十月 実は…私だって
私の名前は内藤ユウカ。都内の女子大に通う、どこにでもいる大学生だ。
街路のイチョウ並木が色付き始め、秋の深まりを感じる。学生でいられる期間もあと半年弱となったこの季節に、これまでの人生を振り返ってみたい。
それと、最近アルバイト先で仲良くなった男の子の話も、しておこう。
◇
小さい頃から私は、いい子だねと言われて育った。
いい子、というのは手間がかからないという意味だ。家でも幼稚園や小学校でも、両親や歳の離れた兄、先生が言うことには大人しく従った。いつも静かだった私のことを覚えている同級生は、多くないだろう。
今日まで続く趣味となった読書は、小学校高学年ぐらいから徐々に習慣化した。音楽が好きで始めたピアノやバレエは、練習が嫌で長続きしなかった。その点、本を読むことには特に抵抗がなく、中学生になると駅前の書店に寄って文庫本を買うのが日課になっていた。
友達は少くはなかったが、多くもなかった。親しい友人に限れば、22年の人生で両手に収まるほど。その中でも、高校で知り合った村上ヒナとは、今でも無二の親友だ。
地元の中学を卒業し、大学までエスカレーターで行ける女子高に進学した私は、後ろの席に座っていたヒナに話しかけられたことをきっかけに、友達になった。引っ込み思案な私とは対照的に、ヒナは明るく社交的な、ショートボブの似合う少女だった。
「ユウカっていうんだ!うちの妹と一緒じゃん。なんか雰囲気も似てるし、妹二号だね」
独りでいたい時も構わず話しかけてくるヒナは、最初は正直苦手だった。けれども気付けば、自分からヒナに色んなことを話せるようになっていた。
「ヒナ、どうやったら初対面の人とも…仲良く喋れるの」
「簡単だよー!自己紹介して、名前で呼べば大体の人はガード下がるって。ね、ユウカ」
文芸部で小説を書いたり会報を編集したりと、根っからのインドア気質な私と違い、ヒナは興味のある物事をとことん追いかける行動力を持っていた。吹奏楽部でストイックな練習に明け暮れる一方、遺構研究会というマニアックな同好会を立ち上げて全国の歴史的建造物を巡ったりしていた。風のように自由な彼女を、私はいつしか羨望の眼差しで見るようになっていた。
◇
大学に入っても、ヒナとの関係は変わらなかった。彼女が公認会計士を目指してダブルスクールを始めたため、高校時代と比べて会う頻度は減ったが、キャンパスで顔を合わせれば相変わらず雑談に花を咲かせ、休日は猫カフェで一緒に癒されたりした。ヒナはインカレサークルに入り、他大学の彼氏をちゃっかりゲットしていた。
「ヒナは…すごい。ちゃんと彼氏もいて、将来の目標もあって…」
「なんだ急に。元気出しなよ」
ヒナはにこっと笑う。昔から大人びた雰囲気の彼女だが、笑顔は特別可愛い。ちょっとずるい。
「ユウカだって有志の読書会に参加したり、色々やってんじゃん。自信持て、妹二号」
大学3年の秋、ヒナは公認会計士試験に合格した。晴れて進路を固めつつある彼女と祝勝会と称してお菓子を食べながら、私は内心焦燥を抱えていた。
「おめでとう…ヒナ。もう就職決まったようなものだね」
「こっからが本番だよ。そういやユウカは出版社目指してるって言ってたけど、変わらず?」
「うん、好きな作家さんの本を出してるところが…第一志望。でも、倍率がすごく高いって…」
「そんなの気にしてもしゃーない。やりたいことあるなら突っ走れ!」
ヒナの激励もあり、私は出版業界で働く先輩に会って話を聞いたりと、自分なりに就職活動を進めた。
◇
引っ込み思案克服の思いを込めて始めた、イベント会場での接客アルバイト。そこで一木ケイと出会ったのは、4年生の春だった。
私がキャラグッズの段ボールを盛大にひっくり返して呆然としていると、遅刻ギリギリで駆け込んできた彼は大袈裟に驚いていた。びっくりした顔が、可愛いと思った。
兄がいるため、年上の男性とは比較的接し慣れていた私だが、3つ年下のケイくんと話すのは新鮮だった。初対面にもかかわらず私を名前で呼び、プレゼントまでくれて就活を応援してくれた彼は、どこかヒナを思わせた。
そこから何度も一緒にシフトに入り、先輩として彼を助けたり、美術館に絵を見に行ったりしているうちに、ケイくんは特別な存在に育っていった。中学生の頃、淡い初恋をしたことはあったが、いま感じている好意は、より確かなものだった。
自分の気持ちに改めて気付かされたのは、アルバイトの皆で花火を見に行ったときのことだ。ケイくんに、お調子者の佐々木レン、それとケイくんの同級生の須崎マミと一緒に静川河川敷に座り、一昨年ヒナと見に行って以来の花火を眺めていた時、私は勘付いた。
ケイくんにくっつくように座る須崎マミは、この機会に彼との距離を縮めようとしている。そう思った時、私は居ても立ってもいられなくなってケイくんに話しかけた。卒業しても、このままケイくんと一緒にいたい。その思いは、花火大会を経て一層強くなった。
その後、私は勇気を出してケイくんを猫カフェデートに誘った。彼は楽しんでくれていた様子だったので、ひとまず安心だ。これからも、可愛いケイくんのことを、もっと知りたい。
長くなってしまったが、乙女の胸の内を赤裸々に明かすのも、ここまでにしておこう。明日もケイくんと一緒のシフトだ。今夜は早めに寝よう。
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