十一月 実は…あこがれ

「ちょっと、ちゃんと持ってよケイくん!」


 肌寒い日が続くようになった11月初め、僕は大学の学園祭に向けて、クラスで出す模擬店の準備に追われていた。揚げアイスという、どこか矛盾した名前のお菓子を量産するための大型コンロを、須崎マミと一緒に運んでいる。


「それにしても、揚げアイスってよく考えるとギルティ感満載だよな。揚げ物にアイスクリームって、どんだけカロリー増し増しに…」


「四の五の言ってないで、さっさか歩く」


 所属するサークルの模擬店設営から流れてきた須崎は、サークルのロゴが入ったウインドブレーカーを着ている。なんか、大学生という感じだ。僕もだけど。


 催し物の類にはあまり乗り気になれない僕だが、今回は柄にもなく、少しやる気がある。ユウカさんが、見に来てくれるからだ。


                  ◇


「え…学園祭、行って…いいの?」


 いつもの休憩時間、僕が誘ってみると、ユウカさんは少し戸惑っていた。


「でも…私、違う大学だし、ケイくんが、迷惑しない…かな」


「迷惑なんか全然しませんよ!ユウカさんが来てくれるなら、10倍頑張れます」


 渋々と、でもちょっと嬉しそうに、ユウカさんはスマートフォンに予定を打ち込んでいた。


 クラスの出し物が揚げアイスに決まると、僕はアイス揚げ当番に名乗り出て接客ポジションを確保した。そこから1、2週間ほど、同じく当番になった須崎とすったもんだしながら準備を進め、ついに学園祭前日となった。


                  ◇


 低く垂れこめた雲から、大粒の雨が降り始めると、須崎はあぁと溜息をついた。


「タイミング最悪。調理器具濡らしちゃいけないから、雨宿りしよ」


 近くに設営済みのテントがあったので、しばらく借りることにする。


「そういえば須崎、先週また告白されたらしいじゃん。モテるうちが花だから、そろそろ誰かと付き合えばいいのに」


 僕の知る限り、可愛くてスタイル抜群の須崎は1ヶ月に1回のペースで告白され、断っている。交友関係の広い須崎のことだ。あまり波風立てると後々差し支えるのではと、他人事ながら心配してしまう。


「もー失礼だな!それに、私はそういうの興味ないし」


 額にかかった髪の毛をさらりと払いのけると、須崎は降りしきる雨の向こうに目をやった。


「私、中高は女子校だから恋愛とかよく分からないし。それに…いいと思える人がいないんだよね。それより…」


 探るような視線を投げられる。


「ケイくんこそ、内藤さんと随分仲が良さそうにみ、え、る、け、ど?」


「え、あぁ…シフト被ることは多いからね、あはは」


 険のある言い方に、思わずたじたじとなる。


「内藤さん、物静かだけど、実は美人だよね。大人の女性って感じで。憧れちゃうなー」


 勝手に機嫌を損ねる須崎を眺めながら、僕は花火に照らされる彼女の横顔を思い出していた。何度かあのことを思い返すことはあったが、今でも須崎の真意は測りかねる。


「でも、内藤さんと喋ってるときのケイくん、素敵だよ。落ち着いてて、楽しそうで」


 ぽつり、と須崎がいう。思わず彼女をじっと見る。気付かない素振りで、須崎はさっと立ち上がった。


「雨、上がったね。もう一仕事、しよっか」


 雲間から差し込んだ光が、屈託のない笑顔を眩しく照らしていた。


                  ◇


 学園祭当日は青天に恵まれ、大学は沢山の来場者で賑わった。


「揚げアイスバニラ味、300円になります」


 掬ったアイスをパウンドケーキで覆い、パン粉をまぶして揚げる作業を繰り返しながら、僕は周りを見渡す。そろそろ、ユウカさんが来る時間だ。


「よそ見してないで、次のお客さん待ってるよ!」


 隣でアイスを揚げる須崎に叱られる。僕は「すみません」としおらしく謝ってアイスをスクープする。


「ケイ…くん」


 アイスに集中していたので、目の前の人影に気付かなかった。弾かれたように顔を上げると、厚手のタートルネックにロングスカートのユウカさんが、立っていた。


「あ、ユウカさん、いらっしゃいませ!アイスは何がいいですか?」


「それじゃあ、抹茶…ください」


 ユウカさんは須崎にも軽く会釈する。須崎は「内藤さん、来てくれてありがとうございます!」と営業スマイルを浮かべていた。


「せっかく来てくれたので、キャンパス案内しますよ。少しの間なら空けられるんで」


 そう言いながら、須崎に両手を合わせて拝み倒す。須崎はそっぽを向きながら「まぁ、10分ぐらいならいいけど?」と許可を出してくれた。


                  ◇


 ユウカさんと並んで、大学構内を歩く。見た目は完全にカップルだが、全く気にならない。というか、付き合っているように見えるなら嬉しいと思う。


「このレンガ造りの建物、明治時代に出来たんですよ。今も残ってるの奇跡じゃないですか」


 普段よりも饒舌になっているのを自覚しながら、あちこちを案内して回る。ユウカさんはいつもの無表情だが、僕が話しかけると軽く微笑んでくれる。それが嬉しくて、もっと早口になる。時間はあっという間に過ぎていった。


「大学の…ケイくん、初めて見たけど、楽しそうで…よかった」

 

 模擬店の前で別れる時、ユウカさんはしんみりと言った。お姉さんみたいだと思う。


「今日はありがとうございます!またシフトで会いましょう」


 僕が礼を言うと、ユウカさんは目を細めて僕と須崎に手を振り、紅葉で色付く並木道を歩いていった。

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