22話 後日談

 4月30日、木曜日。


 激動の祝日を終えた、その翌日──例の如く経過報告という形で、俺は今、高橋先生と二人で進路指導室に向かい合っていた。


 一連の流れを説明すると、先生は『まさかそんな事に』と言葉を失っているようで、しかし他人事100%の反応をする。


「あはは、その……あの……なんと言うか……大丈夫?」


 煮えきれない言葉通り、絶妙な苦笑いを浮かべて、彼女は首を傾げていて、思わずぶん殴ってしまいそうになった。


「打撲で右腕は使えないし、頭は3針縫って抜糸に行かないとならないくらいには全治3週間の怪我。これが大丈夫に見えるんなら大丈夫で良いんじゃないですかね」


「ごめんなさい」


「謝って済むなら、人は病院に行きません」


「警察には言わないで……」


 頭部に包帯、右腕もぐるぐる巻きに圧迫されていて、羽佐木に事情を問い詰められる覚悟を決めながら、本当は家でゆっくり療養したいという気持ちを押し殺してまで本日登校して来たのは──こうして、所謂後日談を先生と語らう為である。


 昨日のこと、してしまった夏取をベッドに寝かせ、家を出た俺は真っ先にタクシーを呼び、病院へと向かった。幸い骨や脳には異常は見られないとのことで入院する必要もなく、即日帰宅を許され、今日も元気に登校している。医者からは何かしらの事件であると滅茶苦茶疑われたが、『階段から転がり落ちて頭をぶつけた』と誤魔化したので多分大丈夫と思う。うん。絶対大丈夫だよ。


 閑話休題。


 さて、翌日に生真面目に登校したのは俺だけではなく、夏取もまた同じように、俺とは違って変わらぬ姿で元気な姿を見せていた。もう名前も忘れたけど、あの眼鏡の女の子と仲良く喋っていたし。


 加えて俺は今日、彼女と一言も会話をしていない。


 だって、目も合わなかった。


「夏取さんの、その後の様子はどう?」


「知らねえっす」


「え、いやいやそれだけ体張ったのに、そんな感じ?」


「え、いやいやただの男子高校生がどうにか出来るレベル完全に超えてたんで。出来る限りはやりましたけど根本から解決した、というのは本人しかわかんねーでしょーね。まあ良い感じには纏まった気がするんで、多少心境の変化は期待出来るんじゃないでしょうか」


 少なくとも、暫くは自殺などしないと思える。思いたい。


「だって元々、完全完璧に解決出来るなどとは微塵も考えていなかったし、アイツが俺の言動をどう受け止めて、自分の中でどう納得するか。結局は全部、夏取ちゃん自身でどうにかせんとこの先どうにもならんです」


「そう……まあ、そうなるよね」


「次にこの手のヘビーな奴を見かけた時は専門家にでも頼んでくだせい。命が幾つあっても足んねえよ姉ちゃん」


「そうそういない、と思うけどね、あはは」


 この教師、笑ってやがる。


「それにしても、どうして夏取さんはそこまで思い詰めてしまったのか……自殺なんて」


「あの子の内心はぐちゃぐちゃで、言動には矛盾ばかりでしたから。進路希望に『死んだお母さん』って書くくせに、母親が死んだと告げれば発狂して、変わりたいと願っていたくせに、気が付きゃ自殺しようとしてた。あまりに不安定過ぎて、先生が手に負えないって言ったのも正直納得します」


「でしょ? だから私言ったじゃないーもー」


「うるさい黙れ性悪教師」


「ひどいっ!」


「アンタ、薄々わかってたんじゃないのか? 面倒な事になるって」


「んー……まあ、多少は」


 高橋先生は数秒唸り、それからあっけらかんと、照れたように微笑んだ。本当にこのクズ教師はいい性格をしていると思う。いつか証拠をボイスレコーダーに収めて学校に提出してやろうかと本気で考える程に。


「でもね、これって折上君の為でもあったのよ?」


「俺の?」


「夏取さんの進路希望や、他の先生からの評価を聞いて、真っ先に貴方のことが思い浮かんだ。きっと折上君なら夏取さんを救えるし、こんな面倒事を解決したんだから、そりゃもう彼女はベタ惚れになって二人はそのままゴールイン、みたいな?」


 しかし、こんな教師と自分の思考回路は酷似していたようで、思わず『ぐぅ』の音だけしか出なくなってしまう。


「それでそれで、どうなの? 夏取さんとは上手くいきそう?」


「……うるせえよ」


「そっか……まあ、折上君ならそうなると思っていたけど」


 と、やたら思わせぶりな事を言われてしまって、だけども意味を掴めず、俺は首を傾げた。


「なんだよそりゃ」


「じゃ、ちょっとだけ先生っぽく。『自分で考えなさい』かな。あのね、私は貴方の先生で、前にも言ったけど折上君を心配してるの。貴方は他の生徒を助けて、でも私は貴方も助けたい」


 高橋は『最終的にはね』と締め括って、脇に置いた楽譜を抱える。これで話はおしまい、これ以上は何も言わないと。


 そうして、進路指導室を出て行って、取り残されてしまって、


 胸に支えた気持ち悪さで、俺は暫く部屋を出る事が出来なかった。

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