八月 実は…やきもち
「花火が、こんなに綺麗だったなんて」
色とりどりの光に照らされる横顔を見ていると、彼女はぽつりと言った。
赤、緑、紫…。夜空が極彩色に染め上げられる中、彼女は言葉を継ぐ。
「なんで今まで気付かなかったんだろう」
それから彼女は振り返り、僕をじっと見つめた。暗い中で表情がよく読み取れないが、目は真剣だ。
「ねぇ、ケイくん」
◇
お盆休みのある日、僕は朝から30度超えの驚異的な炎天下に出勤した。エアコンの効き始めたホワイエに入り、やっと新鮮な空気を肺に補充する。
「おはよう一木!生きてたか」
一緒のシフトに入る佐々木レンが、くしゃっとした笑顔で声をかける。佐々木は別の大学だが、学年は僕と同じ1年だ。5月頃からこの物販アルバイトを始め、たびたびシフトで顔を合わせている。
「今日も暑いなー!そういや今日お前、須崎さんと一緒のカウンターらしいぞ。可愛い子と一緒で羨ましいなぁ、この野郎」
馴れ馴れしく絡んでくる佐々木をかわし、物販カウンターへと進む。すでにグッズを並べている須崎マミの姿が目に入った。
「須崎さん、おはよう。もうこんなに並べてくれたんだ。ありがとう」
「ケイくん、おはよう!今日もよろしくね」
◇
須崎マミは大学の同級生だ。授業で隣に座った際、僕がこの仕事について話すと興味津々、といった感じで食いついてきた。
「それって色んなコンサート聞き放題ってこと?羨ましい!私もやる」
アルバイトを管理する社員、上田トモエさんのお眼鏡にも適い、晴れて須崎は同僚となった。
佐々木の評する通り、須崎はたしかに可愛い。茶髪に染めたボブが、小さな丸顔によく似合っている。活発な性格で、複数のサークルを掛け持ちする忙しい生活を送っている。あと、本人には秘密だが、抜群のスタイルにやられる男子は後を絶たない。
◇
「…おはよう」
グッズを並べ終わって須崎とカウンターで雑談していると、ユウカさんが出勤してきた。白い日傘を持っていたが、日差しに耐えられなかったらしく、すでに疲労困憊の様相だ。
「内藤さん、おはようございます。今日は特に暑いですね!」
須崎が挨拶すると、ユウカさんは少しだけ口角を上げて頷いた。今日、ユウカさんは佐々木と同じカウンターを担当する。想像できない組み合わせだが、二人はどんな話題を共有できるのか、ちょっと興味がある。
ユウカさんのいるカウンターに目をやっていると、須崎に肩を叩かれた。
「もう開場するよ、ケイくん!」
その日は大型公演だったこともあり、開演までの1時間はひっきりなしに押し寄せる客の対応に追われた。やっとホールのドアが閉まり、休憩時間が訪れると僕は崩れるように椅子に座った。
「おつかれさま!めっちゃ疲れたねー」
須崎に笑顔で労われる。彼女も額が微かに汗ばんでいたが、まだ元気そのものに見える。
「この公演が終われば当分シフトは無いから、最後の山だな」
「そうそう、ここしばらく大変だったよね」
そう言うと、須崎はやや上目遣いで僕に笑いかけながら提案した。
「一区切りってことで、来週の静川花火大会にみんなで行くの、どう?」
「みんなって、ここの?」
「そう、佐々木と内藤さんも誘って花火見にいこうよ。住之江川と違って人も多くないし、楽しいと思うよ」
特に異議はないので、僕が「いいね」と答えると、須崎は「やったぁ!」と行って、ユウカさんと佐々木のカウンターに向かった。行動の早い奴だ。
1、2分ほど話した後、二人のOKもすぐ出たらしく、須崎は意気揚々と戻ってきた。
「それじゃあ来週の日曜日、静川河川敷に集合。忘れないでね!」
◇
夕焼けの最後の光が、群青色の宵闇に飲み込まれる頃、僕は皆を探して河川敷を歩いていた。須崎の言葉通り見物客はまばらで、のびのび花火鑑賞ができそうだ。
「おーい!ケイくん、こっち!」
声のする方を見る。少し離れた土手の中腹で須崎が手を振っていた。同じレジャーシートにユウカさんと佐々木の姿もある。ユウカさんは紺色の、須崎は白の浴衣を着ていた。
