九月 実は…小悪魔

 猫カフェに行きたい。


 終演後の片付けの途中、ユウカさんがぽつりと言った。新学期が始まり、残暑も弱まりかけた頃だった。


「いいですね!僕も1回行ってみたかったんですよ。今週の土曜はどうですか?」


 僕は一も二も無く賛成した。ユウカさんとネコ、これ以上の組合せは存在しない。証明終了。


 そんなわけで、いま僕は笹宿駅でユウカさんを待っている。駅の近くにある猫カフェを、テレビで見て気に入ったらしく、彼女が場所を指定した。昨日までぐずついていた天気も、示し合わせたような秋晴れだ。


 黄緑色のラインを流しながら電車がホームに滑り込むのが見える。しばらくすると、ユウカさんが改札に向かって走ってきた。白いセーターにベージュのミニスカートという見慣れない姿に、思わず見入ってしまう。


「ごめん…支度してたら、遅くなっちゃった」


「全然待ってないですよ。それじゃ行きましょう、ユウカさん」


                   ◇


 休日の笹宿は、人でごった返していた。人波をかき分けながら猫カフェへ歩いていると、ユウカさんが僕の袖を掴んだ。俯き加減のまま、ユウカさんは猫カフェまで袖を離さなかった。


 雑居ビルの階段を上ると、早速ネコたちの姿が見えた。ユウカさんが小さく、「わぁ…」と声を上げる。


 ドリンクバーでコーヒーを淹れ、ネコたちを眺められる椅子に腰掛ける。ユウカさんはメロンソーダを手に、隣に座った。普段は無表情だが、今日は大好きなネコに囲まれて頬が緩んでいる。


 ネコと一口に言っても色んな種類がいる。毛の長いネコ、足の短いネコ、ちょっと太り気味なネコ…。性格にしても、一匹で窓の外を眺めていたり、二匹で永久にじゃれ合っていたり、餌を求めて客に積極的にアタックしたり、無防備にお昼寝していたりと、千差万別だ。


 ネコを眺めて思考停止に陥っていると、ユウカさんが「餌…あげたい」と提案した。


 棒の先についたグミのような餌を買い、ネコたちの溜まり場に戻った瞬間、ご飯の気配を貪欲に察した毛玉の一群に囲まれる。そのまま、餌をもらえるまで居座っていいる。


 ユウカさんも同様で、白いセーターに三匹ほど入れ替わり立ち代わり取り付いて餌をねだっている。セーターが汚れるかと心配したが、ユウカさんは意に介することなく、よじ登ってくるネコを笑顔でじゃらしていた。


 今度はネコと戯れるユウカさんを眺めて思考停止に陥っていると、ユウカさんと視線が合って、くすりと笑われた。


「ケイくんは、ネコの、どんなところが…好き?」


「自由なところ、ですかね。人間社会に溶け込みながらも、自分たちの生きたいように生きている。だから、僕たちの意思とは関係なく、ときに意外な行動をとるところに、たまらなく惹かれるんです」


 そう言うと、ユウカさんはクスッと笑った。二度も笑われた。


「ケイくん、おもしろい。大学の授業で、当てられた…ときみたい。私は、ネコが…可愛いから、好き」


 時に、百万言を費やしても伝えきれないことが、たった一言で言い尽くされることがある。参りました、ユウカさん。


                   ◇


 結局、2時間近くネコを心ゆくまでモフった後、僕たちは笹宿の街を散歩した。


 高校生をターゲットにしたようなお菓子や小物を売る雑貨店に、ユウカさんは「懐かしい…」と食いつき、店内を物色し始めた。男子が入るのは憚られる店構えだったので、僕は隣の店に興味があるふりをしていた。


 5分ほどして、ユウカさんが店内から現れた。思い出に浸れたようで、満足気だ。他に行くところも決めていなかったので、僕たちは近所のカフェに入り、コーヒー1杯で3時間ほど粘った。アルバイトや就活、学校の話題に花を咲かせていると、時間は矢のように過ぎていった。


                   ◇


 日も傾いた頃、僕たちはカフェを出て笹宿駅に向かった。一緒に美術館に行ったことはあったが、今日ぐらい長く話せたことはなかった。ユウカさんのことを、より深く知れたようで、僕は嬉しかった。


 駅で電車を待つ。ヒグラシの声に夏の終わりを感じていると、ユウカさんが「ケイくん、後ろ向いて」と言う。


 言われるまま180度回ると、何やらごそごそしている。「はい、こっち…見て」と言われたので振り向くと、猫耳を付けたユウカさんが恥ずかしそうに笑っていた。


「にゃーん」

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