第3話 この世界は…

「滝本さんのたくさんの悲しいや嬉しいを知りました」


早坂は泣き出しそうな滝本に向かって言った。

そして続けてニカッと笑った。


早坂は滝本に、何故泣いていたのかを話した。

滝本はそっか…と静かに下を向いて、少しだけ照れて笑う。


「他人に心を覗き見られるって、多分こういうことなんだね」


早坂は、よくよく考えれば、自分の大好きな作曲家の心を知ってしまったことにひどく罪悪感のようなものを抱いた。

好きな人のことは知りたいが、本人が隠したい事だったのではないだろうかなど、いろんな思いが頭をぐるぐるとして、ついには頭が真っ白になってしまった。


そういえばと、滝本が話を変えたことで、早坂は一度冷静になった。


「君のことを調べたけれど、ニュースになってはいなかったかな……あと、君のように、他人の心の中に入った人はいないようだった」

「そうなんですね……ふむ、困りましたな」

「……あまり困っているように見えないんだけど?」


早坂がわざとらしく顎に手を添え、探偵のように悩んでいる姿は、確かに少しふざけているようにも見える。実際、早坂はそこまで深刻に考えてはいないからだろう。


「ここに少しの間いて、帰りたいと思えなくて困ってます」

「それは、本当に困ったな……」

「私……滝本さんの音楽を聴いて、滝本さんの世界を妄想するのが好きだったので、実際に滝本さんの思い描く世界に来られて嬉しいのかもしれないです」


その言葉に滝本は視線を落とし、少し考えた。


「この世界と君の思い描いた世界は同じだったかい……」


その言葉は疑問にもならず、ため息は吐くように吐き出された。早坂は、視線を落としたままの滝本にニカっと笑って、


「全然違いました!!」と。


「私が思い描いていた世界よりも、とっっっっても綺麗で……それに輝いています!」


早坂が目を輝かせて言うので、滝本は驚きながらもほっとしたような顔をした。ありがとうと、少し涙を浮かべているように見えたのは、早坂の見間違いだったかもしれない。


長い沈黙が訪れた。とても長い沈黙だ。

星が降り注ぎ、静かに音楽が流れる。


早坂は、ああ、生きてると、その光景を見ていた。そんな早坂の横顔を、滝本は静かに見て、涙を流すのでした。


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