17話 俺と彼女の共通点
ここは夏取の部屋。同級生の可愛い女の子である、夏取丁の部屋だ。
あとこの家には、見たかぎり、見たまんまで言うなら俺と彼女しかいない。
「あばば、な、な、なんじゃありゃぁ……いやいや本気でやってる? あれ、本気でやってないよねあれ。だって本気じゃないよ。本気なわけないもんだって……いやいややっぱ本気でやってるわあれ。ぶっちぎりのやべえ女だった……どうしよう」
落ち着け、落ち着け。
気を取り直してまずは状況の確認だ。
夏取の問題を解決する上でまず欠かせなかったのは、今現在達成している──彼女の家にお邪魔する事。家には、部屋には多くの情報が詰まっている。よくよく観察すればその人物がどういう人間で、何が好きで、何を嫌っていて、何を求めていて、何が足りないかなど、ありとあらゆることが分かると、本に書いてあった気がする。
よし、ちょっと見てみよう。
カーテンとベッドのシーツは柄物で、色んな動物が描かれたキャラもので統一されている。枕元や足元にはぬいぐるみが乱雑に置かれていて。試しにベッドの下、プラスチックのケースが収納されていたので、思い切って引き出してみると、中にはミニチュアのおもちゃや幼少期の思い出と思われる品々がごちゃごちゃと。
そっと締まって、
お次は勉強机と、小物が置かれた棚を見上げる。
貝殻、火の点いていない蝋燭、アクセサリー、聖書、他にも小難しい書籍が幾つか。色のアクセントとして観葉植物の緑が添えられているが、全体的にシンプルな茶色と白と纏まっているし、片付いている。
元々あった二つの部屋を、半分に切断して無理矢理接合したみたいな、歪な一室。なるほど全然分からん。妹ちゃんが居てくれれば違ったのだろうか。
「ふぅ……やれやれ」
しかし、気軽に手を出すんじゃなかったぜ。ここは地雷原だ。早く逃げないと。
そう思ってしかし、立ち上がったのも束の間。
「お待たせー、ココアとタオル持ってきたよー」
「おう、ありがとな」
ガチャっと開いた扉から野生の夏取が現れた。だめだ、にげられない。
とりあえずと彼女からタオルを受け取って、洗剤の良い香りに頭を包ませる。ココアを傾けると喉を通って心臓からすーっと暖まっていく気がした。穏やかなひと時、
だが逃げたい。
「あのね、お母さんがね、折上くんの事カッコいいって言ってたよ、よかったね?」
「へ、へー、そ、そそそそうなんだやったー!!」
もう勘弁して下さい。
というのは冗談で、
さて、当初予定していた手筈通りとはならなかったが、無事、夏取の部屋への侵入には成功した。先程の玄関での一人会話を目にした事で、彼女が具体的にどういう問題を抱えているかも理解出来た。恐らく、まさしくあれこそが、夏取が1年前に『変人』の烙印を押されてしまって、孤立した原因だろう。
冗談にしては気味が悪くて、近付きたくない類。
母親の死亡を、多分彼女が1年生時のクラスメイトは知っていたのだと思う。噂というのは簡単に広まってしまうし、知っていたら尚の事不気味。加えて発狂を伴う奇行などをされてしまったらそりゃもう戦々恐々で仕方が無い。
「夏取、一つ聞いていいか?」
「うん?」
しかし問題は思ったよりデリケートらしい。
ここは慎重に優しく、丁寧に、彼女に合わせる。
「お前さっき誰と話してたんだ? 俺には何も見えなかったんだけど」
お前の母親はもう死んでるのに誰と話してたんだ? 頭おかしいのか? とは聞かなかったんだから、これで充分オブラートだよね。
「折上くんには見えないのも仕方ないよ。だって、死んだお母さんの魂だし」
「なるほど」
そんなもんはない。死んだら土に還るだけだと、言わないのだから優しく聞いているつもりだ。
「ワタシのお母さんとお父さん、小さい頃に離婚しててさー。ワタシはお母さんに引き取られたんだけど、生活が苦しくて、お母さんは自殺しちゃったの。それで、今はお父さんの、あ、元お父さんの家に住んでて。お父さん、新しい人と結婚してるから、家だけくれたけど、寂しくて、寂しくて……寂しくて寂しくて」
「お母さんを連れて来ちゃった?」
なるほど、どうやら父親の方も相当なアレらしい。つーかこいつの家庭複雑過ぎだろ。俺を殺す気か。
しかし、クソ程重たい話だと思っているのは、ここに居る人間では俺だけらしくて、当の本人である夏取はバラエティのエピソードトークが如く、ポップ軽やかに語っていた。加えてそれこそが異常性の一端なのだと、自覚が無い。
「うん!!」
いやそんな満面の笑みで返されても。
「なるほど。お前は幽霊を信じているのか?」
夏取の表情が少し曇る。少し突っ込み過ぎたのだろうか。
「折上くんは、いないって言い切れるの?」
「というより信じてない」
「ふーん。まあ、でも考え方は人それぞれだから良いけどさー」
大丈夫そう、いや俺は全然大丈夫じゃないけど、もうちょっと踏み込めそうだ。
「つーかこんな話をして良かったのか? そーいうのが周りが離れてった原因だろ?」
「違うよ?」
「え、違えの!?」
「だって、みんな最初は面白がって聞いてくれたもん」
「面白がって聞くのか……」
「お母さん、たまに学校に来るんだけどね。お話するとみんな怖がっちゃって、ワタシのこと『気持ち悪い』って言うんだよ。ねえ、なんでかな。ワタシにとってはお母さんはちゃんといるのに」
「皆にとっては居ないからじゃね」
「あー、そっかぁ……なんだか納得」
夏取はしょぼんと肩を落とす。状況は何一つとして好転していないものの、彼女の長年の疑問が解消された事は確かだ、と祈ろう。
「でも、すごく嬉しい」
それから、気が付くと夏取は微笑んでいた。眩しい表情だが、何がと思って首を傾げていると、彼女は語る。
「ワタシがお母さんと話しても、折上くんは何も変わってなくて。やっぱり思った通り、折上くんの前だとありのままでいられる。それがこんなに嬉しい」
今日1日で随分懐かれたものだと感心するが、『思った通り』とはどういう意味だろう。ここへの道すがらで告げられた『丁と同じ』という言葉と関連があるのだろうか。
「……お、おう。そりゃすげえ良かったな」
しかし、楽しそうに笑みを溢す夏取が超可愛いので、そんな事はどっちでも良くなってしまった。
「うん!!」
ずっとこうしていられたら、と本気で思う。でも、彼女の問題を本気で解消するなら、
多分、この笑顔を壊さなければならない。
ふと窓に目をやった。
雨足は強くなっていて、叩き付けている窓辺。一瞬の光の後、振動が伝わる程の雷に、鼓動が早まっていた。
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