37話 ちょっと休憩、妹襲来
5月13日木曜日、18時帰宅。
「ただいマンドリルー!!」
巨乳美少女の膝枕にひんやりアイマスク付き、という完全無欠の睡眠時間を経ていた俺は、いつもならすぐにでもベッドに横になって晩御飯を待ちぼうけ、食べた後は眠くなって寝る、というルーティーンをこなしていたところだろうけど、今日は全然すっかり眠れる気がしない。
両目はバキバキ、精神は鋼が如くギンギンだった。
倉主琳の抱える何だか分からん何かを、如何にして取り除くか。その方法も具体も何もかもを決めないまま、しかしそれでも良いと考えていた。だって彼女は俺に期待しているから、俺が俺であれば多分それで、流れに身を任せるだけで、結局どうにかなるのだろうと思えたから。例えその結果一家がホームレスとなっても、それはそれで仕方がない事で、俺が俺であるから駄目だったとそれだけ、充分諦めも付く。
なのでもう考えることは止めて、帰宅と同時に鞄をリビングのソファーにぶん投げると向かったのは部屋の端。
「ふ、今日もお前は可愛いな」
そこにあるケージに入れられた生き物に、同じ目線になろうと床に寝そべって、語り掛ける。鼻をひくひくさせ、『餌を寄越せ』と訴える小さな瞳。いつもは気が向いた時以外近寄らないけれど、“彼“もまたそうだけど、こうして向き合ってみると、言葉を介さずともお互いに気持ちが通じているように感じられた。
「ほれ撫でてやろう」
ちなみにこれはただのウサギね。名前は無いよ。
檻の隙間から指をそっと差し込むと、2、3回嗅がれたと思えば、すぐに端の方に逃げられてしまう。しかし今度は餌を近付けると一瞬で近付いて来て、強引に奪い取るとその場でもぐもぐ咀嚼を始めていた。この隙にと頭頂部を一撫でしたが、どうにもこうにも『触るんじゃねえよ』と無言の圧力。
「はいはい、分かったって」
そうして俺はすぐに手を引っ込め、ただ眺めることにした。
このウサギが我が家に来てからもう何年だろう。母の話によれば『もうそろそろ……』らしいのだが、それほどの年数共に暮らしているのに全く懐く気配がない。餌を与えた時だけしか触らせず、抱えようとすれば大暴れする。
しかしそれは俺にだけだ。
他の家族には存分に触らせるくせに、俺にだけはこのクソウサギは懐かない──だけども、俺はそれで充分良かった。眺めているだけでも充分だし、寧ろ簡単に懐かれると逆にこっちが引いてしまう。だからこれくらいの、何かメリットがある場合に近寄ってくるくらいで丁度良い。
「もっと無いのかって? 甘えるな。欲しいなら芸を見せてみろ。それか撫でさせろ。いやいや、嫌なら餌はあげられないなー。まあ俺はこれから? 多分匂いからしてカレーを食べるわけなんだけども、そうかそうか。羨ましいか? しかし駄目。カレーはやらんが、そうだな。そのふさふさの毛並みに免じて、このフルーツをお前に進呈しよう、ほれ」
と、袋から小動物用ドライフルーツを渡すと、これまた奪い取られ、逃げられてしまった。そうして深い悲しみと慈しみに身を委ねていると、
「降りて来たか、今日は早いなー、ね?」
俺の耳はすぐにでも危機を察知し、2階からの、ドタドタとした足音を捉えていた。扉越しに廊下の明かりが点いた瞬間が見えていて、それから消えた時、力強くリビングの扉が開かれる。
そうして入って来た人物は、こちらを見るなり、既に俺を見下していた。
しかしスカートの丈の調整を間違えているのか、俺からはしっかりパンツが見えているのでおあいこである。
「うわ、兄貴またエリザベスに話し掛けてんの気持ち悪い。ていうか餌あげすぎてないでしょうね。というかそこカーペット敷いてないんだから寝転がんなっていつも言ってるじゃんほんと信じられない。ここもここも、ここも埃付いているし……おかえり、兄貴」
いやまあ床に寝てるから物理的にも見下されているけど、そういう意味ではなく、この少女にはいつもいつでも見下されている。お互い見下しあっていて、倉主風に言うならそれでもお互いに影響し合っていて、これでも結構仲良しだ。言いたいことを全部言われた上、気持ち悪いとまで評価されているが、それでも、『おかえり』は笑顔だったし、昔はお風呂とか一緒に入ってたし。
「ただいま妹」
というか少女ではなく、これは我が妹。今年から中学3年生に進級した14歳。俺よりもずっと頭が良く、俺よりもずっと──人を助ける遊びに長けた人物である。
そんな妹が今、鼻でも触れているんじゃないかくらいの距離で、思い切り俺を睨み付けている理由には、凡その想像が付いていた。想像が出来て、もう観念する段階に突入していたのだ。
「兄貴さ、ご飯の後ちょっと話あるから。部屋に来い」
「……はい」
何故なら妹は、俺が知る人物の中で最も人を見る。多分、嗅ぎ付けられたのだろう。
悩みや不幸をこの上なく愛する彼女は、俺が何かを抱えている、その瞬間を決して見逃す事はない。昔からずっと、そうだったように。
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