、人々の治療にあたっていたという。

本邸に子供だけと幾人かの使用人だけを残し、別邸で過ごしながら流行病と戦った。

その甲斐あって、流行病は収まったもののー

伯爵とその家族は病に倒れてしまったという。


「領民は伯爵様に感謝しています。ですがー」


なにしろ相手が病である。ヴァール伯爵でも対応しきれない余程の難事であったのであろう。


また、宝物庫のものは手入れされていなかった訳ではなかった。

手入れされていたほとんどの宝物は既に売りに出されていたのだ。

なにしろ薬や病で働けないものの食糧には金がかかる。

売り手のつかなかったものだけが宝物庫には残されていた。


流行病の完全な収束が確認されたら、新しい代官と後見人の候補がやって来ることになっているという。


「それまでは、私たちで新伯爵様をお守りすることになっています。」


『そうか。で、あるならば。決めたぞ!我がこの子供を守り育てよう!後見人となろう!』


この鎧は一体何を言い出すのか。

祟りに来たのではなかったのか。

それに、この子供は伯爵である。後見人となるからには相応の爵位が必要だ。


『このように幼い相手では我の怒りも恨みも伝わらないではないか。伝わるほどに大人になるまで守り育てねばならん。ヴァール伯爵家がこのまま滅亡してしまったら次代を祟ることもできん。』


末代まで祟るとは果たしてそれで正しいのだろうか。

だが、使用人たちは話し合いの末、この鎧を受け入れることにした。


なにしろヴァール伯爵家は古く名誉ある家系である。

その子の後見人となれば、そしてその子がまだ物心つかぬ幼子であるならば。

後見人になれればその名声や歴史を飲み込んでしまうだろう。


使用人たちでは、それに抗うすべはない。

彼らはヴァール伯爵家に強い忠義と感謝を抱いていた。

何しろ文字通り命懸けで民を守った主君である。

だから、何も出来ないとしても後見人となった貴族に全てを飲み込まれるのは本意ではなかった。

故に、賭けることにしたのだ。

末代まで祟るために次代まで見守ろうという少し抜けた鎧に。


「鎧の方、後見人となるには爵位が必要となります。お持ちですか?」


最も年かさの家令が鎧に尋ねる。


『我は爵位を持ったまま処刑されたからな。』


稀に、あることであった。

爵位を継がせずに処刑することで、家を取り潰さず、しかし次代も与えない。

本来死者が蘇ることは無いし、蘇ってきたとしても知性を保つことはほとんどない。

この鎧は大変希少な事例であった。

そして、鎧は厳かに宣言する。


『我はラモア侯爵ラインハルト。今は生ける鎧であり、ヴァール伯爵を守り育て、祟るものである!』


この物語は、呪われた鎧とヴァール伯爵家の忠臣たちによる、戦争の物語である。

その戦争の名をー子育てと呼んだ。

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