「きれいな女性と一緒に花火を見れて、僕は幸せです」
おどけて言うと、須崎が「えー、それどっちのこと?」と悪戯っぽく試してきたので、「両方」と返す。佐々木は浴衣女子二人に囲まれ、ご満悦のようだ。
「もう少しで始まるから、ここ座ってよ」
須崎が隣のスペースを手でぽんぽんと叩く。促されるままに座ると、「はい、これも」と冷えたラムネを渡された。相変わらず準備がいい。
久しぶりのラムネを飲みながら、僕は少し離れて座るユウカさんに話しかけた。
「花火大会、よく行くんですか?浴衣がよく似合ってますね」
「あり…がとう。花火は、一昨年、大学の友達と行ったくらいで…久しぶり」
ユウカさんが照れながら答えた直後、鋭く空気を切り裂く音が聞こえた。火の玉が尾を引きながら上っていき、一瞬の後、大きな菊型の花火が夜空に広がった。腹に響く爆発音が続く。
「おお!いきなり大玉来たなぁ!」
佐々木が興奮気味に叫ぶ。続いて、牡丹型の花火が色とりどりの光を散らした。そこから、一つ、また一つと様々な種類の花火が上がっていく。花火が炸裂する度に、見物客からは歓声が上がった。
極彩色に染まる幻想的な夜空をしばらく眺めていると、須崎が心なしか体を寄せてきた。花火の光が、横顔を照らしている。
「花火が、こんなに綺麗だったなんて。なんで今まで気付かなかったんだろう」
独り言のように言ってから、彼女は振り返って僕を見つめた。
「ねぇ、ケイくん。来年も、また一緒に来ようね」
囁くように言うと、彼女はまた花火の上がる空に目を移した。顔が少し火照っているように見える。
僕は返答に詰まって、彼女の横顔をただ見つめていた。浴衣姿の効果か、いつもの須崎とは少し違う雰囲気を感じ、どきりとする。
「あぁ、来年もまた…」
そう言いかけた時。
「あの…私…も、ケイくんと、一緒に花火、みたい…」
切迫した声音に驚いて振り向くと、ユウカさんがこちらを見ていた。笑顔を作ってはいるが、無理しているのは明らかで、泣き笑いのような表情になっている。
「家族以外と、花火に行って、こんなに楽しかったのは…初めて」
ユウカさんは、声を絞り出すように続ける。
「だから、私が社会人…になっても、一緒に…花火、行ってくれる?」
僕は頷く。僕の方こそ、これをユウカさんとの最後の花火にする気はなかった。
「もちろんです。またみんなで、この場所で花火見ましょう!かっこいい社会人になったユウカさん、楽しみです」
ユウカさんの顔が綻び、ふわりと笑顔が広がる。夜空には、彩色柳が虹色のカーテンを作っていた。
◇
河川敷からの帰り道、ユウカさんは珍しく終始楽しそうな笑顔を浮かべていた。須崎は「あー楽しかった!来年も絶対来ようね」と言いながら、どこか心ここにあらずといった様子だ。
「いやーお二人の浴衣も来年まで見納めだと思うと、やってられんなぁ」
心から残念、といった風に佐々木が嘆息まじりに呟くと、僕と須崎は思わず吹き出してしまい、そこから駅まで佐々木をいじり続けた。
電車で川を渡り、乗換駅で須崎と佐々木が降りると、次のターミナル駅まで10分ほどユウカさんと二人になった。普段の無口モードに戻ったユウカさんの隣で、僕は窓の外を流れる夜景をぼんやりと見ていた。
ターミナル駅が近づき、僕は降りる支度をする。佐々木ではないが、浴衣のユウカさんは当分見納めか、と考えていた。
「ケイ…くん」
電車が駅に滑り込むと同時に、ユウカさんが僕の袖を引っ張った。
「今日は…ほんとに、楽しかった。ありがとう。でも、ケイくんと…二人で、花火を見れたら、もっと…楽しい」
僕はさぞ驚いた顔をしていたのだろう。電車のドアが閉まる直前、ユウカさんは手を振りながらクスクス笑っていた。
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